著者
オルショヤ カーロイ Orsolya Károlyi
出版者
京都
雑誌
同志社女子大学大学院文学研究科紀要 = Papers in Language, Literature, and Culture : Graduate School of Literary Studies, Doshisha Women's College of Liberal Arts (ISSN:18849296)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.49-59, 2017-03-31

百人一首の初英訳は1865 年に、F. V. Dickins 氏によって作られた。Dickins 自身がその後、2 回も翻訳を試み、その他も数多くの英訳が作られ、その数はこれまで20訳以上に上っている。それらの英訳のほとんどに歌のローマ字翻字も記されており、17 番の在原業平の歌の翻字を調べてみたところ、歌の枕詞「ちはやぶる」が濁音で表記される翻字もあれば、清音で表記されるものもあった。日本においての享受史を調べてみたところ、以前「ちはやぶる」を清音で表記する時期もあった。例えば、明治・大正時代のものだと思われるかるたの札を見てみると、ほとんどが清音表記になっている。そこで本稿においては、「ちはやぶる」のローマ字翻字と、英語圏、また日本における享受について検討し、この枕詞を濁音ではなく、清音で表記するべきだと結論付けた。
著者
吉野 政治 YOSHINO Masaharu
出版者
京都
雑誌
同志社女子大学大学院文学研究科紀要 = Papers in Language, Literature, and Culture of the Graduate School of Doshisha Women's College of Liberal Arts (ISSN:18849296)
巻号頁・発行日
no.17, pp.1-17, 2017-03

仏典では死の状態を「木石のごとし」と言い、漢籍では「人、木石にあらず」と言う。仏典や漢籍では木石は非情のものの譬喩である。しかし、古来日本では木も石も人間と同じく情を持つ存在であるとする考え方がある。したがって、我が国に取り入れられた「木石、心を持たず」「人、木石にあらず」という句は、仏典や漢籍において持つ生そのものを否定したり、非情のものとして拒絶したりするような深刻さを持たず、修辞として利用される傾向にある。
出版者
京都
雑誌
同志社女子大学大学院文学研究科紀要 = Papers in Language, Literature, and Culture : Graduate School of Literary Studies, Doshisha Women's College of Liberal Arts (ISSN:18849296)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.29-41, 2012-03-30

Sherwood Anderson (1876-1941) は Winesburg, Ohio (1919) において、25のエピソードを通して孤独に苦しむ人々を描いた。架空の町ワインズバーグに暮らす人々は、それぞれが孤独の苦しみにあがいている。その中でも、典型的な孤独の様相をみせるのが、"Adventure" の Alice Hindman である。彼女は恋人が去った後、ワインズバーグで10年以上彼を待ち続け、ある日、自らの状況に耐えきれなくなり、何も身につけずに雨の中を走り出すという冒険を経験する女性だ。Alice はこの冒険にいたるまでの間に、彼女なりに孤独から逃れようと工夫を凝らしている。その1つが "inanimate objects"「生命のないもの・無生物」に愛着を抱くようになることだ。彼女は他人に触られるのも許せないほど家具などの無生物に執着する。今回は、この Alice の "inanimate objects" に対する愛着に注目する。本論では、Alice がかつての恋人や自らを生命のないもの、すなわち、無生物のようにとらえている様子がないかをみることで、彼女にとっての無生物がどういった意味を持つのかを検証した。Alice は無生物を変化しないもの、いわば、恒久的なものとしてとらえることで、孤独の苦しみから逃れようとしている。"inanimate objects" に注目することで、孤独の中でもがき続けるしかなくなる Alice の無力さや弱さが明らかになるだろう。
出版者
京都
雑誌
同志社女子大学大学院文学研究科紀要 = Papers in Language, Literature, and Culture : Graduate School of Literary Studies, Doshisha Women's College of Liberal Arts (ISSN:18849296)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.1-11, 2012-03-30

