著者
岸本 千佳司 Chikashi Kishimoto
雑誌
AGI Working Papers Series
巻号頁・発行日
vol.2015-08, pp.1-39, 2015-03

本研究の目的は,台湾半導体産業における垂直分業体制,とりわけファウンドリ・ビジネス(ウェハプロセスの受託製造業)の発展について,その歴史的経緯,成功要因を業界トップ企業のTSMCの事例を念頭に置き分析することである。その結果,ファウンドリの台頭は決して簡単に実現されたわけではなく,その時々に指摘された「限界」や「困難」をビジネスモデル上のイノベーションによって乗り越えてきたことが示される。ファウンドリ・ビジネスの発展史は少なくとも3段階に分けられる。①「ファウンドリ・ビジネスの初期モデル(1987年~1990年代半ば)」-専業ファウンドリの基本的な利点を活かした比較的単純なサービスの提供が特徴。当初,既存大手メーカーからのおこぼれ的仕事が主で,誕生間もないファブレス業の成長を刺激した。②「ファウンドリ・ビジネスの成長:技術・生産能力の発展(1990年代後半頃から)」-顧客ファブレスの成長(その背景にあるPC・周辺機器等の応用製品市場の成長)と連動。また,プロセス技術を体化した新式製造装置の導入で技術的キャッチアップが容易となった。工場拡充による規模の経済実現も進められた。③「ファウンドリ・ビジネスの成熟:ソリューション・ビジネスへ(2000年代以降)」-ファウンドリ・ビジネスは,専業の基本的利点,先端プロセス開発推進,大規模生産能力構築に加え,顧客への設計支援サービスを核とするソリューション提供に着手した。その内容は年々豊富になり,半導体バリューチェーン上の他の専門企業および主要顧客とのパートナーシップの構築・深化が進んだ。現在までに,専業の利点を徹底的に追求し,同時に顧客ファブレスやアライアンス・パートナーを含む他の専業企業の成長を促し,相互に支えあい,各分野でのイノベーションを刺激し,全体として半導体設計・製造のエコシステムを繁栄させる上で,ファウンドリは,IDM中心の産業システムよりも有効であったことが認められる。加えて,近年ファウンドリ業界でも企業間の格差が目立ってきている。本研究では,それをファウンドリ・ビジネスにおける成長の「正の循環」が形成された結果として捉え,この具体的状況をTSMCと台湾ファウンドリ2番手UMCとの業績比較を通して検討する。2000年代初頭まで概ね互角と看做されていた両社は,その後,収益性で差が開いていった。設備投資額や研究開発支出でも差が出ており,これが先端プロセス開発と量産立ち上げの遅速に影響を与えている。生産能力拡充と設備稼働率でもTSMCがUMCを上回っている。これがまた収益性の違いに繋がり,次第に格差が拡大していったのである。
著者
岸本 千佳司 Chikashi Kishimoto
雑誌
AGI Working Paper Series
巻号頁・発行日
vol.2015-13, pp.1-65, 2015-07

本研究の課題は、台湾ファウンドリ企業(主に TSMC、一部 UMC を念頭に置く) の技術能力、具体的には、1柔軟・高効率の生産システムの構築、および2プロセス(関 連)技術の開発について、筆者自身の面談記録や『公司年報』のような原資料を活用し、 その詳細に踏み込むことである。既存研究では、1990 年代以降、台湾ファウンドリ(特に TSMC)が先発企業との技術 ギャップを急速に埋めていったのは、半導体製造装置の大モジュール化・標準化が進ん だことを背景に、こうした歩留まりが高く加工時間が短い最先端装置を積極的に導入し たことによるところが多く、しかも、その資金的負担は台湾の投資優遇制度によりかな りの程度軽減されたということが指摘されている。本研究は、それを重要な要因と認めつつも、その後の台湾ファウンドリ(特に TSMC) の持続的発展については、技術能力構築の独自の取組みがあったことを明らかにする。 即ち、プラットフォーム戦略による多品種少量生産への対応、工場の自動化・ICT 管理 の活用、その前提の装置・ツール等の標準化推進、日常的な改善、経験・ノウハウの全 社的共有の仕組み、研究開発と量産部門の連携による迅速なプロセス量産立ち上げなど である。また、プロセス関連技術でも、先端ロジックの 1~3 年ごとの世代交代実現、 システム LSI 向けのロジック以外の特殊プロセス拡充、近年の後工程・実装分野への進 出と先端トランジスタ研究の実施などがある。しかもこれらの取組みが、専業ファウン ドリというビジネスモデルの要請に沿って、技術的潮流の変化を踏まえつつ高度化する 顧客ニーズを満たすために、全体最適化を考慮して進められてきたことを明らかにする。なお、技術能力の分析に際しては、藤本隆宏教授の「能力構築競争」の枠組みを参考 にしそれを簡略化した形で、「表層の優位性」(生産性・品質・コスト管理や技術開発力、 オペレーション能力のレベルの高さを反映すると思われる表面に表れた事象)と「優位 性の土台」(表層の優位性の背後でそれを支える活動や仕組み、それに影響する事業戦 略やビジネスモデル)の 2 層から整理した。
著者
岸本 千佳司 Chikashi Kishimoto
雑誌
AGI Working Paper Series
巻号頁・発行日
vol.2018-03, pp.1-52, 2018-05

