著者
鹿野 豊 藤原 正澄
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.78, no.10, pp.593-598, 2023-10-05 (Released:2023-10-05)
参考文献数
47

計算・通信・暗号といった現代の情報社会の礎として情報理論がある.一方,情報社会を担うハードウェアは物理法則に従うデバイスによって構成されているため,物理法則によって制限された情報理論が必要である.中でも,量子力学の法則によって制限された情報理論は量子情報科学と呼ばれ,量子エレクトロニクス技術と融合しながら40~50年かけて発展してきた.デジタル社会の情報処理の最小単位を「ビット」と呼ぶが,同様に量子情報処理の最小単位を「量子ビット」と呼ぶ.一般に,量子ビットは外界環境に対して脆弱であり容易にその状態を変化させてしまう.この性質は量子ビットの品質向上にとっては負の側面であるが,見方を変えれば,環境因子を精密に測定できる能力を保持していることを意味している.そのため,このような物理系の応用は量子センサーと呼ばれている.量子センサーは単一原子レベルでの量子状態操作が可能であることから,従来のセンサーより高感度でかつ高い空間分解能であると期待されている.これらの情報技術や計測技術をまとめて,量子情報技術または量子技術と呼ぶようになった.そして近年,量子計算機の実装を中心に量子情報技術の研究開発が盛んに続けられている.量子情報技術の中でも,室温動作が可能な物理系として注目されているダイヤモンド中の窒素・格子欠陥(NV中心)にある電子スピンは,光検出磁気共鳴法を用いることで,量子状態を可視光で読みだすことができる.また,その量子状態はマイクロ波を印加することで容易に制御できる.ダイヤモンドNV中心の基底状態は電子3重項状態であり,超微細構造を持つ.この超微細構造が磁場,圧力,温度に対して変化するため,ダイヤモンドNV中心は室温で動作する量子センサーとして開発が進められ,理想的な環境において従来技術のセンサーより感度が向上しているということが示されてきた.一方で,生体試料などの実際に調べたい環境において,ダイヤモンド量子生体センサーがどのような性能を示し,これまでに得ることができなかった知見をもたらすことができるかは分かっていなかった.そこで,人工的に作製された蛍光ナノダイヤモンドを量子センサーとして生体試料に微小ガラス管を用いて投入し,生体試料内部の温度を局所的に計測した.具体的には,「生物学研究の未来」として称されることもある線虫(C. elegans)というモデル生物を生体試料として,薬剤投下時の発熱現象を計測した.まだ,薬剤投下時の発熱は分子科学的なメカニズムが解明されていない生理現象ではあるが,局所的な量子生体センサーを用いることで発熱現象自体が線虫内で起こることの証拠を得た.量子生体センサーの研究開発は,純粋なる物理学の基礎研究として捉えるのが非常に難しくなる一方で,他分野への応用を推進していく上で,他分野の未知なる現象を解明するために使われなければならない段階にある.そして,誰かが近い将来『量子情報技術の常識』という教科書を執筆した時, 量子情報技術分野の存在価値の大半が,その分野が他分野に対して果たす役割の大きさに依存することを忘れてはならない. と書き記されているであろう.
著者
鹿野 豊
出版者
物性研究刊行会
雑誌
物性研究 (ISSN:07272997)
巻号頁・発行日
vol.97, no.2, pp.206-215, 2011-11-05

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著者
鹿野 豊
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
大学の物理教育 (ISSN:1340993X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.75-78, 2022-07-15 (Released:2022-08-15)
参考文献数
25

1.はじめに教えるとは 希望を語ること学ぶとは 誠実を胸にきざむことという言葉は,フランスの詩人ルイ・アラゴン「ストラスブール大学の歌」1)の一節である.私は
著者
鹿野 豊
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

時間とエネルギーに対する量子測定モデルとして決定的なモデルを確立することが出来た。それは、トイモデルである離散時間量子ウォークの中でという限定つきではあるが、これらの考え方を模倣することにより、より理解が深まっていくと考えられる。実際に示したことは、離散時間量子ウォークからデコヒーレンスと時間的に変化する量子コインを用いて、連続時間量子ウォークおよび離散時間および連続時間ランダムウォークとの対応を調べた。その際、スケーリングの規則の対応関係を示した。また、昨年度精力的に研究を進めてきた弱値に関する研究については、量子力学との整合性が確認され、これから一層の量子情報科学および量子基礎論での理論の展開が行える段階となった。今年度は量子プロセストモグラフィーに焦点をあて、弱測定の見方を捉え直すことにより、対応関係が明確化することが出来た。そして、実際に、そのような実験を行う際の手順までを与え、用いた近似における妥当性や今後の問題点について列挙してある。更に、タイムパラドックスと呼ばれるモデルの中でも弱値の有用性は証明されている。これらは場の量子論を用いた計算規則との対応関係をポストセレクション型タイムトラベルモデルで示したことで、場の量子論における弱値の役割や時空との関係を述べることができる段階になった。そして、この度、新しく研究をスタートさせたのが、情報科学的視点から見た熱力学の研究である。これは、当初ブリリアンによって提唱されていたアイディアを現代の視点から捉え直し、正当化したともいえる研究である。この物理を情報科学的に、すなわち、操作的観点から捉え直すという一連の仕事は今後、重要視されていくとともに、化学や生物といった別の自然科学への波及効果も十二分に大きいと考えている。