著者
浦野 真弥 太宰 久美子 加藤 研太
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.85-97, 2022 (Released:2022-04-01)
参考文献数
23

柔軟剤等の使用に伴う健康被害の訴えが増加していると国民生活センターなどが報告しているが, これらの使用に伴う揮発性有機化合物(VOC)の挙動に関する情報は少ない。本研究では, 繊維質の違い, 製品成分の違い, 繰り返し使用時および使用停止時の揮発成分挙動を把握することを目的とした洗濯試験を実施し, 洗濯中および洗濯後の衣類からの揮発成分を吸着材に捕集してGC/MSの全イオンクロマトグラム(TIC)分析を行った。さらに検出されたピークのマススペクトルから物質を推定し, 確度の高い物質について, 沸点や蒸気圧, オクタノール水分配係数と揮発挙動の関係について解析した。繊維質について, ポリエステルで疎水性物質の揮発量が多くなり, 綿で親水性物質の揮発量が多くなる傾向を示し, 揮発成分組成が変わることが示された。また, これらは洗濯中の揮発成分組成とも異なっていた。ポリエステル繊維で柔軟剤等を繰り返し使用した場合の揮発成分挙動を調べた結果からは, 沸点および極性基の有無との関連が示唆され, 高沸点, 疎水性化合物ほど繰り返し使用時に揮発濃度が上昇していくことが示された。また, 本研究の範囲においては, 製品の使用を停止した後, 数回の洗濯で揮発濃度が大きく低下することが示され, 適当な頻度での使用停止が臭気質の変化や揮発量の増加抑制に効果的である可能性が示された。
著者
川上 裕司 関根 嘉香 木村 桂大 戸高 惣史 小田 尚幸
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.19-30, 2018 (Released:2018-04-01)
参考文献数
20
被引用文献数
3

自分自身が皮膚から放散する化学物質によって,周囲の他人に対してくしゃみ,鼻水,咳,目の痒みや充血などのアレルギー反応を引き起こさせる体質について,海外ではPATM(People Allergic to Me)と呼ばれ,一般にも少しずつ知られてきている。しかしながら,日本では殆ど一般に認知されておらず,学術論文誌上での報告も見当たらない。著者らはPATMの男性患者(被験者)から相談を受け,聞き取り調査,皮膚ガス測定,着用した肌着からの揮発性化学物質測定,鼻腔内の微生物検査を実施した。その結果,被験者の皮膚ガスからトルエンやキシレンなどの化学物質が対照者と比べて多く検出された。また,被験者の皮膚から比較的高い放散量が認められたヘキサン,プロピオンアルデヒド,トルエンなどが着用後の肌着からも検出された。被験者の鼻腔内から分離された微生物の大半は皮膚の常在菌として知られている表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)であった。分離培地上でドブ臭い悪臭を放つ放線菌(Arthrobacter phenanthrenivorans)が分離されたことはPATMと何か関連性があるかもしれない。また,浴室や洗面所の赤い水垢の起因真菌として知られている赤色酵母(Rhodotorula mucilaginosa)がヒトの鼻腔内から分離されたことは新たな知見である。この結果から,PATMは被験者の思い込みのような精神的なものではなく,皮膚から放散される化学物質が関与する未解明の疾病の可能性が示唆された。
著者
阿部 恵子 須山 祐之 川上 裕司 柳 宇 奥田 舜二 大塚 哲郎
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.69-73, 2007-06-01 (Released:2012-10-29)
参考文献数
4
被引用文献数
1

空気清浄機の除菌性能評価法を策定するために必要な基礎データを得ることを目的とした予備実験を試みた。供試微生物散布用の試験室を作製し, その試験室の空気中に浮遊させる微生物としてwallemia sebiおよびPenicillium freguentansの胞子を用意し, 胞子の散布にネブライザ法および超音波法を適用し, 散布胞子の採取にゼラチンフィルタ法を用いた。ネブライザ法と超音波法の何れの方法でも, 試験室内に胞子を散布することができた。市販の空気清浄機の除菌性能 (空中浮遊菌除去性能) の評価試験を試みたところ, フィルタによる空中浮遊生菌濃度の低減効果が認められたが, クラスタイオンによる低減効果は認められなかった。
著者
永吉 雅人 杉田 収 橋本 明浩 小林 恵子 平澤 則子 飯吉 令枝 曽田 耕一 室岡 耕次 坂本 ちか子
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.97-103, 2013 (Released:2013-11-25)
参考文献数
7