本稿は、米国シリコンバレーのベンチャー企業やビジネスモデルおよびそれを支える各種アクターを、相互に関連し支え合う「エコシステム」として理解し、その体系的解説の提示を課題とする。そこで、ベンチャーエコシステムを「起業家とベンチャー企業」と「支援アクター」という大きく二つのセグメントの間の循環で構成されるものと想定する。「支援アクター」は、「大学と研究機関」「経営支援専門家(法律家、会計士、アクセラレータ等)」、「資金提供者(ベンチャーキャピタル等)」、「大企業」で構成されると考える。彼らは「起業家とベンチャー企業」に対し、各々の立場から各種支援やリソースの提供を行う。逆に、ベンチャー企業が成功した際は、それを支えてきたアクターに、色々な形での見返りを与える(キャピタルゲインの獲得、事業・技術の補完、人材獲得等)。この循環が回り続けることでエコシステム全体が存続していくのである。 本稿では、両セグメント、およびその中の各アクターの動向を、従来の状況に加え、近年(概ね2000年代以降)の新たな展開について可能な限り解説した。その内容を簡単に紹介すると以下のようになる。先ず、「起業家とベンチャー企業」セグメントについては、活発な起業文化と濃密な技術コミュニティの存在が、起業家の輩出、および起業家・経験者の蓄積を支えてきた。加えて、近年では、起業サポートインフラの整備が進み、かつシリコンバレー流のビジネス手法が確立した結果、起業が一層容易となり、特に若者の間で起業の「ポップカルチャー」化が進んだ。合わせて、ユニコーン企業が輩出している。「支援アクター」の「大学と研究機関」では、スタンフォード大学等からの豊富な人材と技術シーズの供給、産業界との連携に加え、近年は、起業家育成プログラムの充実がみられ、学生や教授らによる起業が強く奨励されている。 「経営支援専門家」については、従来からある、ベンチャー経営に精通した経営実務専門家(法律家、会計士等)からのサービスに加え、近年は、コワーキングスペースやアクセラレータのような起業家支援施設・育成プログラムが登場し、事業成長の加速と起業家コミュニティ形成の促進がなされている。「資金提供者」の分野では、従来、当地の半導体・エレクトロニクス産業の技術的・起業家的発展とシンクロする形でベンチャーキャピタル(VC)業界が発展してきた。近年は、新世代Web起業家登場に合わせるように、VC業界の再編(従来型VCの停滞と「スーパー・エンジェル」の発展)がみられた。同時にクラウドファンディングが生み出され、資金調達ルートが一層多様化した。「大企業」の存在もエコシステムにとって不可欠である。かつては、スピンオフ等を通じた起業家・経営人材の供給が主な役割であったが、近年は逆にM&Aによりベンチャー企業を活発に取り込んでいる(出口戦略としてのM&Aの重要性上昇)。また、コーポレート・ベンチャーキャピタルもブームとなり、M&Aやオープンイノベーションを支えている。 以上のように、エコシステムの各分野で新陳代謝や新たな仕組みが生み出され、層が厚くなり、全体として支援/リソース/見返りの流れが血液のごとく循環して、システムの生命を維持しているのである。
著者
岸本 千佳司 Chikashi Kishimoto
雑誌
AGI Working Paper Series
巻号頁・発行日
vol.2014-05, pp.1-62, 2014-03

