著者
中橋 孝博 李 民昌 松村 博文 篠田 謙一 分部 哲秋 山口 敏 季 民昌 陳 翁良 黄 家洪
出版者
九州大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1996

北部九州から出土する弥生人骨を大陸からの渡来人、もしくはその遺伝的影響を受けた人々とする見解が定着しつつあるが、彼ら渡来人の源郷についてはいまだ不明点が多い。これまでは華北や朝鮮半島を候補地とする研究結果が発表されているが、その背景には人骨資料そのものが大陸北半でしか出土していないという問題が隠されており、人骨の空白地域であった江南地方は、永く論議の対象から外されていた。しかし同地方は稲作を初めとして、考古、人類、民俗など各分野で古代日本との関係が指摘されているので、平成8年度から10年度にかけて、まずこの地域の古人骨資料の探索を行い、人類学的な検討を加えた。その結果、まず新石器時代のウトン遺跡から出土した人骨(51体)については、同時代の華北集団とも、また日本の縄文人とも異なる特徴を持つことが判明した。しかし春秋戦国〜漢代の人骨(30体)は、同地方の新石器時代人とは大きく異なり、日本のいわゆる渡来系弥生人にその形態的特徴が酷似することが初めて明らかにされ、同時に、劉王城遺跡出土の春秋時代末期の人骨2体から抽出されたミトコンドリアDNAの塩基配列が、北部九州弥生人のそれと一致することも判明した。また、この劉王城人骨では、2体に上顎両側の側切歯を対象とした風習的抜歯痕が確認され、この風習でも日本の弥生人集団との共通性が認められた。全体的に資料数がまだ十分ではなく、多くの検討課題を残すが、関連分野からその重要性を指摘されながら永く資料空白地域として残されていた中国江南地方において今回初めて人類学的な研究が実施され、渡来系弥生人との形態、遺伝子、抜歯風習にわたる共通点が明らかになったことは、今後、日本人の起源論はもとより、考古、民俗など各分野に大きな影響を与えるものと考えられる。平成11年3月に中国人側共同研究者を招聘して研究結果を公表したところ、朝日新聞、新華社、読売新聞、産経新聞など各紙に大きく報道され、NHK、フジテレビでも放映されて広く一般の関心を集めた。