上越市立の全小学校(新潟県)児童を対象に,化学物質過敏症(multiple chemical sensitivity: MCS)様症状に関するアンケート調査が2005年7月に実施されている。今回,その調査から5年経過した2010年7月,実態の時間的推移を把握するため,対象を市立の全小中学校の児童・生徒に拡げてアンケートの再調査を実施した。また今回新たに就寝時刻についても合わせて調査した。アンケートの有効回答数は14,024名分(有効回答率84.0%)であった。調査の結果,14,024名の回答児童・生徒中MCS様症状を示す児童・生徒は1,734名(12.4%)であった。今回の調査で主に,次の3つのことが明らかとなった。1. 小学1年生から中学3年生へ学年が進むに伴い,MCS様症状を示す児童・生徒の割合が増加傾向にあった。2. 小学生全体のMCS様症状を示す児童の割合は,今回調査した小学生の方が5年前に比べて大きくなっていた。3. 小学3年生から中学3年生までのMCS様症状を示す児童・生徒はMCS様症状を示していない児童・生徒より就寝時刻が遅かったことが明らかとなった。
著者
東 賢一
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.113-120, 2018 (Released:2018-08-01)
参考文献数
35
被引用文献数
3 1

1970年に制定された建築物衛生法の二酸化炭素の環境衛生管理基準は,1000 ppmを超えると倦怠感,頭痛,耳鳴り,息苦しさ等の症状が増加することや,疲労度が著しく上昇することに基づき定められたものである。二酸化炭素に関する近年の複数のエビデンスが,500~5000 ppmの範囲における二酸化炭素濃度の上昇と生理学的変化(血液中の二酸化炭素分圧や心拍数の上昇等)を確認している。また,1000 ppm程度の低濃度域におけるシックビルディング症候群(SBS)関連症状については,多くの疫学研究で報告されている。ヒトにおける生理学的変化は二酸化炭素によるものと考えられるが,低濃度域におけるSBS症状については,他の汚染物質との混合曝露による影響の可能性が高いと考えられる。近年,1000 ppm程度の二酸化炭素に短時間曝露した際の二酸化炭素そのものによる生産性(意思決定能力や問題解決能力等)への影響が示唆されており,このような影響は社会経済への影響が懸念されることから,慎重な対応が必要であると考えられる。建物内の二酸化炭素の室内濃度を1000 ppm以下に抑えることで,SBS症状や生産性への影響を防止できる。大気中の二酸化炭素濃度が上昇し続けているが,地球温暖化のみならず,室内の二酸化炭素濃度の維持管理のためにも大気中二酸化炭素濃度の低減に関する早急な対策が必要である。
著者
乳井 美和子 宮田 幹夫
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.75-83, 2022 (Released:2022-04-01)
参考文献数
32

化学物質過敏症やシックビルディング症候群と栄養摂取状況の関連, 大気汚染や受動喫煙と栄養状態の関連など, 幅の広い環境問題と栄養の関連があるとされている。世界的にもビタミンD不足が問題とされているが, 大気汚染もビタミンD欠乏症発症の危険因子とされている報告がある。大気汚染物質の暴露は代表的な呼吸器疾患のみならず, 酸化ストレスや全身の炎症症状を増大させ, 循環器疾患や肥満とも関連していると述べている。地球温暖化による人間の健康影響は近い将来に終結するとは否めず, 各自が栄養摂取状況を意識し, 望ましい食生活に改善していく必要がある。化学物質過敏症の発症の機序として, 解毒作用の遅れが証明されており, 実際に米国の調査では解毒機能に関わるとされる一部栄養素の血中濃度が一般人よりも低いという報告がある。患者には, 解毒機能を高めるビタミンA, B群, C, グルタチオンなどの栄養素を含めた食品成分を意識して摂取するように指導をしている。化学物質過敏症患者との治療過程の中で, 生活環境の見直しと共に食事内容改善や栄養剤の服用により, 化学物質過敏症症状のみならず他の身体的不調が改善されるという報告もある。健康負荷にかかる要素の多い現在では, 室内環境改善と共に, 生命活動の要となる食事内容の見直しも化学物質過敏症患者に限らず, 国民全体における喫緊の課題と考える。
著者
田中 浩史 イム ウンス 川田 博美 伊藤 一秀
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.225-239, 2022 (Released:2022-12-01)
参考文献数
26
被引用文献数
1

