著者
行武 大毅 山田 実 青山 朋樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101004, 2013

【はじめに、目的】 学童期における投球障害の発生割合は増加しており、特に12歳前後が好発年齢といわれている肘の障害は深刻な問題となっている。そこで、学童期の投球障害の予防のために、日本では臨床スポーツ医学会が、アメリカではUSA Baseball Medical & Safety Advisory Committeeがそれぞれ提言(投球数制限)を発表しており、12歳の選手に対する1日の全力投球数として、それぞれ50球以内、75球以内が推奨されている。しかし、これらの提言は、指導者が正しく理解、順守することで初めて意味を持つものである。アメリカにおける報告では、4割の指導者が投球数制限の正しい知識を持っており、7割の指導者が投球数制限を順守していたが、日本における現状は明らかではない。その現状を調査することは、指導者啓発の一助となると考えられる。また、指導者の投球数制限に対する意識が障害発生にどう影響するかは明らかではない。本研究の目的は、日本の学童期野球指導者における投球数制限の認知度、順守度を調査し、選手の障害発生との関連を明らかにすることである。【方法】 学童期野球チームの指導者と選手の保護者を対象とした2種類のアンケートを作成し、京都市内の平成23年宝ヶ池少年野球交流大会参加チーム111チームに配布した。指導者に対するアンケートの内容は、年齢、指導歴、選手歴、年間試合数、週あたりの練習日数、シーズンオフの有無、年間試合数に対する意見とした。加えて、投球数制限について正しい知識を持っているか、日常的に順守しているかを調査した。選手の保護者に対するアンケートでは、基本情報として選手の年齢、身長、体重、野球歴を調査し、さらにアウトカムとして、ここ1年間での肘関節の投球時痛を項目に含めた。統計解析としては、まず投球数制限の認知度、順守度の割合をそれぞれ算出した。続いて、指導者の投球数制限に対する認知や順守が選手の疼痛発生に与える影響を探るため、従属変数を選手のここ1年間での肘関節の疼痛の有無とした多重ロジスティック回帰分析(強制投入法)を行った。ここでは、指導者の中からチームごとに指導責任者を抽出し、独立変数として選手の基本情報、認知や順守を含めたコーチ関連要因、チーム要因を投入した。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には、説明会において口頭で十分な説明を行い、同意を得た。【結果】 アンケートを配布した111チームのうち、58チーム(指導者123名、選手の保護者654名)から回答が得られた(回収率52.3%)。解析には、欠損データを除いた指導者113名、選手の保護者339名のデータを用いた。指導者113名のうち、投球数制限に対して正しい知識を有している指導者は45名(39.8%)であり、投球数制限を日常的に順守している指導者は32名(28.3%)であった。選手におけるここ1年間での肘関節の疼痛既往者は54名(15.9%)であり、多重ロジスティック回帰分析では、選手の身長(オッズ比1.08、95%CI: 1.01-1.15、p < 0.05)と年間試合数を多いと感じている指導者の率いるチーム(オッズ比0.29、95%CI: 0.11-0.75、p< 0.01)が疼痛発生に対する有意な関連要因として抽出された。指導者の投球数制限に対する認知度や順守度は、有意な関連要因とはならなかった。【考察】 本研究は、日本の学童期野球チームの指導者の投球数制限に対する認知度と順守度を調査した。加えて、それらの認知度や順守度と選手から報告された疼痛との関連を明らかにした。投球数制限に対して正しい知識を有している指導者の割合は39.8%であり、アメリカにおける報告(7割)と同水準の値を示したが、投球数制限を日常的に順守している指導者の割合は28.3%であり、アメリカにおける報告(7割)とは異なる値を示した。このことから、投球数制限に対する問題点に対して、世界レベルで取り組むべき問題と各国で取り組むべき問題とが存在していることが伺える。しかし、これらの認知度と順守度と実際の疼痛発生に有意な関連は見られず、年間試合数を多いと感じている指導者の率いるチームに有意な関連性が見られた。指導者が試合数に対して多いと感じることで練習量を抑えるといった二次的な影響が示唆され、オーバーユースを単なる試合での投球数のみでなく練習量も含めたものとして捉える必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 投球数制限を含めた学童期の投球障害に対して各国が連携して取り組むことで、学童期野球界への指導啓発の発展が期待される。また、指導者の年間試合数に対する意識が障害発生のリスクファクターとして抽出されたことから、この結果をスポーツ現場へ還元することにより、指導者の意識向上と障害発生割合の減少が期待される。
著者
