著者
福田 紗恵子 高本 考一 浦川 将 石黒 幸治 中田 健史 堀 悦郎 小野 武年 西条 寿夫
出版者
東海北陸理学療法学術大会
雑誌
東海北陸理学療法学術大会誌 第27回東海北陸理学療法学術大会
巻号頁・発行日
pp.67, 2011 (Released:2011-12-22)

【目的】有痛性の筋硬結部は、トリガーポイント(TP)と呼ばれ、慢性痛を呈する筋・筋膜性疼痛症候群や、他疾患によって二次的に生じた筋緊張による痛みの原因部位であり、これらTPへの圧迫刺激は、筋骨格系疼痛の鎮痛治療に効果があることが報告されている。一方、前頭葉の前方に位置する前背内側前頭前野は、慢性疼痛患者の自発痛により活動が増大し、痛みや精神的ストレスに対する反応形成および交感神経活動に関与することなどが報告されている。さらに、交感神経活動は、慢性痛の増悪に関与している。本研究では、TP圧迫刺激による鎮痛の神経機構を明らかにするため、慢性頸部痛を有する被験者の頸部TPに徒手圧迫刺激を加え、前背内側前頭前野および自律神経機能に及ぼす影響を解析した。【方法】慢性頸部痛を訴える成人女性19名(24.1±0.6歳)を対象とし、1) TP圧迫群、および2) 近傍の 非トリガーポイント(Non-TP)圧迫群の2群にランダムに割り付けた。圧迫刺激は、被験者を安静仰臥位にし、圧センサーを装着した実験者の母指および示指を用いて圧迫刺激を加えた。圧迫刺激の強度は、あらかじめ圧痛閾値と最大圧痛刺激強度を測定し、各被験者の平均値を用いた。課題プロトコルは、圧迫前休息30秒、圧迫刺激30秒およびそれに続く休息90秒を1サイクルとし、合計4サイクル行った。これら課題中に、近赤外分光法により前部前頭前野の酸素化ヘモグロビン(Oxy-Hb)濃度変化を測定した。自律神経活動は、心電図RR間隔の周波数データから、低周波成分(LF)および高周波成分(HF)を算出し、LF/HF比を交感神経活動、HFを副交感神経活動の指標とした。痛み評価は、測定前後で視覚的アナログスケールを用いて主観的痛みスコアを記録した。なお、本研究は富山大学の倫理委員会に承認を得ており、被験者に対して研究の内容と施行法を説明し同意を得た後、実験を遂行した。【結果】TP圧迫群では、Non-TP圧迫群と比較して主観的痛みスコアが有意に改善した。Non-TP圧迫群では、1) 前背内側前頭前野領域Oxy-Hb濃度が上昇、2) 副交感神経活動の指標となるHFが低下し、交感神経活動の指標となるLF/HF比が上昇した。これに対し、TP圧迫群では、1) 前背内側前頭前野領域Oxy-Hb濃度が低下、2) HFが上昇し、LF/HF比が低下した。さらに、圧迫による前部前頭前野領域Oxy-Hb濃度変化とLF/HF比との間に有意な正相関が認められ、Oxy-Hb濃度が減少した被験者ほど交感神経活動は低下した。また、圧迫による主観的痛みスコアの変化とLF/HF比との間には有意な正相関が認められ、痛みが軽減した被験者ほど交感神経活動は低下した。【考察】本研究では、TP圧迫により前背内側前頭前野領域のOxy-Hb濃度が低下した。また、Oxy-Hb濃度が低下した被験者ほど、交感神経活動も低下した。先行研究において、Oxy-Hb濃度低下は、その領域のニューロン活動の抑制を示唆することから、TP圧迫は前背内側前頭前野領域の神経活動を抑制したことが示唆される。また、前背内側頭前野領域は脳幹の下位自律神経中枢に出力し、交感神経系を調節していることが示唆されている。これらのことから、TP圧迫が同領域の活動を抑制し、それに伴い交感神経活動も抑制されたことが示唆される。さらに、本研究では交感神経活動が低下した被験者ほど疼痛が軽減した。交感神経は骨格筋を直接的に神経支配しており、過度の交感神経活動は筋緊張を高めることにより慢性痛を増悪させることが示唆されている。これらのことから、TP圧迫時に前背内側前頭前野の活動が抑制されることにより、交感神経活動が抑制され、疼痛軽減をもたらすことが示唆される。一方、前背内側前頭前野領域は慢性痛の認知的側面にも関与していることが示唆されている。以上から、TP圧迫は、前背内側前頭前野の活動を抑制し、この脳活動の抑制は、慢性痛の増悪に関与する交感神経活動を抑制するとともに、痛み認知を抑制すると考えられる。【まとめ】TP圧迫刺激により主観的痛みスコアの改善、前背内側前頭前野領域のOxy-Hb濃度低下、および交感神経活動指標であるLF/HF比の低下を認めた。さらに、主観的痛みスコアの改善と自律神経機能、ならびに自律神経機能と前背内側前頭前野領域の活動は相関していた。これらのことから、TP圧迫刺激は、前背内側前頭前野領域の活動を抑制し、同領域を介して慢性痛の増悪因子である交感神経活動が抑制され、同時に痛み認知過程を抑制することにより、鎮痛効果を有することが示唆される。
