著者
田中 秀明 井舟 正秀 諏訪 勝志 藤井 亮嗣 川北 慎一郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.B4P2120, 2010

【はじめに】神経痛性筋萎縮症は急性の激痛で発症,痛みの消失とともに出現する(肩周囲の)弛緩性運動麻痺,多くが自然回復,の3つの特徴がある.本症はウイルス性の腕神経叢炎と言われているが現在の所,明確な病理学的裏づけがないのが現状である.臨床症状と他疾患の除外によって診断される「症候群」と考えるべきと言われている.今回,本症を経験する機会を得たので報告する.<BR>【症例紹介】50歳代男性,職業は事務職.左利き.<BR>【説明と同意】本人に説明を行い,本報告の同意を得た.<BR>【経過】1ヶ月前より発熱があり内科を受診.その2日後,左肩から上腕の疼痛あり,翌日には両前腕に疼痛が広がり,神経内科を受診。採血では炎症所見が認められ,RA疑いで整形外科へ紹介.整形外科ではRAは否定され,多発性筋痛症の疑いでリハビリテーション科へ紹介.両三角筋、棘上筋、棘下筋、左前腕筋などに著明な萎縮がみられ肩周囲の筋力はMMTで右3-レベル,左4レベル,握力は右18kg,左19kg,両肩に夜間痛,両上腕・前腕外側、母指・示指背側の感覚異常を認めた.関節可動域に関しては特に制限は認めなかった.車の運転やデスクワーク,更衣動作などに障害があった.針筋電図検査施行され右肩周囲と左前腕・手指筋にPSW,fbを認め神経原性筋萎縮症と診断された.以後,週1回来院し関節可動域運動,筋力維持・増強運動の自主練習内容の確認と評価を実施した.運動療法開始当初の目標は拘縮予防と筋力維持・増強とし,肩関節以外の上肢筋力運動,腱板の収縮が可能となり次第,セラバンドでの筋力強化を代償動作が入らない程度の回数で実施してもらった.また抗重力が不可能な時期は仰臥位、腹臥位で上肢の重力を除いた状態での三角筋を最大限に動かす運動を実施した.例としてテーブル上をバスタオル等で抵抗をなくしすべらせる方法での運動について指導した.2ヵ月後,握力は右25kg,左26kgに増加したが肩周囲に関しては症状の変化はほとんどなかった.6ヵ月後,握力は右27kg、左27kgと増加したが肩周囲の筋力に変化はなかった.感覚異常も左前腕は初期に比べ中等度まで,その他は軽度まで改善した.肩周囲の関節可動域に関しては若干制限を認めるも自己練習にて維持は出来ていた.10ヵ月後,左肩周囲の筋力は5レベルに改善,右も4レベルと抗重力運動が可能となり握力は左右30kg,感覚異常も左前腕は軽度まで軽減,その他はほぼ正常に改善した.筋力増強運動に関してはセラバンドの種類を変更し負荷を強めていった.1年後,握力は右37kg,左35kgと改善.感覚異常も左前腕に若干の違和感を残しその他は改善した.1年5ヵ月後,左41kgと改善,針筋電図施行され右肩周囲と左前腕・手指筋のPSW・fbの減少,polyNMU・NMUの出現を認め改善傾向と説明をうけた.左前腕の感覚異常は消失した.以後,経過観察必要なため定期的に来院している.<BR>【考察】神経痛性筋萎縮症の予後として90%以上が回復良好とされ1年以内36%,2年以内75%,3年以内89%と報告がある.少なくとも2年以上の長期観察が必要であるとされている.不全麻痺例や,完全麻痺であっても3ヶ月程度で正常にまで回復するものがあり,非変性型の神経障害も起こりうると推測される.一方,予後不良因子としては,痛みが長く持続・再燃するもの,障害範囲が広く腕神経叢全体と考えられるもの,下位神経根領域が主体のもの,3カ月以内に回復の徴候がないもの,などがあげられている.上位型の麻痺に比べて下位型の麻痺の回復が不良な理由について,障害部位から麻痺筋までの再生距離が長いことによって説明しようとする考えがある.発症後1-4週の早期に回復傾向が現れるものでは,予後は良いとされている.本症例においてはリハビリテーション科受診までに改善した部分はあったとのことで傾向は見られていた.その後,下位においては徐々に改善してきたが、上位は改善の傾向が見られるまでに1年近く時間を要した.理学療法としてはごく一般的な内容で自動運動が不可能な時期においては拘縮予防を中心に自己にて可能な上肢関節の他動運動,自動介助運動の指導を行い、自動運動が出現してくれば筋力増強運動を実施した.通院頻度は職業もあり頻回には来院できない為,的確な自己運動方法を指導することや,経過が長期にわたるため医師からのインフォームドコンセントや精神面でのフォロー,合併症予防につとめることが重要な要素であると考えられた.<BR>【理学療法学研究としての意義】希少な症例の症候や治療内容を提示することで,疾患に対する理解やよりよい治療方法を確立することに意義があると思われた.今回の症例は,報告数の少ない症例で理学療法の介入点について更なる検討が必要と思われた.