本研究の目的は,半導体産業における分業化・専業化およびオープン化・標準化へというビジネストレンドの中で,台湾企業が如何に台頭したかを,日本企業の凋落と対比させながら解明することである。結論を簡単に言えば,「設計と製造の分業」および設計における「モジュール型手法」の普及のトレンドに,台湾企業は,後発組であり(当初は)技術力が限られていたために,かえってスムーズに適応できたと考えられる。無論単なる僥倖ではなく,こうしたトレンドの兆しを見極め,ファブレス(設計専門企業)とファウンドリ(ウェハプロセス受託製造企業)の垂直分業という新たなビジネスモデルの推進役を戦略的に担ったのであり,1つのイノベーションである。自身の弱みを自覚し,オープンネットワーク活用と関連アクターとの連携でそれを補い,これが産業の技術的潮流とマッチして,徐々に先発組の先進国企業に追いつき追い越していったのである。他方,日本企業は,分業化とオープン化という大きな趨勢の中で,かつての成功体験に執着したためか,垂直統合と総花主義,自前主義とカスタム化体質から抜け出せなかった。またコストを含めた全体最適化を軽視し,ひたすら高性能・高品質を追い求める盲目的な「匠の呪縛」に捕われ,ズルズルと衰退していったと言える。このことを示すために,本研究では,先ず,世界の半導体産業の発展経緯,および基本的な技術潮流とビジネスモデルの変容について解説する。それを踏まえ,台湾半導体産業の垂直分業体制(とりわけファブレス-ファウンドリ分業モデル)の実際の構造と運営について詳述する。即ち,分業モデルの一方の主役であるファウンダリ(うち代表的企業であるTSMC)に注目し,プラットフォーム・ビジネス(顧客IC設計企業等へ設計支援を含めた包括的サービスを提供するプラットフォームを構築し,分業であるにもかかわらず緊密なパートナーシップと効率的な調整を実現する仕組み)とそれを支える技術的・組織的背景について検討する。次に,分業のもう一方の主役であるIC設計企業(ファブレス)の競争戦略についても注目する。台湾企業がモジュール型設計手法に順応し,標準品志向,ソリューション・ビジネス,選択と集中,海外・中国拠点の活用といった特徴を有していることを明らかにする。さらに,随所に日本半導体企業との比較を織り込み,上述のような技術潮流と産業構造の変化に,何故台湾は順応でき,何故先発組であった日本企業がかえって不適応であったのか,具体的に探っていく。
著者
岸本 千佳司 Chikashi KISHIMOTO
雑誌
AGI Working Paper Series = AGI Working Paper Series
巻号頁・発行日
vol.2019-03, pp.1-61, 2019-02

本研究は、台湾の「台達電子(Delta Electronics)」(以下、「台達」と略記)の事例研究である。台達は 1971 年に社員 15 人の町工場として創設され、その後ほぼ一貫して成長し、2017 年時点で、全世界で従業員数約 8 万 7,000 人、売上高約 73 億 4,500 万米ドルの大企業グループとなっている。主要製品は電源供給器をはじめとする各種電機・電子部品で、近年ではそれをシステムとして提供し、省エネ・低炭素化に資する電気エネルギーマネジメントのソリューション・ビジネスを展開している。 持続的な成長性の背景には、創業者の鄭崇華(Bruce C.H. Cheng)氏の経営哲学を反映した堅実な経営姿勢がある。本研究では、①ものづくり企業としての堅実性(主力製品・事業の変遷・拡充、海外展開、研究開発体制)、およびそれを支える②企業経営での堅実性(企業グループの組織運営、人材経営、環境経営)の 2 側面に分けて分析する。 分析の結果、①については、創業当初からの研究開発と品質管理の重視、それに基づく顧客への迅速な対応と手厚いサービス、そして早くから欧米顧客の開拓へと進んだ国際性の強さが見出された。これを土台に、1970 年代以降、様々な応用製品市場(家電、ICT、グリーンエネルギー、産業自動化、グリーン建築、EV 等)が次々と勃興してきたことを背景に、着実に製品の拡充・多角化を進めてきたのである。堅実さの表れとして、既存製品とのシナジーを活かしつつ、高付加価値・高利潤の市場を常に開拓し、しかも製品の性能向上にも継続的に取り組んできたことが指摘される。 ②については、グローバルに展開した企業グループ統合の仕組み、人を大切にし社員の学習と創意工夫を奨励する人材経営、および積極的な環境経営へのコミットメントが明らかとされる。とりわけ環境経営は、台達にとって、単なる時流に合わせた付随的な取り組みではなく、同社の経営理念である「環境保護 省エネ 地球愛護」(「環保 節能 愛地球」)を実現するための不可欠の一環として行われていることが示される。 最後に、近年本格化した大規模な経営改革についても分析する。これには、中国等の新興競合企業の追い上げを背景に、これまでの環境エネルギービジネスに加え、次世代産業(インダストリー4.0/ビッグデータ/5G/EV 等)勃興に伴うビジネスチャンスをつかみとろうとする狙いがあることを示す。新事業展開として、とりわけ、スマート製造ソリューションが今後の成長分野として期待されている。
著者
岸本 千佳司 Chikashi Kishimoto
雑誌
AGI Working Paper Series
巻号頁・発行日
vol.2014, pp.1-43, 2014-02

