- 著者
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清水 裕子
- 出版者
- 信州大学農学部
- 雑誌
- 信州大学農学部AFC報告 (ISSN:13487892)
- 巻号頁・発行日
- no.4, pp.1-46, 2006-03
わが国は国土の70%が森林に覆われ,その40%が人工林であるが,その多くは昭和35年ごろの拡大造林期によって造林された。しかし,昭和40年代後半からの林業の低迷により,国内村の供給低迷が恒常化し,広大な人工林で間伐時期を超過した放置林分の増加が問題となって現在に至る。一方,1970年代以降,森林の多目的利用に対する関心が高まっている。中でも森林の保健・休養利用であるキャンプやエコツーリズムのようなアウトドア・レクリエーション利用や,自然観察,林間学校のような環境教育など,現代の多様な価値観に伴った多様な需要が増加している。こうした需要に対応できる,魅力的で風致を感じる自然的要素の濃い森林を創出する事は急務であるといえる。 このような森林の風致向上を目的とした施業方法を「風致施業」という。現在,放置人工林を風致の感じられる森林へと改良向上する技術が必要とされている。「風致施業」は明治時代の林学導入と共にわが国に導入された「森林美学」から端を発し,昭和10年前後までには保健休養・風景維持のための施業方法としてその定義が確立し,研究がなされたが,第二次世界大戦によって中断された。戦後復興期の森林は経済復興の基礎資材生産の場として位置付けられたが,1970年代頃からようやく森林の風致的取扱いの研究が社会の要求にこたえる形で再開された。しかし,長い間の研究の中断や社会のニーズの変容で森林を取り扱う際に,「風致施業」は現在,さまざまな意味として捉えられており,その明確な目的の定義と方法論としての技術の体系的な展開は困難を極める。さらに森林は国土の被覆として,林業とレクリエーションなどの多目的利用に二分されるものではなく,両立しなくてはならないことが大きな課題である。 本研究では,この「風致施業」を戦前の風致研究に立ち返り,かつ現代の社会状況に合わせて定義づけをし直し,「風致施業」の継承と技術的な展開の可能性を考察することを目的とした。特に技術的な展開可能性について,林業との両立の課題から経済性の高いヒノキ林を取り上げることとした。 本論文の構成は5章からなる。 第1章では戦前を中心に現代に至るまでの「風致施業」の系譜を考察すると共に,現在問題であり,かつ地方再生の可能性を秘める山麓部の放置人工林,特に放置に関わる問題の深刻なヒノキ人工林に焦点を当て,その具体的な風致施業のあり方を考察した結果,森林風致改良の当面の目標として,強度の間伐による針広混交不斉多段林である択伐林型造成が適すると結論付けた。 第2章では,信州大学構内演習林で実際に行われた,2通りの間伐方法の違いによる,放置ヒノキ人工林から針広混交不斉多段林への変換を試みた結果,かつて田村や今田などが提唱したような,不均一な林木配置を作り出すポステル間伐に類似した間伐方法に効果があった事が明らかになった。 第3章では,ヒノキ人工林の構成単位としての単木樹形を把握するため,かつ実際の選本に必要な寺崎式樹型級区分を定量化するための基準を定量化するために,ヒノキの単木自然樹形の稚樹から成木に至るまでの経年変化とその樹形形成要因を調査・分析した。その結果,ヒノキの樹冠形の変化は1次回帰式に近似し,成長と共にうちわ型から円錐形へ,鈍頭型から尖頭型の樹冠を形成し,その変化には樹幹の外樹皮形成が関与することが明らかになった。 第4章では,前述した間伐方法の実際の現場での実行を視野に入れ,異なる林齢の放置ヒノキ人工林に対して,樹型級による選木基準を考察した。その結果,ヒノキ林は相当な過密状態でも隣接木との種内競争は樹形に反映しないことが明らかになり,その結果,単木的な選木ではなく,機械的に大きさの異なる樹冠ギャップを造ることで目標の林型を創出できることが明らかになった。 第5章では,以上の結果をまとめた。放置人工林に対する「風致施業」は,森林の経時間的変化を楽しむことの可能な自然的な森林と定義づけられ,技術的にもその効果的な創出は,可能であった。ところで,「風致施業」の最終目標林型である針広混交の不斉多段林は択伐林型として,林学では集約的技術と共に,林地の健全性やその森林機能向上にも寄与することは,戦前から言及されている。しかし,戦後は経済的林業の下で択伐方式は技術的に認知されていなかったが,70年代以降の一斉皆伐方式の造林に対する批判などから現在,再認識されつつある。このことからも,放置人工林に対する「風致施業」は,保健休養などの利用のみならず,将来的には山麓の広い範囲で林業と両立して適用される可能性のある技術であると結論付けた。