環境中にゴミとして流出した一部のプラスチック類は,海洋中で力学的・光化学的作用により崩壊・微細化し,ミリメートル(mm)からマイクロメートル(μm)スケール以下の粒子となり海洋中に蓄積することが明らかとなっており,所謂,海洋マイクロプラスチック問題として社会的関心事となっている。一方,室内には多くのマイクロプラスチックの発生源となるプラスチック類製品が多様に存在し,室内環境中でのマイクロプラスチック汚染の可能性や健康影響への懸念が完全には否定できないにも関わらず,現時点では十分な議論が行われておらず,全国規模の実態調査の実績も無い。本報を含む一連の研究は,室内環境中(空気中もしくはダスト中)に存在するマイクロプラスチックの調査法(サンプリング法),ならびに定性・定量分析法を確立した上で,全国規模の調査を行うことで室内マイクロプラスチック汚染問題の実態把握を行うことを最終目標とする。特に本報はその第一歩として,既存のハウスダストサンプリング法と海洋マイクロプラスチック成分の分析法を組み合わせることで,室内環境を対象としたマイクロプラスチック調査への適用可能性に関して基礎的な検討を行った結果を報告する。
著者
野口 美由貴 鈴木 義浩 山崎 章弘
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.51-60, 2018 (Released:2018-04-01)
参考文献数
39
被引用文献数
2 1

受動喫煙の一つの形態として,たばこを吸い終わって火を消した後に残留するたばこ煙であるサードハンドスモーク(Thirdhand smoke, THS)が問題になっている。喫煙終了後のたばこ煙の成分は,空気中に長時間残留するものも存在するが,大部分は壁紙や衣服などの固体表面に付着する。付着したたばこ煙成分は長期間にわたって徐々に空気中に再放散され,人体に取り込まれる可能性がある。THSは喫煙室の臭いや変色などから日常的に見られる現象であるが,喫煙環境の問題として取り上げられたのは,2009年と比較的新しい(Winickoffら)。翌年,表面に付着したニコチンが,空気中の亜硝酸HONOと反応して発がん性を持つニトロソアミン類(Tobacco-specific nitrosamines, TSANs)が生成することが報告されてから,THSに関する研究は飛躍的に進んだ。本稿では,新たな喫煙環境問題であるTHSについて,その特徴,化学特性,フィールドでのTHSの調査例,毒性と健康影響,曝露アセスメントの各観点から現状を概観した。THSは4つのR,Remain残留,Reaction反応,Re-emit再放散,Re-suspended再浮遊によって特徴付けられる。THSは通常の環境たばこ煙(ETS, Environmental tobacco smoke)が残留中に変化(エージング)したものであり,その化学組成はETSと異なる。また,表面に吸着した化学種が様々な化学変化によって異なる化学種に変換される。THSのフィールド調査は,自動車,住居,病院などで気相濃度測定やふき取り法,ダストの付着物測定などによって行われ,喫煙履歴のある場所での高濃度のニコチン,あるいはTSNAsの検出が報告されている。THSの毒性試験は,細胞レベルではDNA損傷が,また動物レベルでも代謝系や免疫系への影響が報告されている。また,THSへの曝露アセスメントでは,乳幼児へのTHS曝露の影響が深刻な問題であるとしている。現状では,THSによる健康被害の程度に関して確実な証拠はまだまだ不足しているものと考えられるが,THSのもたらす不快な臭気なども含めて新たな喫煙環境問題を引き起こす可能性があるため,今後の研究の進展が待たれる。
著者
大貫 文 齋藤 育江 多田 宇宏 保坂 三継 中江 大
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.43-50, 2011 (Released:2012-06-01)
参考文献数
19
被引用文献数
2 2

