言及状況

Twitter (84 users, 182 posts, 155 favorites)

続き)近藤長次郎は坂本龍馬とこの時点では同格であり、薩長融和に果たした役割を看過すべきではない」として、近藤長次郎を高く評価している。拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として―」は、以下からダウンロードできます。https://t.co/A65OnLMHFg
京都民報で中村武生さん連載中の「龍馬、新発見」で、拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として」(神田外語大学日本研究所紀要、2017年3月)を続けて大きく取り上げていただいている。多謝!https://t.co/qtxOT4vv0S
続き)残念ながら、部数もなく、また販売するものでもないため、以下からダウンロードをお願いしました。年度内に拙著内で言及できるかと存じます。その際は、どうかよろしくお願いいたします。https://t.co/A65OnLMHFg
【史実】先ほど紹介した、坂本龍馬の新説に関する記事に出てきた、町田明広氏(神田外語大学准教授)の論文「慶応期政局における薩摩藩の動向 : 薩長同盟を中心として」は、KUIS学術リポジトリでpdf(72p)が公開されています。興味深… https://t.co/2mP1tbcxbZ
拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として」(神田外語大学日本研究所紀要、2017年3月予定)。幕末期の黒田清隆を、ここまで扱った論文を知らない。https://t.co/qtxOT4vv0S
佐々木克『幕末政治と薩摩藩』を久々に拝読。薩長同盟に関しては、だいぶ私の見解と異なっている。拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として」(神田外語大学日本研究所紀要、2017年3月)を参照下さい。https://t.co/qtxOT4vv0S
今からちょうど152年前、慶応2年2月3日、「萩藩士木戸貫治「孝允・後準一郎」、鹿児島藩士黒田了介「清隆」を伴ひ、山口に帰る」。拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として」(神田外語大学日本研究所紀要9号、2017… https://t.co/RIV5stqtPN
拙稿「第一次長州征伐における薩摩藩―西郷吉之助の動向を中心に―」(『日本研究所紀要』8号、2016年)では、亀山社中と龍馬の関係、龍馬の長州藩への武器斡旋仲介の真実にも迫ります。 https://t.co/pTir7GrDnX
拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として―」(『神田外語大学日本研究所紀要』9号、2017年) https://t.co/pTir7GrDnX
@zasetsushirazu このあたり、拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として―」(『神田外語大学日本研究所紀要』9号、2017年)で詳述しています。https://t.co/A65OnLMHFg
続き)近藤長次郎は坂本龍馬とこの時点では同格であり、薩長融和に果たした役割を看過すべきではない」として、近藤長次郎を高く評価している。拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として―」は、以下からダウンロードできます。https://t.co/A65OnLMHFg
拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として―」(『神田外語大学日本研究所紀要』9号、2017年)が既にダウンロード可能となっていました(^^)https://t.co/A65OnLMHFg メチャ大部で恐縮ですが、どうかよろしくお願いいたします。

収集済み URL リスト