著者
諏訪 勝志 藤井 亮嗣 井舟 正秀 坂井 志帆 伊達 真弥 川北 慎一郎
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
日本理学療法学術大会 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.E0172-E0172, 2005

【はじめに】今回、転倒による入退院を繰り返し、転倒予防を目的に訪問リハを開始し、効果を認めた症例を経験したので、若干の考察を加え報告する。<BR>【症例紹介】女性、83歳。HDS-Rは24点で痴呆は認めないが、性格は、せっかちで他人の言うことはあまり聞き入れない。自分の歩行能力を理解しておらず、転倒に対する認識は低い。歩行能力は、入退院を繰り返したが、毎回退院時にはピックアップ歩行器自立レベルとなっていた。介護度は、要支援である。<BR>【転倒歴】平成9年に転倒により左大腿骨頚部骨折受傷する(他院で治療)。平成14年12月7日自宅にて転倒し、右大腿骨頚部外側骨折のため平成15年4月25日まで入院する。平成15年5月12日自宅トイレにて転倒し、右骨盤骨折のため9月16日まで入院する。平成16年1月1日ポータブルトイレ移乗時に転倒し、左骨盤骨折のため5月1日まで入院する。<BR>【家族構成】息子夫婦と3人暮らし。息子は、住職で日中家にいることは多いが、大学の臨時講師、文化教室などをしており多忙で介護をする気持ちはない。嫁はくも膜下出血後遺症のため、麻痺はないが失語症があり介護は困難な状態である。<BR>【家屋状況】最初の当院退院時(平成14年入院時)に家屋評価を行っている。家屋は、寺に隣接した住居で廊下は広く、敷居が多い。段差解消と手すり設置、家具・テーブルなどの位置変更をすすめるが、家族は拒否する。通所サービスの利用も拒否する。相談の結果、トイレの手すり設置と症例の居室の出入り口のみ段差解消を行う。家内の移動は、ピックアップ歩行器を使用し、夜間はポータブルトイレ使用とした。浴室に手すりはつけず、ホームヘルパーによる介助入浴を行うことになる。<BR>【訪問リハの内容】平成16年5月1日退院時にケアマネージャーと相談し、今後も転倒の危険性が高いことから、訪問リハによる転倒予防指導を家族に提案し、了解を得る。訓練内容は、下肢筋力強化と歩行訓練だが、毎回本人に対する転倒への注意と活動範囲での動作指導を徹底して行った。訪問頻度は、家族より限度額以内にしてほしいとの条件があり、週1回のヘルパー利用があるため、一月に1~2回となる。<BR>【考察】転倒を繰り返した原因として、本人・家族ともに転倒に対する認識が低く、本人のやりたいようにしていたこと、自宅改修による安全性向上ができなかったことが考えられた。その結果、転倒を繰り返したが、本人・家族ともに全く気にしていない状態であった。しかし、訪問リハ導入により、病院ではできなかった実際の生活場面での指導を継続して繰り返し行ったため、特に本人が転倒に少しずつ気をつけるようになってきた。その結果、訪問リハ開始となってから、現在まで転倒はなく、効果はでていると思われる。今後は、訪問リハの内容を検討しながら、フォローしていく必要性を感じています。