本研究は,平成17年及び平成18年に,東京都内の26オフィスビルにおいて,空気中のたばこ煙由来化学物質濃度を測定した。空気の採取は,(a)喫煙室,(b)喫煙室近傍の非喫煙場所,(c)事務室等の非喫煙室で行った。測定化学物質は,ニコチン,ホルムアルデヒド,アセトアルデヒド,アセトン,プロピオンアルデヒド,トルエン,ベンゼン,浮遊粉じん(PM)及び一酸化炭素(CO)であった。調査の結果,ニコチン濃度の最大値は,(a)267 μg/m3,(b)16.7 μg/m3,(c)1.2 μg/m3,検出率は(a)100%,(b)38%,(c)4%であった。非喫煙場所からニコチンが検出された原因としては,たばこ煙が喫煙室から漏れたことや,喫煙者に付着し喫煙室外へ運ばれた可能性等が考えられた。PM及びCO濃度とニコチン濃度との関連について,喫煙室においては,比較的強い相関が見られ,PM及びCOの濃度を指標として,室内空気の清浄化を図ることが可能と推察された。一方,喫煙室近傍の非喫煙場所においては,喫煙室と異なり相関が弱く,PM及びCOの濃度からニコチン濃度を推測することが困難であることが判明した。
著者
杉田 収 中川 泉 濁川 明男 曽田 耕一 室岡 耕次 坂本 ちか子
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.137-145, 2007-12-01 (Released:2012-10-29)
参考文献数
20
被引用文献数
1 3

上越市立小学校の全児童(6才~12才)12,045名を対象に, 化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity:MCS)様症状を示す児童数を調べるアンケート調査を実施した。またMCSとの関連性が注目されている花粉症, アレルギー,「特に嫌いな臭い」を持つ児童数も合わせて調査した。調査票の回収数は10,348名分(回収率85.9%)であった。調査票で尋ねたMCS様症状は, 厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班によるMCSの診断基準に記載された症状を, 児童の保護者が回答しやすい症状表記に改変して尋ねた。その結果MCS様症状を示す児童数は979名で回答児童の9.5%であった。また花粉症は19.3%, 花粉症を含むアレルギーは47.6%, 「特に嫌いな臭い」を持つ児童は32.7%であった。MCSはアレルギーとは異なると考えられているが, MCS様症状を示す児童でアレルギーを持つ児童は63.7%であった。一方MCS様症状を示さない児童でアレルギーを持つ児童は46.3%で両児童群に有意の差があった。同様にMCS様症状を示す児童は「特に嫌いな臭い」を60.5%が持ち, その症状を示さない児童は30.6%であり, 同じく有意の差があった。MCS様症状を示す児童, アレルギーを持つ児童, 及び「特に嫌いな臭い」を持つ児童の割合は, いずれも高学年になるほど上昇していたことから, 小学校児童の高学年ほど化学物質に敏感になっていると考えられた。
著者
堀 雅宏
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.9-19, 2010 (Released:2012-06-01)
参考文献数
95
被引用文献数
5 2

この総説ではTVOCの定義,測定法,生体影響と基準値,効用と限界などについてまとめるとともに,その使い方あるいは使われ方,TVOCのおかれている状況やTVOCを巡る経緯や諸問題について述べた。TVOCは室内空気中に多種類存在するVOCの総合的簡易表記法として,またその汚染影響の可能性を示すものとして提案され,多くの調査研究で用いられてきたが,TVOCは本質的に毒性学的な指標にはなりえず,また,現行のVOC・TVOC測定法では見逃される微量刺激成分の存在により,汚染レベルを示す指標としての欠陥が指摘されている。しかし,TVOCは基準値の設定されていない多くのVOCが共存する中で,発生源や建材の評価や監視を通してまた,VOCリスクの低減をはかるための大まかな環境管理指標として意義がある。
著者
大貫 文 菱木 麻佑 斎藤 育江 保坂 三継 中江 大
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.15-25, 2015 (Released:2015-06-01)
参考文献数
29
被引用文献数
1

