- 著者
-
佐々木 香織
- 出版者
- 北海道大学大学院文学研究科
- 雑誌
- 研究論集 = Research Journal of Graduate Students of Letters (ISSN:13470132)
- 巻号頁・発行日
- vol.13, pp.251-270, 2013-12-20
一般的に,言語変化は「誤用」「ことばの乱れ」として問題視され,正すべ
きものであるとみなされることが多い。本研究は,規範から逸脱した語形を
単なる「乱れ」ではなく,日本語において現在進行中の言語変化の一端であ
ると位置づけ,その現状や出現の理由を考察することで現代日本語の姿を明
らかにしようとするものである。
本稿ではそのような現在進行中の言語変化として,後部要素として動詞連
用形を持つ転成名詞が,再び動詞化する例を取り上げて論じる。名詞をその
ままの形式で動詞化することを許さない日本語では,従来,名詞に軽動詞「す
る」を付けるか,「-r」語幹を付けることで動詞化していた。しかし,「ひた走
り(に走る)」という名詞から形成された「ひた走る」という動詞が現在定着
していることを代表に,様々な名詞転成動詞が存在することを本稿では主張
する。ここでは,そのような名詞転成動詞の実例を国会会議録や新聞記事,
ウェブサイトから収集し,前部要素と後部要素の関係性に基づいて分類した。
その上で,名詞転成動詞は前部要素が様態を表す語であり,後部要素に対し
て修飾的にはたらくことを強く求めるということを示す。
名詞転成動詞が作りだされる話者の心的要因について本稿は,より負担の
少ない簡素な語形を好むという「経済性の原理」と,よりインパクトがあり
新規性のある面白い語形にしたいという「創造性の原理」の二つを紹介する。
どちらも話者の,日本語に対する内的規則が存在しなければ成立しないもの
であり,単なる学習不足による間違いではなく,一種の言語変化であると主
張する。