行武 大毅 袋布 幸信 永井 宏達 薗田 拓也 山田 実 青山 朋樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Cd0834, 2012

【はじめに、目的】 野球肘の発生は11歳から12歳が,野球肩の発生は15歳から16歳がピークであると言われており,それらの発生要因としては過度の投げ込み,投球フォームなどが報告されている.また,初期の自覚症状である疼痛を見逃さないことが重症化を防ぐうえで重要である.一方で,日本臨床スポーツ医学会の,青少年の障害予防を目的とする提言の中で定められている投球数を超える練習を課しているチームも多数あり,指導者の意識的な面が障害発生に影響を与えていると考えられる.本研究の目的は,1) 京都市内の少年野球チームの選手の保護者や指導者を対象にアンケート調査を行い,少年野球チームにおける肩もしくは肘の疼痛発生に関する実態調査を行うこと,および,2) 学童期野球選手の投球障害発生要因を選手の個人要因や指導者の意識面を含めた環境要因から検討することである.【方法】 アンケート用紙を京都市内の平成23年度宝ヶ池少年野球交流大会参加チーム120チームに配布し,そのうち回答の得られた64チーム(選手の保護者740人,指導責任者58人)を対象とした.選手の内訳は男子714人(96.5%),女子24人(3.2%),性別未記入2人(0.3%)であり,選手の学年は6年生355人(48.0%),5年生286人(38.6%),4年生58人(8.8%),3年生29人(4.9%),2年生9人(1.2%),1年生3人(0.4%)であった.選手の保護者に対するアンケートの内容は選手の学年,性別,身長,体重,野球歴,ポジション,ここ1年での肩もしくは肘の疼痛の有無,自宅での自主練習について,ここ1年間の身長・体重の伸び幅,1日の睡眠時間とした(個人要因).指導者に対するアンケートの内容は年齢,指導歴,年間試合数,週の練習日数,投手の練習での投球数,投手の試合での投球数,投球数制限の知識の有無を含めた障害予防に対する知識・意識についてとした(環境要因).統計解析としては,従属変数をここ1年での肩もしくは肘の疼痛既往者とした多重ロジスティック回帰分析(強制投入法)を行った.階層的に分析するため,第一段階としては独立変数に個人要因のみを投入した.その後第二段階として,環境要因による影響を明らかにするため,両要因を投入した分析を行った.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には,説明会において口頭で十分な説明を行い,同意を得た.【結果】 解析には,欠損データを除いた選手の保護者531人,指導責任者58人分のデータを用いた.ここ1年での肩もしくは肘の疼痛既往者は210人(28.4%)であり,その内訳は6年生123人(58.6%),5年生69人(32.9%),4年生15人(7.1%),3年生2人(1.0%),2年生1人(0.5%)であった.個人要因を独立変数としたロジスティック回帰分析では,1年間の身長の伸び幅のみが有意な関連要因となり,伸び幅が大きいものほど,疼痛発生のリスクが高かった(オッズ比1.14,95%CI: 1.02-1.26,p<0.05).個人要因に加え,チーム情報や指導者の意識面などの環境要因を加えたロジスティック回帰分析では,1年間の身長の伸び幅(オッズ比1.15,95%CI: 1.02-1.30,p<0.05),および年間試合数が少ないと感じている指導者の率いるチーム(オッズ比1.74,95%CI: 1.11-2.72,p<0.05)の2つが疼痛発生のリスクを高める関連要因となっていた.さらに,判別分析を用いて身長の伸び幅のカットオフ値を求めたところ,6.3cmで疼痛発生者を判別可能であった.【考察】 現在野球肩や野球肘の発生要因には練習時間や練習日数などの環境要因が多数報告されているが,今回の解析により,投球障害に関わりうる数多くの個人要因,環境要因で調整してもなお,1年間の身長の伸び幅が独立して疼痛発生に影響していることが明らかとなった.疼痛発生は野球肩や野球肘の初期の自覚症状であることは報告されており,1年間の身長の伸び幅が大きい成長期(特に6.3cm以上)にある選手には,疼痛発生に対して特に注意を要すると考えられる.また,指導者の年間試合数に対する意見では,チームの年間試合数に対してより多い試合数が望ましいという意見を持っている指導者の率いるチームに,疼痛発生者が多いことが明らかとなった.この結果は,指導者の意識的な面が疼痛発生の一要因として関与している可能性を示唆している.【理学療法学研究としての意義】 本研究により,学童期の障害予防を進めるうえで,指導者に対しての意識面に関する啓発活動が必要である可能性が示唆された.また,身長の伸び幅の大きな選手に疼痛発生のリスクが高いという点はこれまでほとんど報告されてこなかった情報であり,これらに関して理解を得ることが重要となる.今後,この結果をスポーツ現場へ還元することにより,指導者の意識の向上と障害発生率の減少が期待される.