1947年以降の国会会議録のデータを用いた通時的分析を行い、何らかの意味で程度的と言いうる名詞全般について「高い、大きい、多い、強い、深い、濃い、重い、大(ダ)、濃厚(ダ)」の各形容詞と共起頻度の推移を調査し、どのような組み合わせの共起頻度が上昇したか/下降したかを分析した。その結果、特に、「高い」との共起頻度が上昇した語、「多い」との共起頻度が下降した語が顕著に多いことが分かった。
出版者
京都
雑誌
同志社女子大学大学院文学研究科紀要 = Papers in Language, Literature, and Culture : Graduate School of Literary Studies, Doshisha Women's College of Liberal Arts (ISSN:18849296)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.1-22, 2013-03-29

ドラブルは、2006年までに17作の長編小説を出版しているが、それぞれに趣向をこらし、実験的な試みを行ってきた。第16 作目のThe Red Queen: A Transcultural Tragicomedy(2004)でも、副題に「文化を横断する、ジャンルを横断する」という趣旨の副題を付けることで、実験的な意図を明らかにしている。 ドラブルは、この副題が小説中で普遍性を提示するために必要だったと語っている。しかしながら、時代を超えて生きる女性とか、普遍的な人間性を有する女性という前提は、文化相対主義のポストモダンの時代には支持されない考え方であろう。そこで、この2つのもの(普遍性と相対性)の共存の可能性を探ったのがドラブルの意図であったと考えられる。本稿では、時代、国、文化を横断するという試みを通して、連続性と不確実性の混在という結論に至る経緯を分析した。以下に小説の構成とあらすじを記しておく。 小説のPart 1 Ancient Timesでは18世紀の朝鮮王朝のプリンセスの宮廷内の回想、Part 2の1つ目のModern Timesではイギリス人女性で生命倫理学の研究者Barbara Halliwell(以下、Babsと略す)の韓国ソウルでの学会の出来事、Part 2の2つ目のPostmodern Timesではイギリス帰国後のBabsの生活の変化、という具合に、小説は時間的・空間的な区分を設けた3 部構成となっている。本稿では小説の引用箇所で便宜的にPostmodern TimesをPart 3と明記した。 Babs は1 年間のオックスフォード大学での研究休暇を終えようとしている時に、送り主不明の書籍の贈り物を受け取る。それは200年前の朝鮮王朝の王の息子(思悼世子 (サドセジャ))の正室、恵慶宮 (ヘギョングン) によって書かれた『回想録』(英語訳)であった。Babsがこの本を夢中になって読むのは、韓国のソウルで開催される学会へと向かう機中である。朝鮮王朝時代のプリンセスは墓場から出現した幽霊となって、時代や国を往き来できる存在である。Babsもこの『回想録』を読むことで、知的、精神的に2つの時代と2 つの文化を横断する。要するに、この作品は、200 年の時代の隔たりの中で、古い物語と21 世紀の現代が交差するという設定の上で抽出できる「女の物語と歴史」の真価を披瀝する試みを行っていると言える。
著者
稲垣 信子
出版者
京都
雑誌
同志社女子大学大学院文学研究科紀要 = Papers in Language, Literature, and Culture of the Graduate School of Doshisha Women's College of Liberal Arts (ISSN:18849296)
巻号頁・発行日
no.13, pp.37-51, 2013-03

昭和四十八年に発掘され「誈阿佐ム加ム移母」といった句が含まれる木簡は、近江大津宮時代のものとされているが、訓点の起源、句の形の訓点形式、「誈」の字体、「動詞終止形+ヤモ」の形からその可能性は低いと考えられる。また、yaの用字に用いられた「移」は、出土周辺遺跡の特徴から渡来系集団に用いられていたものであることを推定する。
著者
稲垣 信子 INAGAKI Nobuko
出版者
京都
雑誌
同志社女子大学大学院文学研究科紀要 = Papers in Language, Literature, and Culture of the Graduate School of Doshisha Women's College of Liberal Arts (ISSN:18849296)
巻号頁・発行日
no.13, pp.37-51, 2013-03

昭和四十八年に発掘され「誈阿佐ム加ム移母」といった句が含まれる木簡は、近江大津宮時代のものとされているが、訓点の起源、句の形の訓点形式、「誈」の字体、「動詞終止形+ヤモ」の形からその可能性は低いと考えられる。また、yaの用字に用いられた「移」は、出土周辺遺跡の特徴から渡来系集団に用いられていたものであることを推定する。