- 著者
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茶野 努
- 出版者
- 武蔵大学経済学会
- 雑誌
- 武蔵大学論集 : The Journal of Musashi University (ISSN:02871181)
- 巻号頁・発行日
- vol.57, no.2, pp.239-264, 2009-12-10
近年,銀行,証券,保険業等の金融機関が幅広い業務を営むために企業グループを形成する動き,いわゆる金融コングロマリット化がグローバルな規模で急速に進展した。金融コングロマリット化は,金融技術革新,規制緩和を背景として,①金融に対するニーズの多様化・高度化への対応,②収益力の強化,③経済のグローバル化への対応,④ブランド戦略の展開にその狙いがある。 ERM(エンタープライズ・リスク・マネジメント,統合リスク管理)の観点からは,エコノミック・キャピタルにもとづく収益・リスク・資本の統合的管理,とくに,業務統合によるリスク分散効果に注目すべきである。Lown et all(2000)によれば,リスク・リターンの組み合わせで最も効率的な組み合わせは銀行・生保としている。これに対して,Kuritzkes, Schuermann and Weiner(KSW と略す)(2003)では,分散効果が最も大きい組み合わせは銀行・損保としている。これは銀行の主要リスクである信用リスクと損保の災害リスク間の相関が低いためである。 また,KSW(2003)は,レベルⅢ(事業間レベル)での分散効果が小さいので,サイロ・アプローチ(業態による縦割り規制)が適切であり,持ち株会社レベルでの必要資本は銀行・保険等各機関の資本の単純合計でよいとしている。ちなみに,銀行と保険のレベルⅢにおけるALM(金利)リスクの相関係数は70%としている。 しかしながら,リスク分散効果を考える上では,銀行と生保におけるリスク・プロファイルの違いにより細心の注意を払うべきである。すなわち,銀行は短期調達・長期運用,生保は長期調達・短期運用という違いがあるので,銀行・生保間のALM リスクにかかわる相関係数は"構造的に"マイナスとなる(これは他のリスクファクターには見られない特徴である)。したがって,前述のような誤った前提にたった規制は銀行・生保を兼営する金融コングロマリットにとってきわめて過大な資本要件を課すことになってしまう。これは,金融コングロマリットの最適な資本配分を歪めて,企業としての成長性を阻害することになりかねない。また,規制要件への対応として,金利リスクをヘッジするために余計なコストを負担させることになってしまう。このコストは,金融コングロマリットの株主や預金者,保険契約者が間接的に負担することになる。 世界でも極めて規模の大きな,銀行・生保兼営の金融コングロマリットである日本郵政グループの銀行勘定における金利リスク(保有期間1 年,観測期間5 年のヒストリカル法による)は,平成20 年3 月末で20,847 億円,20 年9 月末で21,526 億円と莫大なリスク量になる。おそらく「ゆうちょ銀行」の金利リスクの多くは「かんぽ生命」の金利リスクによってナチュラル・ヘッジされているであろう。サイロ・アプローチの合算という単純な規制を日本郵政グループに適用するのは大きな問題となる。現在の開示情報は十分ではないため,この影響を実証的に計測するのは今後の課題としたい。