著者
横山 拓真 安本 暁 古市 剛史
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第35回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.33, 2019-07-01 (Released:2020-03-21)

野生ボノボの研究をしているフィールドサイトは多く、長期的な研究を継続しているフィールドがあるにも関わらず、ボノボがオトナボノボの死体に遭遇した際に示す行動を記述した報告はこれまでになかった。そもそも熱帯雨林に生息するボノボの死体は腐敗が早く、また死期が近い個体は集団遊動についてこなくなるため、発見・観察が困難になると考えられる。離乳前の子どもが死亡した場合、ボノボが死児運びを行うことは少なくなく、また共食いも報告されている。さらに、傷を負って消失した仲間を探すために、集団遊動をした事例も報告されている。また、ボノボは同種の死体だけでなく、他種の死体に対しても多様な反応を示すことがある。本発表の主な目的は、オトナボノボの死体発見時から2日間にわたる定点観察によって記録した、死体に対する仲間の反応を示すことである。死体発見時は、オトナメスとその子どもが死体を触っており、他の仲間は周囲から死体を眺めていたが、フィールドアシスタントが近づくとボノボたちは逃げてしまった。研究者の適切な指示のもと、死体は発見された場所に埋められた。しかし翌日、死体の仲間たちは計二回、その場所に戻ってきて数時間もの間、死体を探すような行動を見せたり、毛づくろい行動や休息をしたりしていた。死体に対する仲間の反応は、ボノボ以外の霊長類でも報告があり、時に情動的な行動を示すこともある。本発表の事例はボノボだけではなく、ヒトにおける死生観の進化について考察するためのヒントになるだろう。
著者
豊田 有 丸橋 珠樹 Malaivijitnond Suchinda 香田 啓貴
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第35回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.32, 2019-07-01 (Released:2020-03-21)

音声には様々な機能があるが,その一つに発声個体の性的な魅力などの性質を他個体に「正直に」伝達する信号としての機能がある。特に発声個体の体の大きさは,音声の共鳴特性に反映されやすいため,繁殖競合条件下において同性競合者への威圧あるいは潜在的な繁殖相手への宣伝のために音声が用いられることがある。霊長類においても音声が性選択を受けて特殊化・複雑化したと推察される例はホエザルやテングザル,テナガザルなど種々の報告がある。こうした音声の中で,特に交尾の前後の文脈で生じる「交尾音声(CopulationCall)」として記載される音声は,社会構造のなかで機能する性戦略の一つとして重要である。本発表では,ベニガオザルのオスが射精時に発する交尾音声を分析した結果から,この音声の機能や進化的背景を他種との比較を通じで議論する。タイ王国に生息する野生のベニガオザル5群を対象とした18か月の調査によって得られた383例の交尾の映像データを分析に用いた。交尾オスの個体名と社会的順位および交尾音声の有無を分析した結果,交尾オスの順位が高いほど交尾音声の発声頻度は高く,低順位オスでは低かった。一方で,交尾音声が確認された映像から交尾音声446バウトを抽出し,音響分析をおこなった結果,交尾音声の区切り数,発声継続時間,共鳴周波数の分析から得られた体重推定値はいずれも順位に依存した効果は認められなかった。とりわけ,体サイズを反映する共鳴周波数と順位との関連性が認められないことから,音声情報を介したメスからの選択が難しいことが推察された。これらの結果から,ベニガオザルのオスにおける交尾音声は,高順位オスしか発声しない「順位依存的な」音声であり,繁殖相手であるメスに対する宣伝より,発すること自体が周辺の競合オスに対する権力誇示音声であると示唆される。
著者
辻 大和 プルノモ スゲン T ウィダヤティ カンティ A
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第35回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.36-37, 2019-07-01 (Released:2020-03-21)

コロブス類では、新生児の毛色が成長とともに変化することが知られている。たとえばアジア産のTrachypithecus属の場合、新生児の毛色は生後まもなくは鮮やかなオレンジ色だが、数カ月以内に親と同じ黒色に変わる。コロブス類の体色変化の適応的な意義については、同じ群れの他個体から保護を引き出すための信号であるという説や、捕食者の目をくらますのに役立つという説が出されているが、結論は出ていない。これまでの研究は新生児の体色と行動の関係を横断的に評価したものがほとんどであり、捕食者や他個体の反応が体色変化に伴って変化するのか、継続的に調べた研究は乏しかった。そこで本研究は、インドネシア・ジャワ島パガンダラン自然保護区のジャワルトン (T. auratus) の新生児(2群:N = 6)を対象に、2018年1月から3月に野外調査を実施した。各対象個体について、瞬間サンプリング法で1) 対象個体の行動、3) 周囲1m以内の近接個体数、3) 新生児に対する他個体の行動の3点を記録した。また、各観察日に対象個体の経路を撮影し、10段階にスコア付けした(0: 黄色→ 10: 黒色)。成長とともに各個体の体色スコアは増加した。体色スコア増加とともに母親に抱かれる割合が低下し、逆に移動・採食・遊びの割合が増加した。新生児に近づく個体数は、体色スコア増加とともに少なくなった。また、他個体からのグルーミング、接近、接触行動は体色スコア増加とともに低下した。以上の結果は、新生児の体色変化は同じ群れの他個体のケアを誘引する信号という仮説を支持するものである。ジャワルトンのオレンジ色の体色は、生後約3か月間維持される。この期間は捕食者からの攻撃や子殺しにより死亡リスクが高いと考えられ、この期間に他個体からサポートを受けることは、彼らの早期死亡率を下げることに役立つと考えられた。