著者
西 義郎 シャルマ スハヌ・ラム シュリクリシャン 武内 紹人 SUHANU Ram Sharma KRISHAN Shree
出版者
神戸市外国語大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1991

まず本共同研究が、調査担当言語・方言に多少の変更はあったが、ほぼ予定通りに遂行され、予想を上回る成果を上げたことを強調しておきたい。このことは、なによりも、調査については、インド側研究分担者を主とし、Anthoropological Survey of India出身の臨地調査のベテランをその任に当てたことに負うものである。本共同研究は、1.ヒマチャル州(HP)のチベット語方言【武内(1方言)担当】及びウッタル州(UP)のチベット・ビルマ語系言語(TB)【シャルマ、シュリクリシャン(各1言語)担当】の調査と分析、2.当該地域のTB系言語の分布と社会言語学的調査(主に複数言語併用状況の調査)、3.UPのTB系言語の比較研究及び調査の総括(西担当)の3つの部分からなり、3の比較研究と総括以外は総て本年度中に完了し、3については、各調査担当者の報告及び論文が出揃った時点で西が行う計画であった。1については、武内・シャルマは予定より多くの言語・方言の資料を収集できた。武内はTot(Stod)とKhoksarの2方言を、シャルマはRongpo(Rangpa)語とByans語の2言語の調査を行った。当初、シャルマはRongpo語のみを、シュリクリシャンはByans語をそれぞれ調査する予定であったが、現地の実情に即して計画を変更し、シャルマがこの2言語を、シュリクリシャンはDarma語の調査を行い、各言語の音韻と年法構造の予備的調査・分析を終え、1000項目以上の語彙し200以上の文例を収録した。武内も、上記の2方言について、同様の分析と語彙の収録を終えている。このような質・量共に信頼度の高い資料が入手できたことで今後この地域のTB系言語の研究が大きく進展することになると言えよう。興味深い成果として、UPのTB系言語のいずれにも、一部の語彙に声調対立(高/低)が発見されたこと、逆に、HPのチベット語方言については、いずれも分節音素は、中央チベット語方言的変化を示しているにも拘らず、Khoksar方言には全く声調対立が認められず、Tot方言でも極めて限られた語彙にしか声調対立が認められないこと等を挙げることができる。ただし、この状況が声調喪属の結果なのか、声調発生の萌芽期を示唆するものかは今後の検討が必要である。2については、TB系言語・方言の分布状況は、西[1986、1990]が諸文献の記述から推定したものを確認する結度となったが、調査言語・方言はその分布の詳細が明らかにされた点が重要である。また、1909年刊のLinguistic Survey of Indiaに言及されたRangkas語が予想通りに既に死滅している事実が確認されたが、これ以外のUPのTB系言語はいずれは同じ運命を辿ることが予測され、早急に調査する必要がある。その意味で、今回のプロジェクトが単年度の予算しか認められなかったことは大変残念である。この地域は、TB系言語と並び、インド系のGarhwal語(UttakashiとChamoli)とKumaun語(Pithoragarh)が話されており、TB系言語を母語とする者は、いずれも母語とこのいずれかの言語の2言語使用者である。また、学齢期以降は、Hindi語を習得するので、これが高位言語として彼らの使用言語レパトリ-に加えられる。従って、TB系言語共同体には、基本的に3言語併用状況が認められることになることが明らかになった。今回の調査対象地域の言語は、ランカス語と同様に、いずれも近い将来死滅する可能性の高い言語である。その意味で今回の調査は時宜を得たものであった。この他にも、ヒマラヤ地域には、同じ様な状況に置かれたチベット・ビルマ系言語が数多くあり、早急に調査を行う必要がある。また、そのような調査を効果的に行うためには、チベット・ビルマ系言語を専門とし、臨地調査のベテランであるインド人学者と共同で行うことが肝要である。なお、以上の諸成果及び3つの総括と比較研究は、1992年度中に東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所刊Monumenta Serindicaシリ-ズ(英文)のモノグラフとしてまとめて発表する予定である。