著者
古川 真由 有村 達之
出版者
九州ルーテル学院大学人文学部心理臨床学科
雑誌
心理・教育・福祉研究 : 紀要論文集 = Japanese journal of psychology, education and culture
巻号頁・発行日
no.20, pp.85-94, 2021-03-31

児童虐待が成人後の痛み体験と関連することが近年報告されている。本研究では大学生を対象に児童虐待の一側面であるネグレクトの体験と痛み体験との関連性について調査を行った。方法:80名の大学生が年齢,性別,痛みの罹病期間,子供時代のネグレクト体験,痛み強度,痛みの感覚的側面,感情的側面,痛みによる生活障害,抑うつ,不安,痛みの破局化についての質問紙調査に参加した。結果:ネグレクト体験は痛み強度,痛みの感覚的側面,感情的側面と有意に相関していた。これらの関連は人口統計学的変数および痛みの破局化をコントロールした後も有意であった。しかし,ネグレクト体験と痛みの生活障害との関連は,人口統計学的変数と痛み強度,痛みの破局化をコントロールした後では有意でなくなった。ネグレクト体験は抑うつおよび不安とは関連していなかった。結論:これらの知見は( 1 )子供時代のネグレクト体験が大学生の痛み体験に影響する可能性,( 2 )ネグレクト体験と痛みによる生活障害の間の関連性を痛み強度が媒介する可能性を示唆している。
著者
森永 茉里 赤井 秀行 坂井 武司
出版者
九州ルーテル学院大学人文学部心理臨床学科
雑誌
心理・教育・福祉研究:紀要論文集
巻号頁・発行日
no.22, pp.63-74, 2023-03-31

今日の小学校教育では,通常の学級における特別な教育的支援の重要性が高まっている。しかし,小学校教員の特別支援学校教諭免許状の取得率は10%程度であり,特別支援教育の専門性を背景とした指導や支援の実現に課題があると考えられる。そこで本研究では,小学校第1学年の学習内容である加法と減法に焦点をあて,通常学級で使用される教科書と知的障害者用教科書の比較を通じ,通常学級での算数科指導における支援への示唆を得ることを目的とする。加法と減法の学習手順に即し,①場面の把握,②立式,③演算の3つの観点からそれぞれの教科書を比較及び分析した結果,①操作によって場面を動的に捉えさせる指導,②学習をスモールステップで進める指導,③演算手順の中の視点の移り変わりに配慮した指導,という3つの指導上の工夫が,通常学級においても学習支援として機能する ことが明らかになった。
著者
石坂 昌子
出版者
九州ルーテル学院大学人文学部心理臨床学科
雑誌
心理・教育・福祉研究 : 紀要論文集 = Japanese journal of psychology, education and culture
巻号頁・発行日
no.20, pp.45-53, 2021-03-31

本研究では,看護職の死の意味づけとバーンアウトの関連について,看護経験年数による比較を通して検討した。看護師153名を対象として質問紙調査を実施し,看護経験年数によって3群に分類し,重回帰分析を行った。その結果,経験年数が最も短い看護職では,死の肯定的な意味づけは,情緒的消耗感とバーンアウト全体を低下させ個人的達成感を高める傾向が示唆された。また,経験年数が最も長い看護職では,死の肯定的な意味づけは個人的達成感を高めてバーンアウト全体を低下させる傾向のみならず,死を忌避する意味づけは情緒的消耗感を高める一方で,死を苦難から解放する手段として捉える意味づけは脱人格化を和らげる傾向が示唆された。以上のことから,看護職の死の有意義さを見出すという肯定的な意味づけは,特に,仕事の成果に伴う達成感を高め,バーンアウトの予防になることが推測される。死別体験を重ねながら看護を続けていくにはある程度,死と心理的な距離をとることのできる柔軟性や,「距離」のアンビバレンスに耐えうる力が求められるだろう。
著者
滝本 多恵 和田 由美子
出版者
九州ルーテル学院大学人文学部心理臨床学科
雑誌
心理・教育・福祉研究:紀要論文集
巻号頁・発行日
no.22, pp.37-51, 2023-03-31

精神科看護師における幸福感とワーク・ライフ・バランス(WLB)の関係について検討するために,精神科看護師81名を対象に無記名のweb 調査を実施した。協調的幸福感の得点には,性別やその他の属性による有意差は見られなかった。協調的幸福感の得点を目的変数,WLBの5つの下位尺度の得点を説明変数とするステップワイズ法による重回帰分析を属性別に実施した結果,性別の分析では,男性では「仕事のやりがい・職場の支援」のみが,女性では「家庭での過ごし方・家庭の支援」「仕事 のやりがい・職場の支援」の両方が正の説明変数として選択された。また,同居の子の有無では,いずれも「家庭での過ごし方・家庭の支援」が正の説明変数として選択され,同居の子なしの者では2つ目の変数として「仕事のやりがい・職場の支援」が,同居の子ありの者では「時間の調整」が選択された。精神科看護師の幸福感にWLBが正の影響を与えていたことから,属性差および属性差の背景を踏まえた適切なWLBの支援策をとることにより,精神科看護師の幸福感が向上する可能性が示唆された。
著者
久崎 孝浩
出版者
九州ルーテル学院大学人文学部心理臨床学科
雑誌
心理・教育・福祉研究 : 紀要論文集 = Japanese journal of psychology, education and welfare
巻号頁・発行日
no.17, pp.33-49, 2018-02-28

本論は,子どもが同一事象に対して“他者の心”が自己とは異なること(心の主観性)をどのように理解していくのかについて理論的探求を試みたものである。近年,子どもの心の理解の主たる発達的要因として養育者の心を想定する傾向(mind-mindedness)が関心を集めているが,まず,mindmindedness研究の問題点を発達メカニズムの観点から幾つか指摘した。次に,養育者との情動的なやりとりに着目し,安定した愛着関係で頻繁に観察される養育者の情動的映し出しに焦点をあてた。続いて,子ども側の心の理解におけるより適応的なメカニズムとしてシミュレーションに着目し,ミラーニューロンを基盤とした“共鳴”と,自己の心的状態に関する経験的知識あるいは二次的表象を基盤とした“想像”という2 つのプロセスがあることを論じた。そして最後に,養育者による情動的映し出しを通じて,子どもは自己の心的状態に関する経験的知識を豊かにすることで自己の心的状態に対する覚知が可能になるとともに,“共鳴”シミュレーションを発達させることで他者の心的状態を的確に理解することが可能になって,心の主観性を理解していく可能性を提言した。