著者
内田 雅己
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.175-177, 1998-12-28

第1章序論 北半球高緯度地方には,世界最大の森林帯(北方林)がある。北方林は,低温により分解速度が遅いために,土壌中に大量の有機炭素を蓄積しており,地球規模の炭素循環に重要な役割を果たしている。近年,地球の温暖化により,現在は炭素の吸収源であると考えられている北方林が,炭素の発生源になる可能性が懸念されている。しかし,北方林の土壌圏の炭素動態において,微生物のはたらきを量的に把握した研究は少なく,野外における分解の温度依存性に関する研究についても,ほとんどなされていないのが現状である。本論文では,北方林の土壌炭素のフローと,それに対する微生物の寄与を定量化し,温暖化による気候変動が,土壌有機物の分解におよぼす影響を明らかにすることを目的とした。第2章北方林における土壌微生物群集をめぐる炭素の動態 北方林における土壌炭素のフローと,それに対する微生物の寄与を定量化するため,カナダ,サスカチュワン州,キャンドルレイク(105°30'W, 53°50'N)付近のクロトウヒPicea mariana林内に調査区を設定し,有機物層から鉱質土壌層表面下50cmまでの各土壌層位毎の有機炭素量,微生物バイオマス炭素,土壌呼吸量,および根のバイオマスと呼吸量を調査した。コケ層から鉱質土壌層表面下50cmの深さまでの有機炭素量は,1平方メートルあたり7.2kgで,そのうちの47%が有機物層中に存在していた。土壌呼吸速度から植物根の呼吸速度を差し引いて微生物の呼吸速度を求めた。根の呼吸速度は,重量あたりの呼吸速度と根のバイオマスから求めた。その結果,全土壌呼吸速度にしめる微生物の呼吸速度の割合は46%になった。微生物の呼吸のうち,有機物層中の呼吸が約60%をしめた。L層,FH層,およびA層の微生物バイオマス炭素あたりの呼吸活性は,それぞれ1.35,0.44,および0.94mg CO_2-C g^<-1> microbia1 C h^<-1>であった。FH層は他の層にくらべて呼吸活性が低く,FH層の微生物の活性自体が低いと考えられた。採取した土壌中の微生物の呼吸速度の温度依存性からQ_<10>を求めたところ,2.4であった。この値と無雪期間(6月&acd;10月)の土壌温度(地表面下15cm)の変化から,L層&acd;A層までに存在する微生物の年間総呼吸量を推定したところ,221g C m^<-2>となった。Nakane et al. (1997)は,本調査地付近のクロトウヒ林の年間のリターフォール量が91&acd;128g C m^<-2>であると報告している。本調査地のL層の微生物の呼吸量(85g C m^<-2> yr^<-1>はリターの投入量に対してかなり大きい値となった。しかし,L層下部には菌根菌と思われる菌糸体が密に繁殖していたことから,外生菌根菌に由来する呼吸が,微生物の総呼吸量にかなり含まれている可能性も示唆された。第3章リター分解と温度環境 一般的に,リターの分解に対する温度の影響は,室内実験で調べられることが多い。しかし,自然環境における温度変化は,長期にわたって徐々に生じるため,実際の現象は短期間の室内実験では予測できないことが多い。そこで,北半球の高緯度地方を中心に,きわめて広範囲に分布している蘚類のイワダレゴケHylocomium splendensを用いて,実際にリターの消失率を推定し,温度環境との関係について調査した。イワダレゴケは,規則的な成長様式をもち,成長解析とリターの蓄積から年間のリターの生産量と消失率を容易に推定できる。サンプルは,上記調査地を含むサスカチユワン州のクロトウヒ林3地点,および富士山亜高山帯針葉樹林内の標高の異なる4地点(1,700&acd;2,400m)で採取した。富士山の調査地では,標高が高くなるほどリターの蓄積量は多くなり,消失率は低下する傾向が認められた。この際,各地点の年平均気温とリター消失率の対数との間には有意な直線関係が認められた。富士山の調査地の年平均気温とリター消失率との関係から求めたQ_<10>は8.7と大きな値となった。無雪期間の積算気温とリター消失率,およびリターの質との間に,統計的に有意な高い相関が認められた。野外におけるリター消失率は,わずかな温度の違いでも著しく変化することが推察され,そのことには,無雪期間の気温とリターの化学組成が影響している可能性が示唆された。第4章温度環境の変化と土壌微生物 第3章では,イワダレゴケのリターの消失率を広域に比較した結果,リターの消失率は温度に対して敏感に反応することが推察された。これは,長期的な温度環境の変化にともなう分解速度の変化が,実験室での短期間の微生物分解活性の温度依存性だけでは説明できないことを示唆している。本章では,野外における基質分解の温度依存性の実態を解明することを目的として,同質の分解基質(ろ紙とブナのチップ)を富士山の標高の異なる5地点(1,500&acd;2,400m)に埋設し,現地における消失率を詳細に検討した。
