著者
野口 美由貴 鈴木 義浩 山崎 章弘
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.51-60, 2018 (Released:2018-04-01)
参考文献数
39
被引用文献数
2 1

受動喫煙の一つの形態として,たばこを吸い終わって火を消した後に残留するたばこ煙であるサードハンドスモーク(Thirdhand smoke, THS)が問題になっている。喫煙終了後のたばこ煙の成分は,空気中に長時間残留するものも存在するが,大部分は壁紙や衣服などの固体表面に付着する。付着したたばこ煙成分は長期間にわたって徐々に空気中に再放散され,人体に取り込まれる可能性がある。THSは喫煙室の臭いや変色などから日常的に見られる現象であるが,喫煙環境の問題として取り上げられたのは,2009年と比較的新しい(Winickoffら)。翌年,表面に付着したニコチンが,空気中の亜硝酸HONOと反応して発がん性を持つニトロソアミン類(Tobacco-specific nitrosamines, TSANs)が生成することが報告されてから,THSに関する研究は飛躍的に進んだ。本稿では,新たな喫煙環境問題であるTHSについて,その特徴,化学特性,フィールドでのTHSの調査例,毒性と健康影響,曝露アセスメントの各観点から現状を概観した。THSは4つのR,Remain残留,Reaction反応,Re-emit再放散,Re-suspended再浮遊によって特徴付けられる。THSは通常の環境たばこ煙(ETS, Environmental tobacco smoke)が残留中に変化(エージング)したものであり,その化学組成はETSと異なる。また,表面に吸着した化学種が様々な化学変化によって異なる化学種に変換される。THSのフィールド調査は,自動車,住居,病院などで気相濃度測定やふき取り法,ダストの付着物測定などによって行われ,喫煙履歴のある場所での高濃度のニコチン,あるいはTSNAsの検出が報告されている。THSの毒性試験は,細胞レベルではDNA損傷が,また動物レベルでも代謝系や免疫系への影響が報告されている。また,THSへの曝露アセスメントでは,乳幼児へのTHS曝露の影響が深刻な問題であるとしている。現状では,THSによる健康被害の程度に関して確実な証拠はまだまだ不足しているものと考えられるが,THSのもたらす不快な臭気なども含めて新たな喫煙環境問題を引き起こす可能性があるため,今後の研究の進展が待たれる。