室内で燃焼させて使用する線香類について,燃焼時に放出される化学物質を分析し,線香類を使用した際に推定される室内空気中化学物質濃度を算出した。方法は,市販の線香類12試料を燃焼させ,その煙を空気採取用バッグに採取し,バッグ内の揮発性有機化合物類,アルデヒド類及び有機酸類の濃度を測定した。その結果から,試料重量当たり及び燃焼時間当たりの物質放出量を求め,室内空気中の有害物質等濃度を推定した。検出されたのは48物質で,アセトアルデヒド,イソプレン,酢酸,アクロレイン及びベンゼン等の放出量が多かった。48物質合計値の6割以上を有機酸類が占めた試料も見られた。同じ銘柄で煙の量が異なる製品の放出量(μg/h)を比較した結果,煙が「ほとんどない」と標榜していた試料における48物質の合計放出量は「ふつう」の試料の約25%で,なかでも,酢酸及びホルムアルデヒドの放出量が少なかった。また,主に室内で使用する9試料を1時間燃焼させた後の空気中有害物質濃度を推定した(室内容積20 m3,換気回数0.5回/時)。主な物質の濃度範囲は,ベンゼンが11~77 μg/m3,1,3-ブタジエンが4.8~14 μg/m3,アセトアルデヒドが22~160 μg/m3で,アセトアルデヒドについては,6試料が厚生労働省による室内空気中濃度の指針値を超過すると推定された。
著者
高橋 万葉 関根 嘉香 古川 英伸 浅井 さとみ 宮地 勇人
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.15-22, 2013 (Released:2013-06-01)
参考文献数
20
被引用文献数
3 2

室内空気中のアセトアルデヒドの発生源および発生機構については不明な点が多い。本研究では,これまで考慮されてこなかったヒト皮膚表面から放散するアセトアルデヒドの室内空気中濃度に及ぼす影響について,パッシブ・フラックス・サンプラー法による健常人ボランティアを対象とした放散フラックスの実測に基づき検討した。その結果,ヒト皮膚由来のアセトアルデヒドの放散速度は,飲酒後の呼気に由来するアセトアルデヒドの放散速度よりも大きく,呼気よりも重要な発生源であることがわかった。居室の在室者1名を想定した場合,皮膚由来のアセトアルデヒドは,室内濃度指針値レベル(48 μg m-3)に対しては0.87~2.3 %の寄与であったが,飲酒を伴う場合は居室の臭気源になる可能性が示唆された。在室者が複数いる場合には,皮膚からの放散速度は無視できないほど大きな寄与を示す可能性があり,皮膚ガスは新たに着目すべき発生源の一つとなる可能性が示唆された。
著者
塚原 伸治 中島 大介 藤巻 秀和
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.1-8, 2010 (Released:2012-06-01)
参考文献数
31
被引用文献数
1

近年,胎児や小児に対する環境リスクの増大が懸念され,環境中の化学物質に対する子供の健康影響について関心が払われている。発達途上にある胎児や小児の脳は性的に分化する。発達期の精巣から分泌されたテストステロンの働きは脳の性分化にとって重要である。成人男性や成熟雄ラットの血中テストステロン濃度はトルエン曝露により低下する。我々は,発達期のラットの血中テストステロン濃度がトルエン曝露によって低下することを明らかにした。また,テストステロンレベルの低下は,精巣のテストステロン産生に関与する酵素である3β-HSDの発現量の減少が一原因であることを示した。性分化した脳には,構造の性差がみとめられる部位(性的二型核)が存在する。ラットの性的二型核の一つであるSDN-POAの体積とニューロン数は雄において雌よりも優位である。最近の我々の研究から,発達期にトルエンを曝露した成熟雄ラットのSDN-POAの体積が正常雄ラットよりも縮小していることが示唆された。本稿では,我々の研究知見をふまえて,脳の性分化におよぼす発達期トルエン曝露の影響とその作用機序について論じる。
著者
笈川 大介 高尾 洋輔 村田 真一郎 竹内 弥 下山 啓吾 関根 嘉香
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.113-121, 2011 (Released:2012-02-24)
参考文献数
15
被引用文献数
3

