19 1 1 0 OA 多聞院日記

著者
英俊 [等著]
出版者
三教書院
巻号頁・発行日
vol.第2巻(巻12-巻23), 1939

言及状況

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たしかにWikipediaでは、そのように書かれていますね。 出典元はガスパル・ヴィレラの「耶蘇会士日本通信」だそうです。 残念ながら、この本については未見なので何とも言えません。 「信長公記」や「本朝通鑑」、同時代資料の「多聞院日記」にも竹内季治のことは出ていませんでした。 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1207457/11 ...

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少太くんの命日は、11月3日の記事の "少太三七日 ラカン供 沙汰之"、11月末日の記事 "少太七々日明日也" から計算。8,9,10月あたりの記事は大部分が欠落。 https://t.co/TN3ohRw90s
https://t.co/TN1UbFCvMa 『多聞院日記』天正二年(1574年)の10月25日に"敷フスマ新調了、古物少太郎ニキセ引破了、思出シ落涙了"。27日に"敷衾仕立了"とあってたぶんこれは敷き布団。少太郎くん7月2日に… https://t.co/cPN9e52zhG
信長公記には焼死したとしか書いてないし、多聞院日記には切腹して焼けてしまったと書いてあるなあ。 http://t.co/XTvKT3IDjB
日本酒造りで一番恐れられていたのは「火落ち」と呼ばれる腐造現象で、これを防ぐために「火入れ」と呼ばれる加熱殺菌が行われていました。「多聞院日記」http://t.co/4VqPHKL42tには火入れが行われていた記述が見られます。パスツールが低温殺菌法を考案する300年前の話です

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編集者: ぎゅうひ
2015-08-18 22:22:31 の編集で削除されたか、リンク先が変更された可能性があります。

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