著者
相田 豊
出版者
現代文化人類学会
雑誌
文化人類学研究 (ISSN:1346132X)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.54-76, 2021 (Released:2021-01-21)
参考文献数
46

近年、日本の文化人類学において音楽は急速に重要なテーマとなりつつある。こうした日本の音楽人類学研究においては、アメリカの民族音楽学におけるグルーヴ研究や、文化人類学全般で関心が高まった身体や身体化を巡る議論の影響を受けて、音楽が為されている瞬間の身体的な対面相互行為をミクロに分析しようとする研究が集中的になされてきた。しかし、こうした研究の視角では、音が実際に鳴り響いているわけではない時に行われている音楽家同士の交渉や、音楽に影響を与える過去の出来事の想起といった、単一の対面相互行為の時間的スケールを超えた、音楽実践の伝記的次元を捉えることができない。こうした問題に対し、本論文では、ボリビア・フォルクローレ音楽家の音楽観を「アネクドタ的思考」として取りあげることによって、これまでの音楽人類学とは別の視点から音楽実践のあり方を捉えることを目指す。具体的には、筆者自身もその一部に参加することとなった、あるフォルクローレ音楽のコンサートの開催プロジェクトを取りあげて、その企画から準備、実施に至る一連の過程について、とりわけ二人の中年の音楽家の思いと葛藤に注目して記述を行う。そしてこの記述の分析を通じて、フォルクローレ音楽家にとっての音楽観や社会関係について考察を行い、音楽人類学が取り得る別様の方法について検討を行う。
著者
吉村 竜
出版者
現代文化人類学会
雑誌
文化人類学研究 (ISSN:1346132X)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.103-118, 2021 (Released:2021-01-21)
参考文献数
14

This paper investigates changes undergone by self-definition in Japanese-Brazilian (Nikkei) society. After World War II, the first generation of immigrants sought social integration of Japanese immigrants and an affirmation of their place in Brazil with the formation of the Cultural Association (Bunkyo). Later, identity consciousness in the Nikkei society changed due to an increase in temporary labor migration to Japan.   For Nikkei of Pilar do Sul, an exclusive identity is recently appearing that is distinct from “race-based identity.” Bunkyo has revised membership regulations limiting membership to people of Japanese descent due to non-Nikkei Brazilians’ involvement in the association. These revisions have caused emergent changes to Bunkyo’s organizational “order and regulation”, which were shared by the group’s members. Accordingly, members have begun to differentiate themselves and others according to Bunkyo’s “order and regulation”. Therefore, I examine the grounds for local Nikkei identity irreducible to the conventional frameworks of Nikkei studies.
著者
小木曽 航平
出版者
現代文化人類学会
雑誌
文化人類学研究 (ISSN:1346132X)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.12-36, 2021 (Released:2021-01-21)
参考文献数
45

20世紀以降、マラソンのような長距離走は人間の持久力の限界を見極めようとする科学的実験の対象となり、人間にとっての走ることの意味にそれまでとは異なる地位を与えてきた。 本稿の目的は、マラソンのような長距離走を通じて人間の身体がスポーツ科学や種々のテクノロジーと協働しながら、いかにして走るという運動形態を変容させてきたのかについて検討することである。なかでもナイキが2017年以来、世に送り出してきた「Nike Zoom Vaporfly 4%」や「Nike Air Zoom Alphafly Next%」などのレース用ランニングシューズと、やはりそのナイキが主催した「Breaking 2」及びその後に続いた「INEOS 1:59 Challenge」というフルマラソン2時間切りを目指した2つの世界記録更新プロジェクトに着目し、そこにおけるアスリートとスポーツ科学の異種協働関係に焦点を当てた。 結果として、スポーツにおける運動形態は身体の適切な使用によって、アスリートの身体から自ずと生まれるわけではなく、むしろ、道具やスポーツ科学との相互作用の中で共-身体的に発生してくると考えることができた。こうした考察から、現在のスポーツがeスポーツやデジタルテクノロジーの介入によってその在り様を変容させているとしても、それが示唆することは身体観や人間観の変容ではなく、異種協働による共-身体化によって、私たちがこれまで見たことのなかった運動形態がそこに発生してきているからであると示唆された。したがって,現在のスポーツを理解する上で必要なのは、身体観や人間観の概念的更新というよりは、スポーツする身体が見せる運動形態の生成過程に、人間の身体とそれ以外のどんな他者が関係しているのかをつぶさに観察していくことであるといえる。スポーツする身体の人類学を試みるとき、本稿の主たる主張はここにある。
著者
小木曽 航平
出版者
現代文化人類学会
雑誌
文化人類学研究 (ISSN:1346132X)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.12-36, 2021

<p> 20世紀以降、マラソンのような長距離走は人間の持久力の限界を見極めようとする科学的実験の対象となり、人間にとっての走ることの意味にそれまでとは異なる地位を与えてきた。</p><p> 本稿の目的は、マラソンのような長距離走を通じて人間の身体がスポーツ科学や種々のテクノロジーと協働しながら、いかにして走るという運動形態を変容させてきたのかについて検討することである。なかでもナイキが2017年以来、世に送り出してきた「Nike Zoom Vaporfly 4%」や「Nike Air Zoom Alphafly Next%」などのレース用ランニングシューズと、やはりそのナイキが主催した「Breaking 2」及びその後に続いた「INEOS 1:59 Challenge」というフルマラソン2時間切りを目指した2つの世界記録更新プロジェクトに着目し、そこにおけるアスリートとスポーツ科学の異種協働関係に焦点を当てた。</p><p> 結果として、スポーツにおける運動形態は身体の適切な使用によって、アスリートの身体から自ずと生まれるわけではなく、むしろ、道具やスポーツ科学との相互作用の中で共-身体的に発生してくると考えることができた。こうした考察から、現在のスポーツがeスポーツやデジタルテクノロジーの介入によってその在り様を変容させているとしても、それが示唆することは身体観や人間観の変容ではなく、異種協働による共-身体化によって、私たちがこれまで見たことのなかった運動形態がそこに発生してきているからであると示唆された。したがって,現在のスポーツを理解する上で必要なのは、身体観や人間観の概念的更新というよりは、スポーツする身体が見せる運動形態の生成過程に、人間の身体とそれ以外のどんな他者が関係しているのかをつぶさに観察していくことであるといえる。スポーツする身体の人類学を試みるとき、本稿の主たる主張はここにある。</p>