著者
小口 美奈 雫田 研輔 青木 幹昌 畑 幸彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI1241, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 人工股関節全置換術(以下THA)は近年,術式の変化やクリニカルパスの短縮などにより入院期間の短縮が勧められているが,十分な運動機能が獲得されないまま退院に至っているという報告もある.しかし術後経過に伴った,歩行能力やバランス能力,筋力など運動機能の回復に関する報告は少ない.今回THAを施行された患者の術後6ヵ月までの運動機能の変化を明らかにする目的で,下肢筋力の中でも手術侵襲により影響を受けやすい股関節外転筋力と,術後活動性に影響するといわれる膝関節伸展筋力に着目し,歩行能力やバランス能力に及ぼす影響について調査したので報告する.【方法】 対象は,当院において2009年4月から2010年3月の間に,変形性股関節症に対しTHAを施行した症例のうち,術後6ヵ月間の評価が可能であった17例17股(平均年齢67.1歳,男性8名,女性9名)とした.術式は全例殿筋貫通侵入法(以下 Bauer法)であり,全例術後約3週で松葉杖歩行にて自宅退院となった.術前と術後2ヵ月,3ヵ月および6ヵ月において,歩行能力とバランス能力,股関節外転筋力および膝関節伸展筋力の経時的変化を評価した.歩行能力として最大歩行速度(以下MWS)を,機能的バランスとしてFunctional Balance Scale(以下FBS)を測定した.股関節外転筋力と膝関節伸展筋力は等尺性筋力計μTasF-1(アニマ社製)を使用し,最大等尺性筋力を3回測定し平均値を体重で除して標準化(Kgf/Kg)した.また,歩行能力およびバランス能力と,股関節外転筋力および膝関節伸展筋力との関連性を調査した.統計学的検討は, MWSとFBS,股関節外転筋および膝関節伸展筋の術前と術後各時期における比較にMann-Whitney’s U検定を行い,また各時期におけるMWSおよびFBSと股関節外転筋力,膝関節伸展筋力に対して単回帰分析を行った.【説明と同意】 対象者に本研究の趣旨と目的を詳細に説明し,参加の同意を得た.【結果】 MWSの平均値(m/min)は術前67.1,術後2ヵ月60.8,術後3ヵ月77.3,術後6ヵ月81.8であり,術後3カ月以降で術前と比較して有意に高値を示した.FBS(点)の平均値は術前51.0,術後2ヵ月50.7,術後3ヵ月55.7,術後6ヵ月55.9であり,術後3ヵ月以降で術前と比較して有意に高値を示した.また,股関節外転筋力の平均値(Kgf/Kg)は,術前7.4,術後2ヵ月9.1,術後3ヵ月8.3,術後6ヵ月8.9であり,術前に対し術後どの時期でも有意差は認められなかった.一方,膝関節伸展筋力の平均値(Kgf/Kg)は,術前22.1,術後2ヵ月21.3,術後3ヵ月24.5,術後6ヵ月26.8であり,術後3ヵ月で向上傾向を示し,術後6ヵ月で術前と比較して有意に高値を示した.MWSと股関節外転筋力の関係は術前にのみ有意な相関を示し(r=0.5),膝関節伸展筋力とは術後2ヵ月以降で有意な相関を示した(r=0.4). FBSと股関節外転筋力,膝関節伸展筋力の関係は術前にのみ有意な相関を示した(r=0.4,r=0.7).【考察】 今回の研究から,歩行能力とバランス能力は術前と比較して術後2ヵ月で下がる傾向を示し,術後3ヵ月から有意に回復することがわかった.術後2ヵ月の時点は,退院し自宅にて生活している時期であり,松葉杖歩行から杖なし歩行に移行する時期でもある.転倒等に対しての環境設定,患者教育も特にこの時期で必要と考えられた.また術後2ヵ月において,歩行能力と有意な正の相関関係を認めたのは,膝関節伸展筋力のみであった.Bohannon RWによると膝関節伸展筋力は股関節周囲筋力や足関節背屈筋力よりも歩行能力と関連が強いとされている.また塚越らは下肢荷重の低下による筋萎縮や筋力低下は殿筋群やハムストリングスに比べて大腿四頭筋のほうが遥かに大きいと報告している.当院クリニカルパスでは術後2ヵ月までは,部分荷重の時期であるため,膝関節伸展筋力の低下が危惧される.したがって,術後2ヵ月までは,特に膝関節伸展筋力を向上させることで,この時期の歩行能力低下を抑えることができると思われた.それにより,入院期間の短縮化が図られている現在,退院時の歩行能力低下によるリスクを避けられる可能性がある.【理学療法学研究としての意義】 入院期間の短縮化が図られている現在,術後早期から膝関節伸展筋力に対する積極的なトレーニングが必要であると思われた.また今後,股関節疾患に対して股関節周囲筋力に焦点を当てるのみならず,膝関節伸展筋力の評価も重点的に行っていくことが必要であると思われた.