東日本大震災により多くの住民が避難生活を余儀なくされている。避難者の生活を一時的に安定させるため,約72,000戸の応急仮設住宅(以下,仮設住宅)が宮城県,福島県,岩手県などに建設されている。一方,国外の災害において,仮設住宅に避難した住民が高濃度ホルムアルデヒド曝露により健康被害を受けた事例がある。宮城県では国土交通省の指示に基づき,仮設住宅の供給メーカーに対して1発注につき1戸(50~60戸に1戸)の割合で住宅性能表示制度に定める特定測定物質5物質(ホルムアルデヒド,トルエン,キシレン,エチルベンゼンおよびスチレン)の室内濃度測定を課し,仮設住宅の空気性能の管理に務めている。しかしながら法定5物質以外の物質が室内空気を汚染する可能性があり,詳細な化学物質調査が必要である。そこで筆者らは,宮城県の協力のもと,2011年6月20日に宮城県内1地区の仮設住宅5戸,6地点を対象に室内空気中化学物質濃度の現地調査を行った。対象物質はアルデヒド・ケトン類3物質,揮発性有機化合物43種類およびTVOC(Total Volatile Organic Compounds)濃度とした。その結果,法定5物質を含む室内濃度指針値の設定されている物質は,測定点全てにおいて指針値以下の濃度レベルであった。しかしTVOC濃度は1700~3000μg/m3で暫定目標値の4倍~7.5倍であり,指針値の設定されていない化学物質の寄与が高かった。
著者
吉田 成一
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.109-116, 2021 (Released:2021-08-01)
参考文献数
31
被引用文献数
1

喫煙により様々な健康影響が生じることが明らかになり, 燃焼式たばこの喫煙率が低下している一方, 新型たばことして販売されている加熱式たばこの利用者が増加している。燃焼式たばこによる健康影響はよく知られているが, 加熱式たばこによる健康影響・生体影響については十分に解明されていない。実際, 燃焼式たばこによる生体影響に関する論文数と比較すると加熱式たばこによる生体影響に関する論文数は1%未満である。加熱式たばこによる生体影響に関する論文は主にたばこ製品製造企業から報告されており, 生体影響として, 呼吸器系や循環器系, 免疫系への影響は認められないという報告や燃焼式たばこによる生体影響と比較すると軽微であるという報告され, 加熱式たばこはリスク低減製品であることの根拠を構築している。たばこ製品製造企業以外の研究グループによる研究も行われつつあり, 燃焼式たばこから加熱式たばこへの切り替えにより肺炎が生じたという報告や加熱式たばこによる循環器系への影響は燃焼式たばこと同程度であるという報告もある。さらに, 妊娠中の加熱式たばこの曝露により出生した雄マウスの造精機能が低下する一方, 燃焼式たばこを同等条件で曝露した場合には影響が認められなかったこともあり, 加熱式たばこによる健康影響が必ずしも燃焼式たばこより小さいと言うことを示していない。このように, 加熱式たばこによる生体影響について評価が定まっておらず, 今後, 様々な生体影響評価を行う必要がある。
著者
伊藤 光平
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.29-42, 2023 (Released:2023-04-01)
参考文献数
96
被引用文献数
2

ヒトは用途に応じて複数の建造環境を使い分けながら1日の大半を建造環境内で過ごしている。近年,「建造環境の微生物叢 (MoBE)」の網羅的な解明が進んでいる。建造環境では,屋外環境などの一部やヒト自体が微生物の供給源となり多様な微生物が持ち込まれ,独自の微生物生態系が構築されている。その動態は,季節などの自然要因のみならず,換気,建材,設計手法などの人的要因によっても変化する。本論文では初めに,ヒト,環境,微生物における相互作用や関係によって生じるMoBEの構成要因を説明する。次に,建造環境における薬剤耐性菌の発生プロセスと感染症拡大につながるリスク要因を評価する。さらに,都市化に伴いヒトが多様な微生物に曝露する機会が減少することによって生じる免疫発達への影響など,MoBEが与えるヒトの健康への影響についても議論する。以上の通りMoBEの重要性が明らかになりつつある一方で, 複雑性の高いMoBEから一貫した特徴を検出するためには解決すべき課題が多くある。MoBEの複雑性が高いのは,微生物の発生源が無数に存在し,同時にヒトの活動,建築設計や屋外の土地利用など多様なパラメータが存在するからである。さらに,MoBEを解明するための生物学的実験・解析手法にはいくつかの技術的な制限がある。MoBEを人為的に管理することで健康,快適性,生産性等を向上させるためには,さらなる研究が必要である。
著者
加藤 貴彦
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.217-223, 2019 (Released:2019-08-01)
参考文献数
13