本研究の目的は,台湾におけるベンチャー支援制度の現状を分析し,その特色と課題を明らかにすることである。台湾は,歴史的・文化的に日本と関係が深く,政治・社会経済制度において日本と類似性が高いにもかかわらず,起業活動の活発さにおいて日本とは判然とした違いがある。例えば,ベンチャーキャピタル投資額のGDP比率やGlobalEntrepreneurshipMonitor(GEM)の「総合起業活動指数」(TEA)のような指標で見る限り,台湾は先進国型経済の中で上位に位置するのに対して,日本は最も保守的なクラスに属している。本研究では,起業活動の活発さを左右する制度的要因として,ベンチャー企業の育成・支援に関わる政策や関連アクターの活動,即ち起業支援の「エコシステム」に注目する。具体的には,行政院経済部中小企業處による起業家支援の諸施策,その舞台として重要な役割を果たしている台湾全土に100ヵ所以上あるインキュベータ,加えて高度に発展したベンチャーキャピタルの活動を検討していく。分析の結果,台湾の旺盛な起業を支える制度・取り組みの重要な特徴として,①政府による継続的コミットメントと関連アクターの連携促進,②「育む構造」の形成,③国際性の高さ,の3点が挙げられる。こうした支援制度の発展にもかかわらず,幾つかの課題も指摘される。即ち,多くのインキュベータで政府補助への依存が依然高く今後の自立化・特色化推進が課題となっていること,ベンチャーキャピタルに関しては,成長初期ステージ企業への投資の手薄さと本格的な国際展開へのハードルの高さといった問題があり,今後,民間ベンチャーキャピタルの大型化と専門化による資金力およびハンズオン支援機能の強化が課題として言及されている。
著者
岸本 千佳司 Chikashi Kishimoto
雑誌
AGI Working Paper Series = AGI Working Paper Series
巻号頁・発行日
vol.2015, pp.1-36, 2015-01

台湾は国際的に見てもベンチャーキャピタル(VC)業の活発な国とみなされている。実際,1990 年代後半,台湾の VC 業界は,成長期にあった半導体・IT 等ハイテク産業へ遊休資金を集中投下してそれを助け,そのことで VC 業界自身も急成長を遂げた。しかし,2000年代以降は,投資金額・案件数および VC ファンドの新設数も以前のような右肩上がりではなくなった。近年は,投資金額・案件数の激減,資金調達の困難さ,海外資金の流入の少なさ,初期ステージ企業への投資比率の低さといった諸問題が表面化している。こうした 1 国(あるいは 1 地域)の VC 業の発展を左右する要因,とりわけ政府の役割について探究することが本研究の課題である。分析の結果,台湾の VC 業の発展は,当初は政府主導であったが,政府介入は民間 VC 業の発展を促す間接的な方法が中心であったことが判明した。またVC 業の発展は,半導体・IT 等ハイテク産業振興策とセットになったもので,当然,投資対象となる産業の盛衰と密接にリンクしている。近年の VC 業停滞も,成長性の高い新産業が十分勃興していないこと,および最近人気の文化創意産業やインターネット関連ビジネス等は比較的小規模・短期的な投資で賄える業種で,従来型 VC よりも敏速で小回りの利くエンジェルやシードアクセラレーターが必要とされていることが背景にある。