著者
児島 清秀
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.193-195, 1993-12-31

果実は収穫後も成熟過程を継続し,貯蔵物質の加水分解や硬さ・色素・香りなどの変化が起こり,これらの現象を総称して追熟とよんでいる。果実追熟中の軟化は,果実の収穫後の保存期間を決める要因であるため,果樹園芸上重要な意義があり,メカニズムの解明が期待されている。さらに,果実の硬さは,果実の品質の重要な因子でもあるので古くから様々の方法で測定されてきたが,多くの測定法の原理は,一定の深さにプランジャーを押し込むのに要する力で測定する方法であり,物理的モデルに基づく客観的で統一された方法ではない。一方,硬さを粘弾性として解析するレオロジー的測定法として応力緩和法があり,1970年に山本らによって植物に適用された。この測定法は,植物の組織の力学的構造のモデルである粘弾性モデルに基づいた計算式でシュミレーションしてパラメーターを得る。従って,得られたパラメーターは,押し込み法のような単なる硬さの示標ではなく,植物組織の力学的構造の変化を示唆する。しかし,この応力緩和法は植物の繊維組織の両端をクランプではさんで引っ張って測定するため,柔らかい果実を測定するのは困難であった。また,硬さに関係すると考えられる果実の成分の追熟中の化学的変化としては,細胞壁成分のペクチン多糖類が分解して低分子化することがトマト,メロン,イチゴ等多くの果実で報告されており,他の細胞壁成分のヘミセルロースとセルロースに関しても少しは報告されており,これら細胞壁成分の分解が果実軟化の主な原因であると考えられてきた。しかし,果実の貯蔵物質としてデンプンを多く含むような果実のバナナでは,追熟開始後数日でデンプンがほぼ完全に糖化し,ほぼ時期を同じくして果実が軟化するので,デンプンも果実軟化に関係すると示唆されてきた。しかし,デンプンが多いバナナ果肉の細胞壁の分析は困難で信頼できる報告はない。本研究では,この軟化について物理的測定と同時に化学的測定を行い,デンプンを多く含むような果実の追熟中の軟化のしくみを解明した。一番目に応力緩和法を利用して果実の硬さの測定法を開発した。ここでは,すでに追熟中の軟化に関係する成分や酵素の変動が詳しく調べられ,硬さの測定だけで化学的変化との関連が調べられるトマトを材料にした。二番目に追熟中のバナナ果実の硬さの測定と同時にデンプンと細胞壁成分の変化を分析し,バナナ果実追熟中の軟化のしくみを検討し,下記のような研究成果が得られた。植物の細胞壁の物理的性質を測定するために使用されていた応力緩和法を初めて果実軟化の測定に応用し,簡便な硬度測定法を開発した。装置は,培養細胞に力を与えるために開発されたひずみ計(Vitrodyne Liveco社製)に,プローブとしてみがいた釘(直径2.1mm)を7mmの長さに切断し,センサーに接続しているアームに固定した。材料としてトマトを用い,果実の熟度の進行に伴う,極めて狭い範囲の組織の軟化を定量的に表した。方法は厚さ7-8mmの切片を水平なステージにのせ,プローブを一定速度で降下させた。ひずみ計の応力が約5gに達したときを0秒として,降下を止めて組織の応力の減少(緩和)を5秒間隔で60秒まで計測した。得られた応力緩和のデータを山本らの応力緩和の式にパーソナルコンピューターを使用し最小二乗法でシュミレートして3個の応力緩和パラメター,最小緩和時間(T0)・緩和速度(R)・最大緩和時間(Tm)を得た。なおこの方法で得られたパラメーター変化は従来知られていたトマト果実のポリガラクツロナーゼ活性の変化と一致し,物理的測定法と生化学的変化が一致することを見出した。このことは本測定法が軟化度の測定に有効であることを示している。さらに,このひずみ計を使用した果実軟化測定法を改良した。応力緩和法は,一定の荷重をかけてその後の応力の減少を測定するものであるが,軟化の程度が大きいと変位,すなわちプローブの貫入が大きくなる。応力緩和法では変位が一定である方がより正確なパラメーターが得られる。従ってプローブのつきさす深さを一定に保つことができるレオメーター(山電製)を用い, 円錐型プローブを接続した。追熟中の全ての段階で応力緩和を測定できる最適な条件を検討するため,追熟開始前(緑色)と開始後(黄色)のバナナ[Musa(AAA group, Cavendish subgroup)'Giant Cavendish']を用い,果肉の横断切片上の子室の中央部を測定点とした。プローブをつきさす深さは0.2,0.4,0.6mm,つきさす速度は0.05,0.1,0.5,1.0mm/秒を設定した。これらの設定条件で円錐型プローブをつきさし応力緩和データを得て, 3つの応力緩和パラメーターを計算した。これらのパラメーターはつきさす深さと速度で変化し,緑色のバナナではつきさす速度を増していくとT0,Tmともに低下する傾向が,また速度が0.5mm/秒以上でほぼ安定したパラメーターが得られた。
著者
山中 明
