著者
斎藤 寛子 松本 時子
出版者
山形県立米沢女子短期大学
雑誌
山形県立米沢女子短期大学紀要 (ISSN:02880725)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.83-90, 2008-01

本研究では、ボン・デ・ケージョに使われるタピオカスターチの代替として、薄力粉、中力粉、強力粉、上新粉、白玉粉、片栗粉、コーンスターチを用い、調整を試み、その形状及び嗜好性について検討を行なつた。結果は以下の通りである。(1)外観は、白玉粉・片栗粉のパンの表面に亀裂が生じ、断面の気泡が多かった。(2)膨化率には、大きな差がみられ、白玉粉と片栗粉のパンは大きく膨らんだ。コーンスターチのパンは生地が形状を維持しないために高さがなく幅が広くなった。(3)水分含有量は、中力粉のパンが一番多く、白玉粉・コーンスターチのパンが少なかった。(4)白玉粉のパンはタピオカスターチのパンに外観は似ているが、抵抗応力については有意な差が見られた。(5)官能検査の結果、総合評価において、白玉粉と強力粉のパンが好まれたが、片栗粉と薄力粉のパンは好まれなかった。以上の結果より、白玉粉が最も適し、上新粉と片栗粉は不適当と思われる。
著者
亀ヶ谷 雅彦
出版者
山形県立米沢女子短期大学
雑誌
山形県立米沢女子短期大学紀要 (ISSN:02880725)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.71-86, 2001-12-28

本論文では、まず選挙予測が選挙結果に与える影響、すなわち「アナウンスメント効果」に関して内外の先行研究を概観し、その研究動向の経緯をまとめた。ついでこれらの研究の中で、アナウンスメント効果の捉え方に関して、(1) 直接・間接効果の区別、(2) 投票動員への影響か、投票選好への影響かの区別、(3) 影響方向の違い、という3つの要素が考慮されていることを見い出した。最後に、これらの要素を内包した新しいアナウンスメント効果の概念類型として、4つの投票意図変化 (生起・補強・棄権・変更) と3つの選挙情勢内容 (優勢・接戦・劣勢) を組み合わせた12の領域からなる下位概念の分析枠組みを提示した。
著者
石田 哲夫 イシダ テツオ Ishida Tetsuo
出版者
山形県立米沢女子短期大学
雑誌
山形県立米沢女子短期大学紀要 (ISSN:02880725)
巻号頁・発行日
no.44, pp.59-68, 2008-12

近年、わが国ではナチュラルチーズの消費量の増加により、ヨーロッパを中心に、世界各国から個性ある多種類のチーズが輸入されているが、とくにナチュラルチーズを好むチーズ通をターゲットにした、希少価値の高い珍しいチーズも入手できるようになってきている。それらのチーズの中には、歴史が古いものの生産量が少なく、幻のチーズといわれるものも少なからず存在する')。しかし、その成分的特徴および微生物学的性質については、必ずしも明らかにされているとはいえない。本報告は、わが国で市販されている、希少価値の高いフランス産およびイタリア産の牛乳製チーズについて、化学組成を明らかにし、さらにそれらの微生物学的知見を加えながら、比較検討した結果である。
著者
三上 喜孝
出版者
山形県立米沢女子短期大学
雑誌
山形県立米沢女子短期大学紀要 (ISSN:02880725)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.A21-A33, 2001-12-28

米沢市の古志田東遺跡出土の労働力徴発に関わる二点の木簡を検討し、平安時代 (九世紀末から一〇世紀初頭) の地方社会における農業労働力編成のあり方を考察する。「田人」と記され、男女の労働力を徴発した二号木簡は、従来の史料を手がかりにすると田植労働に関わるものと考えられ、田楽の儀礼をともなった田植労働が広く行われていた実態がうかがえる。これに対して男性の労働力のみを徴発した三号木簡は、灌漑施設や土木作業に関わるものと考えられる。こうした二種の労働力徴発の形態は後の大名田堵の農業経営につながる要素をもつ一方、田植労働に関しては古代以来の「魚酒」提供による雇傭労働の形態がとられていたと考えられる。古志田東遺跡からは古代から中世にいたる過渡期的な様相を見てとることができるのである。
著者
山本 淳
出版者
山形県立米沢女子短期大学
雑誌
山形県立米沢女子短期大学紀要 (ISSN:02880725)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.167-184, 2002-12-27

庄内地方「郷土本」の一つ、『筬の千言』に登場する人物の言葉に注目し、そこには上方語と庄内方言とが語法上対立的に描かれている事実を示した。また、そのうち上方語を話す人物の会話部には、ごく一部庄内方言が混入しており、こうした事例から、異郷にあっていわゆるお国言葉を用いての対話が許されること、またそのような状況下にあっては当該社会の言葉の混入を避けきれないこと、の二つの可能性を指摘した。また、このような異なる言葉を用いる人物を登場させる手法は、中央の酒落本における文芸的趣向としてすでに存しており、その延長上にあって、作品に幅を持たせると同時に、方言の資料的価値も付与することを説いた。