- 著者
-
齋藤 雅史
- 出版者
- 電気通信大学
- 巻号頁・発行日
- 2023-03-24
現在,将棋AIはプロ棋士をはるかに凌駕するレベルにある.それに伴って,近年ではプロ棋士が将棋AIを用いた将棋研究を行うことが普通になってきた.こうした背景から,将棋AIが近年のプロ棋士の棋譜に大きな影響を与えていると言われているが,実際にどのような影響が生じているのかについて,定量的分析を行った研究はまだ少ない.そこで,本研究では将棋AIを用いて近年のプロ棋士の棋譜に現れる変化を定量的に分析した.具体的には,将棋AIが示す手との一致率と一手指すごとにAIから見てどの程度評価値を下げているかを示す平均損失を指標に棋譜の分析を行った.その結果,1985年度以降の順位戦の棋譜においては,人間を超える将棋AIの出現に関わらず,年代が進むごとにAIとの一致率については向上が見られた.詳細に調べると,プロ棋士が将棋AIを将棋研究に利用し始めたと思われる2017年前後から序盤の局面において顕著に一致率も平均損失も大きくなっていることが判明し,将棋AIがプロ棋士の棋譜に影響を与えている可能性が示唆された.また,棋力に関係する指標である中盤の拮抗した局面における平均損失については,将棋AIの出現に関わらず変化していないことも明らかになった.また,プロ棋士全体の順位戦の棋譜とレーティング上位のプロ棋士の全試合の棋譜を用いた定量的分析から,棋力が高ければ高いほど,一致率も平均損失も高くなることが示された.藤井聡太氏の中盤の拮抗した局面における平均損失は、トッププレイヤーの中でも突出した値を示すことがわかり,本指標が強さを表す指標として優れていることが再確認された.