著者
浦川 将 高本 考一 酒井 重数 堀 悦郎 松田 輝 田口 徹 水村 和枝 小野 武年 西条 寿夫
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100197-48100197, 2013

【はじめに、目的】激しい運動後、酷使した筋肉をアイシングにより冷却したり、逆に加温することにより筋機能の回復を図ることは、スポーツの現場で日常的に行われている。これら寒冷・温熱療法は、運動後の筋肉の痛みに対する理学療法として、野球を始めサッカー、水泳、ラグビーなど幅広いスポーツの現場や臨床で適用されている。しかし、その寒冷・温熱療法の効果や作用機序に関しては、十分な検討が行われていない。そこで我々は、寒冷・温熱療法が及ぼす効果とその機序解明を目的に、ラット腓腹筋の伸張性収縮による遅発性筋肉痛モデル用い、寒冷および温熱刺激が遅発性筋肉痛に与える影響を検討した。【方法】6 週齢のSD雄ラットを十分に馴化させ、痛み評価テストを事前に行った。痛みの行動学的評価は、von FreyテストとRandall-Selitto法を用いて、覚醒下のラット腓腹筋上の皮膚へ圧痛刺激を加え、逃避行動を起こす閾値を計測した。ついで、ペントバルビタール麻酔下にて腓腹筋へ電気刺激を加え、筋収縮を誘発するとともに他動的に筋を伸張させる運動(伸張性収縮運動)を500 サイクル繰返した。その後、ラットを運動終了直後から20 分間寒冷刺激を行う群(寒冷群)、温熱刺激を行う群(温熱群)、および刺激を加えない群(対照群)の3 群に分けた(合計N = 37)。寒冷・温熱刺激ともにゲル状パックを用い、それぞれ摂氏10 度および42 度に調整したものを、腓腹筋上の皮膚の上に静置した。これら伸張性収縮運動時とその後20 分間の腓腹筋表面温度(剃毛した皮膚上から)の変化をサーモグラフィにより測定した。伸張性収縮運動翌日から圧痛閾値の推移を計測した。【倫理的配慮】「国立大学法人富山大学動物実験取扱規則」の規定に基づき、厳格・適正な審査を受け承認を得た後、研究を行った。【結果】500 回の伸張性収縮運動により、腓腹筋表面温度が平均約3 度有意に上昇した。伸張性収縮運動に対する介入後、対照群では筋表面温度の変化が見られないのに対し、寒冷群では有意な温度低下を、温熱群では有意な温度上昇が認められた。対照群では、皮膚表層の圧痛閾値を反映するvon Freyテストにおいて伸張性収縮運動前後で閾値に変化が認められなかったが、深層の筋に及ぶ圧痛閾値を評価するRandall-Selitto法では、運動の2 日後から4 日後にかけて有意に閾値が低下し、遅発性筋痛の発現が確認された。寒冷刺激群では、Randall-Selitto法において4 日後のみ圧痛閾値が低下し、対照群との間に有意差は認められなかった。一方、温熱刺激群では、von FreyテストとRandall-Selitto法の双方において、運動前後で圧痛閾値に変化は認められず、運動3 日後(<i>P</i> = 0.083)および4 日後(<i>P</i> < 0.005)において対照群より閾値が上昇した。【考察】本研究では、伸張性収縮運動後に現れる遅発性筋痛に対する寒冷および温熱療法の効果を検討した。その結果、寒冷療法は対照群と比較して遅発性筋痛を抑制しなかった。今回の結果と同様に、組織学的(Takagi, R., et al, J Appl Physiol, 110, 2011)および筋出力(Ohnishi, N., et al, J Therm Biol, 29, 2004)の観点から、運動後の寒冷療法・アイシングの効果に関しては否定的な報告がある。これらのことから、運動後の筋肉冷却は今後検討を要すると考えられる。一方、温熱刺激では遅発性筋痛が抑制された。本研究の結果より伸張性収縮運動中には腓腹筋表面の温度が上昇していることから、収縮筋における代謝亢進と血流増加が示唆される。温熱療法は、加温することによりこの生理学的反応を促進し、筋の障害に対して保護的に作用することが示唆され、遅発性筋肉痛を抑制したと考えられる。今後、筋の代謝と血流変化の観点から検討を加えていく予定である。【理学療法学研究としての意義】骨格筋の痛みに対する寒冷療法、温熱療法の効果に関する知見と、今後の科学的機序解明への可能性を示した。