著者
森野 佐芳梨 堀田 孝之 大橋 渉 有馬 恵 山下 守 山田 実 青山 朋樹 石原 美香 西口 周 福谷 直人 加山 博規 谷川 貴則 行武 大毅 足達 大樹 田代 雄斗
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】妊娠により,女性の身体には様々な解剖学的および生理学的変化が生じ,腰痛に代表される多様な不快症状が発生する。これらの症状は医学的に母児への影響が少ないとされ,マイナートラブルと定義されている。しかし,この症状により妊婦のQOLが損なわれ,妊娠経過に悪影響を与えることから,対処を行う必要があるが,妊娠経過とマイナートラブルに関する調査は十分ではない。また妊娠前には,ホルモンバランスを整え,順調な妊娠経過を送るために,適正なbody mass index(BMI)を維持することが重要である。しかし,これは主に妊娠高血圧や妊娠糖尿病などとの関連において重要視されており,マイナートラブルとの関連についての十分な検討はなされていない。そこで本研究の目的は,妊娠中の女性に発生するマイナートラブルと妊娠前BMIとの関連を縦断的に検討することとする。【方法】対象は名古屋市内のXクリニックグループにおけるマタニティフィットネスに参加していた妊婦355名(31.1±4.1歳)とした。調査項目は2009年から実施されたメディカルチェックシート,および電子カルテから得られる身体情報(年齢,身長,妊娠前体重)である。メディカルチェックシートは,日本マタニティフィットネス協会が発案したものであり,睡眠,便秘,手指のこわばり,むくみ,足のつり,腰背痛,足のつけ根の痛み,肩こり・頭痛,肋骨下の痛み,食欲・むねやけの10項目について,妊婦が即時的に症状のある項目をチェックする自己記入式質問紙である。これをもとに,マイナートラブル有病率を算出し,記述統計的に検討を行った。また,妊娠前のBMI値からBMI低値群(BMI:18kg/m<sup>2</sup>未満),BMI標準群(BMI:18~22 kg/m<sup>2</sup>),BMI高値群(BMI:22kg/m<sup>2</sup>以上)の3群に群分けを行い,妊娠中期,妊娠後期のマイナートラブルの発症との関連を検討した。統計解析は,それぞれの時期において,従属変数を各マイナートラブルの有無,独立変数にBMI標準群をリファレンスとして低値群および高値群を投入し,年齢で調整した二項ロジスティック回帰分析(強制投入法)を行った。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】当該施設の倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】BMI各群の人数は低値群47名(30.4±4.2歳,BMI:17.4±0.6kg/m<sup>2</sup>),標準群236名(31.2±4.0歳,BMI:19.8±1.0 kg/m<sup>2</sup>),高値群72名(31.2±4.2歳,BMI:23.5±1.8 kg/m<sup>2</sup>)であった。対象者全体での各種マイナートラブル有病率の推移は,妊娠経過が進むにつれて大部分の項目は増加傾向を示したが,便秘,肩こり・頭痛については減少傾向を示した。回帰分析の結果,BMI高値群において妊娠中期では足のつけ根の痛みの有病率が有意に高く(OR:2.38,95%CI:0.41-3.94),妊娠後期では睡眠障害(OR:2.00,95%CI:1.08-4.82),手指のこわばり(OR:3.00,95%CI:0.51-5.09),足のつり(OR:2.29,95%CI:0.50-2.40),腰背痛(OR:2.20,95%CI:0.99-3.98),足のつけ根の痛み(OR:2.14,95%CI:0.94-4.03),肩こり・頭痛(OR:2.01,95%CI:0.69-3.86)の有病率が有意に高かった(p<0.05)。一方,BMI低値群において妊娠中期では肩こり・頭痛の有病率が有意に高く(OR:2.84,95%CI:1.35-5.96),妊娠後期では便秘の有病率が有意に高かった(OR:2.28,95%CI:1.08-4.82)(p<0.05)。【考察】本研究の結果,マイナートラブルの中には,妊娠経過とともに有病率が増加するだけでなく,減少傾向を示す項目もあることが明らかとなった。また,妊娠前BMIとマイナートラブル有病率が関連することが示された。BMI低値群においてはBMI標準群と比較して,妊娠期のホルモン変化の影響を受けるとされる便秘や頭痛などの項目に関して強い関連がみられた。一方,BMI高値群においては腰背痛や足のつりなどの筋骨格系および循環系のトラブルの項目に関して強い関連がみられた。これまで妊娠準備のために適切なBMIを保つことが重要であることは指摘されていたが,マイナートラブルの発症を防止するうえでも重要であることが示された。マイナートラブルに関しては,妊娠中という治療法が限られる状況を考えると,妊娠前からの予防が重要である。今後は,BMI以外の要因も考慮に入れ,より詳細なリスク予測の指標を作成していく必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】近年,理学療法学の分野において,ウィメンズヘルス分野への参加が重要視されている。本研究結果より,妊娠期に問題とされる各種マイナートラブルについて,それぞれの発症が母体の妊娠前のBMIと関連する結果が示されたことから,理学療法士として妊娠前の女性の体型にアプローチする事で各種トラブルに対する予防・対処の方法を提案する一助となると考える。