著者
岩本 通弥
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.141, pp.265-321, 2008-03-31

本稿は日本近代の産育儀礼の通史的展開として、その一大転機と位置付けられるであろう民力涵養運動期における「国民儀礼」の創出について、民俗学的観点から分析する。第一次大戦の戦後経営ともいえる民力涵養運動は、日露戦後の地方改良運動の延長と見做されたためか、近代史でも地方改良運動や後続の郷土教育運動・翼賛文化運動に比べ、研究蓄積はさほど厚くないが、民俗学的にみると、その史料には矯正すべき弊習として従前の暮らしぶりも描写されるなど、実に興味深い記述が多い。この運動は形式上、内務省の示した「五大要綱」に応じた、各県・各郡・各町村の自己変革であるため、その対応は地方毎であるが、列島周縁部では、例えば岩手県では敬神崇祖の強調で伊勢大麻を奉祭する「神棚」設置が推進され、鹿児島県では大島郡に対し、「神社ナキ地方ハ我カ皇国ノ不基ヲ定メ賜ヒタル…先賢偉人ノ神霊ヲ奉祀スヘキ神社ヲ建立スルコト」と命じるなど、一九四〇年代の神祇院体制への土台として地域的平準化が図られており、従前の竈神や納戸神・便所神などへの素朴で個別的な民間信仰は、天照の下に統合され、家内安全も豊作・安産祈願も「天照のお蔭」と思わせるような換骨奪胎過程が見てとれる。そのほか各地の記事を通覧すると、門松や注連縄、初詣や七五三、神前結婚式の普及を推奨したり、礼服規定で喪服を黒に統一するなど、今日日本で「伝統」と見做される「国民儀礼」の多くは、この期の運動によって成立するが、それまで地方毎に多様だった民俗文化を平準化し、「文化的ならし」を図る一方、自治奉告祭や出征兵士の送迎、三大節など、地域共同体に何かしらの出来事があれば、「氏神」に参集させ、新たな形式の「集団参拝」を強要するなど、私的で人的であった習俗を、公的で外部からも見える可視的な社会的儀礼へと変換させた。それは地域内階層差や初生児優遇の儀礼を平等化する一方、忠君愛国へ向けた儀礼の全国的画一化の端緒ともなった。

言及状況

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江戸期の記録から明治10年の間の文献。 もし岩本通弥先生の云う通り明治政府の掛け声だったら、どこかに文献あるはずなんだけど、 明治初年の政令とかにないんだろうか? #七五三 。 https://t.co/vh0p7btwWS https://t.co/oUw8qPNmcZ
矛盾してる 岩本通弥「七五三をどう定義するかに関わってくるが、その中心的要素を神社に詣でることに置くならば、」 https://t.co/vh0p7btwWS 室井, 康成,「1751 年(寛延4) 『増補江戸惣鹿子名所大全』に「髪置袴着帯解の祝。面々産土神の社へ……」 https://t.co/PLpHFrAzCb https://t.co/nCZQctYCqg
「ように、民俗学には学問としての「立証責任」が存することを、改めて明記しておきたい。」 https://t.co/vh0p7btwWS
「ヘルマン・バウジンガーがズ上古の〉行事の連続という通俗民俗学の見解も共時的な役割を果たす」とはしながらも、科学としての「民俗研究の上には、隙間をあきらかにする立証責任がずしりとのしかかる-貧弱な原資料だけでは、連続性はけっして成り立たない」と論じた」 https://t.co/vh0p7btwWS
「さらには太古にまで遡ることも可能であろうが、そうしたロマン主義的な本質主義解釈に基づいた通俗民俗学は、ドイツではバウジンガーによってとうの昔に論理的に一掃されている(141)」 「(141)141) ヘルマン・バウジンガー「現代民俗学の輪郭」『愛知大学一般教育論集』」 https://t.co/vh0p7btwWS
岩本通弥「七五三の起源を、紐直しや帯解きなど、個別の習俗に遡及的に求めていく資料操作は、科学としての民俗学では既に否定されている。紐直しや帯解きといった別個の習俗の中から、類似要素を探し出し、その類似要素を飛び石的に結びつけていけば、古代の宮中儀礼まで、」 https://t.co/vh0p7btwWS
民俗学者全員?彼等は滝沢馬琴の俳諧歳時記(1803) https://t.co/8YCbCDfwkS や女諸礼集や小笠原流の大諸礼集をどう考えてるんだろう?」岩本通弥「七五三の起源を、紐直しや帯解きなど、個別の習俗に遡及的に求めていく資料操作は、科学としての民俗学では既に否定されている。 https://t.co/vh0p7btwWS https://t.co/k8xtO4yA2d
七五三の全国展開について、何か良い論文ないかなあ、と思って探してたら、べらぼうに面白い論文が。民俗学の論文だけど歴史学的でもあり。/ 岩本通弥 「可視化される習俗 : 民力涵養運動期における「国民儀礼」の創出」国立歴史民俗博物館研究報告 141(2008-03) p. 265 - 321 https://t.co/bzauXq7fSS

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