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.169-172, 2001

第1章序論 生物は,地球上の環境に適応するため様々な多様性を進化の過程で獲得してきた。特に,動物界で種・個体数ともに圧倒的な数を占める昆虫の繁栄は,そのずば抜けた適応能力の多様性に他ならない。昆虫は変態や休眠という機構を持つ一方で,個々の形態や色彩をその環境や季節に適合させる機構を持つことにより,種多様性を保っていると考えられる。後者の発現調節機構も神経内分泌系が関与していると考えられているが,実体の明らかになったものは非常に少なく,分子機構などについてはまだ不明な点が多い。本研究では,最初にナミアゲハの環境適応機構(蛹および幼虫体色に関わる内分泌調節機構)および季節適応機構(成虫の季節型に関わる内分泌調節機構)について,続いて,カイコガ(大造)の季節適応機構についての解析を行った。第2章ナミアゲハの蛹表皮褐色化ホルモンの抽出とその部分的な特徴づけ ナミアゲハ非休眠蛹には,緑色および褐色の蛹体色が存在する。このような蛹体色の発現には,環境条件として,匂い,光,湿度のほか,蛹化する場所の性質(粗滑)が関係している。一方,神経内分泌学的研究により,褐色の蛹となるためには,脳で生産され前蛹期の後期に前胸神経節から分泌される褐色化ホルモンが関与していることが示唆されている。今回,ナミアゲハ前蛹個体の結紮腹部を用い,蛹表皮褐色化ホルモン(Pupal-cuticle-melanizing-hormone; PCMH)活性を定量化する生物検定方法の確立,ナミアゲハ緑色蛹の脳-食道下神経節一前胸神経節(Br-SG-PG)連合体からのPCMH抽出方法の検討を行い,更に,PCMHの諸性質を検討した。また,カイコガ成虫のBr-SG連合体からのPCMH活性物質の抽出も試みた。その結果,前蛹個体の結紮腹部を用いる生物検定方法により,PCMH活性を定量化することができた。この生物検定方法を用い,Br-SG(-PG)連合体を破砕し,5種類の粗抽出液画分を調製したところ,PCMHおよびPCMH活性物質は2%NaCl粗抽出液画分に抽出された。更に,諸性質を検討した結果,ゲル濾過クロマトグラフィーによりPCMH活性物質の分子量はおよそ3,000-4,OOODaであり,陽イオン交換体に吸着すること,C18逆相カラム樹脂に吸着し,26-34%アセトニトリル画分に溶出されることが分かった。第3章ナミアゲハの蛹体色に及ぼすホルモン因子の影響 前章より抽出が可能となったナミアゲハPCMHあるいはカイコガPCMH活性物質以外に,ナミアゲハ蛹体色の褐色化に作用する物質が存在するかどうかを調べるため,他の既知の昆虫生理活性物質が関与しているかどうかの検討を行った。実験に使用した昆虫生理活性物質は,幼若ホルモン,エクダイソン,フェロモン生合成活性化ペプチド(PBAN),カイコガ夏型ホルモン活性物質および幼若ホルモン様物質(メソプレン)であった。前章の生物検定方法を用い,蛹表皮褐色化の促進効果の影響を調べた。使用した昆虫生理活性物質は,ナミアゲハ前蛹の結紮腹部を褐色にする作用は認められず,カイコガPCMH活性物質のみが,蛹表皮の褐色化の促進をした。また,褐色蛹条件下のナミアゲハ前蛹腹部(無結紮個体)にこれらの昆虫生理活性物質を投与し,蛹表皮褐色化の阻害効果の影響を調べたところ,これらの昆虫生理活性物質は,蛹表皮褐色化を阻害する効果も認められなかった。以上より,ナミアゲハにおいて蛹表皮の褐色化の引き金となる物質は,PCMHであることが示唆された。第4章ナミアゲハ幼虫体液からのビリベルジン結合蛋白質の精製とその特徴づけ ナミアゲハ非休眠蛹体色には,緑色と褐色があり,また,幼虫期の体色は4齢までは黒色で5齢では緑色となる。これらの体色変化は,生育環境条件への適応であると考えられている。両生育段階における緑色の体色発現には,青色色素(ビリベルジン)が重要な役割を果たしていると考えられる。そこで,この色素を体内にとどめる働きをするビリベルジン結合蛋白質が,蛹期および幼虫期の体色発現においてどのような挙動をしているのかを捉える目的のため,ビリベルジン結合蛋白質(BP)の精製を試みた。5齢幼虫体液から,BPを,飽和硫安分画,ゲルろ過クロマトグラフィー,陽陰イオン交換クロマトグラフィーを用いて精製した。精製されたBPの分子量は,SDS-PAGEで21kDa,ゲルろ過で24kDaと算出され,単量体であった。本精製蛋白質は,吸収スペクトルからビリベルジンIXを結合していることが示唆された。本蛋白質のN末端から19個のアミノ酸配列を決定したところ,オオモンシロチョウ(Pieris brassicae)のビリン結合蛋白質のN末端アミノ酸配列と42%の相同性を示した。これらの結果から,本精製BPは,insecticyanin型蛋白質であることが示唆された。第5章ナミアゲハの夏型ホルモン存在の証拠 ナミアゲハは,幼虫期の光周温度条件により2つの季節型(夏型と春型)が生ずる。夏型は,脳から分泌される体液性因子によって決定されると考えられている。