著者
清水 慶子 伊藤 麻里子 託見 健 渡辺 元 林 基治 田谷 一善
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第23回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.104, 2007 (Released:2009-05-30)

一般に、動物の分布域が赤道から遠ざかるほど、季節繁殖性がより明確に現れてくることが知られている。このことは霊長類においてもよく当てはまる。マカカ属のサルのうち、赤道域に生息するカニクイザルやブタオザルは周年繁殖動物であり、特定の繁殖期がなく、年間を通して月経が観察され、繁殖する。それより北の中国からインドに生息するアカゲザルは、季節繁殖の傾向が強い。さらに高緯度の日本に生息するニホンザルでは、明瞭な繁殖期の季節性がみられ、短日発情型の繁殖をおこなう。このニホンザルの季節繁殖性は屋内飼育条件でも明確に維持されるが、アカゲザルを屋内で飼育すると、周年繁殖傾向が強くなるとの報告もある。しかし、季節性繁殖リズムの発現機構については未だ不明な点が多い。また、オスにおける繁殖の季節性についての報告は少ない。私たちは、マカカ属サルのうち、実験動物として広く用いられているニホンザル、アカゲザル、カニクイザルの3種のオスを用い、夏と冬に血液を採取、血中生殖関連ホルモン動態を調べ、比較を行った。その結果、ニホンザルとアカゲザルでは、Follicle stimulating hormone (FSH) 、Luteinizing hormone (LH)および Testosterone (T) では繁殖期に高く、非繁殖期に低い季節差が見られた。一方、カニクイザルではこれらのホルモン値は、繁殖期に高く、非繁殖期に低い傾向が見られたものの有意な差は認められなかった。また、脂肪細胞から分泌されるレプチンは、3種ともに、繁殖期に高く、非繁殖期に低い傾向が見られたものの有意な差は認められなかった。体重変動も3種ともに、有意な季節性変化は観察されなかった。これら生殖関連ホルモン動態から、オスニホンザル、アカゲザルでは、メスと同様に繁殖期に季節性が見られること、カニクイザルでは繁殖期に明瞭な季節性が見られないことが示唆された。
著者
榎本 知郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第23回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.61, 2007 (Released:2009-05-30)

性行動 sexual behavior は、行動生態学に基づく仮説の検証に分析されることが多い。しかし、しばしば生殖行動と混同され、繁殖成功に結びつくとの解釈が見られる。これは、霊長類の「性」を精査せずに一般化し生殖に結びつけたバイアスであるように思われる。霊長類における性行動の研究をヒトの性にまつわる行動の解釈に結びつけるためには、定義を見直す必用があるだろう。そこでわたしは以下のような定義を提言したい。 (1) 生殖行動 Reproductive behavior:生殖のための行動で、受精をもたらす。多くのサルで、排卵しないときにも性行動が観察されるので、生殖行動は性行動に内包される。 (2) 性行動 Sexual behavior: 性行動とは、陰茎を腟に挿入する交尾行動 coitus or copulation を指す。誘い行動 solicitation など交尾の前後に見られるやりとりも分析の対象になる。 (3) 恋愛行動 love behavior: オトナの異性間で「抱擁」「キス」「愛撫」などの親和的接触行動の少なくともひとつが見られる一連のやりとり。性行動とは別のカテゴリーで、互いに他を包含する関係にない。 (4) 結婚 marriage: 社会的に規定されるオス・メス関係で、行動学的な分析になじまない。
著者
松村 秋芳 藤野 健
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第23回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.120, 2007 (Released:2009-05-30)

二足行動をする哺乳類に関する情報は、直立二足歩行の進化を理解するためのヒントを与えてくれる。このような観点から、レッサーパンダ(Ailurus fulgens)の日常行動を観察した。成獣雌雄各1個体(千葉市動物公園)について、日常行動を観察するとともに自発的に行なう二足起立行動(6試行)、二足起立食餌行動(4試行)、木登り行動 (2試行)、懸垂行動(2試行)のビデオ画像の分析を行った。 レッサーパンダが二足で立ち上がる過程では、上体を起こしながら股関節と膝関節を伸展させる。十分な二足立位姿勢をとったときの股関節角度は146°、膝関節角度は148°と比較的大きかった。懸垂行動時には、両下肢は下垂しつつバランスをとる。二足行動および懸垂行動をとる頻度は、いずれも雄個体が高かった。観察の結果から、自発的な二足起立行動は、懸垂行動時における下肢の筋神経のコントロールと密接に関連している可能性が示唆された。さらに、この動物が自発的に二足歩行しないのは、類人猿に見られるような左右の腕を交替させて前進するブラキエーションを行なえないことと関連しているものと推測された。レッサーパンダは、枝を片手で把握できる手の構造を遺伝的に持たないため、類人猿型のブラキエーションは発達し得ず、鉤爪に依存した木登りや懸垂行動を発達させた。ヒトの祖先の類人猿では、ブラキエーションに伴って、下肢を左右交替で運ぶ神経コントロールへの適応が行なわれ、地上に降りた後のストライド歩行の発達に関与したと考えられる。二足起立行動を行なう動機として、頭部の感覚器の位置を高くすることで視覚、嗅覚、聴覚による外部環境情報を得やすくすること、他者へのアピール、オペラント条件づけの関与等が考えられる。その背景には、樹上行動によって獲得された二足起立にかかわる神経、筋機能の存在が想定される。生育環境によって、動機に関与する外部環境情報や身体機能のうちの何らかの条件が欠けると、二足起立行動が誘発されにくくなるであろう。これが二足起立行動の頻度に個体差を生じさせる要因となる可能性がある。