化学物質過敏症は, 環境不耐症ともいわれ, 低濃度の化学物質に曝露に関係した多臓器にわたる非特異的な症状をもつ病態として定義されている。本論文では, 産業衛生における化学物質過敏症の現状に関し, 1) 最近12年間の3社における質問紙(Quick Environment Exposure Sensitivity Inventory (QEESI))を用いた化学物質過敏症の頻度推移 2) 化学物質に関する法律と労働災害の認定 3) 労働現場で発生した化学物質過敏症に関する裁判判例 の3点について解説した。
著者
野崎 淳夫 成田 泰章 二科 妃里 一條 佑介 山下 祐希
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.33-44, 2015 (Released:2015-06-01)
参考文献数
21
被引用文献数
4

本研究では,24時間換気装置が設置された一般住宅において,1)開放型石油暖房器具(石油ファンヒーター)使用時の室内汚染物質濃度を実測調査により明らかにし,次に2)大型チャンバーを用いて,実測調査で使用した石油ファンヒーターの汚染物質発生量を求めた。結果として,1)実測調査から器具使用時にはヘプタン,トルエン,オクタン,ノナン,デカン,ノナナール,ウンデカン,デカナール,ドデカン,トリデカン,テトラデカンなどの室内濃度が上昇し,特にデカン類の室内濃度が上昇した。また,NO2濃度は器具使用50分後に395 ppbに達し,大気汚染防止法による大気環境基準の6.6倍の値が測定された。2)実測調査で器具使用時に確認されたエタノール,アセトン,トルエン,ヘプタンは,建材や日用品などに由来する。3)チャンバー実験により,テストした石油ファンヒーターからはオクタン,m, p-キシレン,o-キシレン,ノナン,1,2,4-トリメチルベンゼン,デカン,ウンデカン,ドデカン,トリデカン,テトラデカン,ペンタデカンの発生があり,また器具非使用時においても,オクタン,m, p-キシレン,ノナン,デカン,ウンデカン,ドデカントリデカンなどが発生していた。4)石油ファンヒーターの燃料消費量率は,器具使用開始から10分間が最も大きく,他の時間帯の2.15~2.87倍を示した。5)燃料単位重量当たりの石油ファンヒーターのTVOC発生量は0-10分値と10-20分値で,それぞれ90,317と858,204 μg/kgであった。
著者
川上 裕司 関根 嘉香 木村 桂大 戸高 惣史 小田 尚幸
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.19-30, 2018
被引用文献数
3

自分自身が皮膚から放散する化学物質によって,周囲の他人に対してくしゃみ,鼻水,咳,目の痒みや充血などのアレルギー反応を引き起こさせる体質について,海外ではPATM(People Allergic to Me)と呼ばれ,一般にも少しずつ知られてきている。しかしながら,日本では殆ど一般に認知されておらず,学術論文誌上での報告も見当たらない。著者らはPATMの男性患者(被験者)から相談を受け,聞き取り調査,皮膚ガス測定,着用した肌着からの揮発性化学物質測定,鼻腔内の微生物検査を実施した。その結果,被験者の皮膚ガスからトルエンやキシレンなどの化学物質が対照者と比べて多く検出された。また,被験者の皮膚から比較的高い放散量が認められたヘキサン,プロピオンアルデヒド,トルエンなどが着用後の肌着からも検出された。被験者の鼻腔内から分離された微生物の大半は皮膚の常在菌として知られている表皮ブドウ球菌(<i>Staphylococcus epidermidis</i>)であった。分離培地上でドブ臭い悪臭を放つ放線菌(<i>Arthrobacter phenanthrenivorans</i>)が分離されたことはPATMと何か関連性があるかもしれない。また,浴室や洗面所の赤い水垢の起因真菌として知られている赤色酵母(<i>Rhodotorula mucilaginosa</i>)がヒトの鼻腔内から分離されたことは新たな知見である。この結果から,PATMは被験者の思い込みのような精神的なものではなく,皮膚から放散される化学物質が関与する未解明の疾病の可能性が示唆された。