著者
鈴木 晃志郎 佐藤 信彌
出版者
首都大学東京 大学院都市環境科学研究科地理環境科学専攻 観光科学専修
雑誌
観光科学研究 (ISSN:18824498)
巻号頁・発行日
no.3, pp.95-116, 2010-03-30

本研究は、科学社会学の概念モデルであるアクターネットワーク理論を地理学に応用し、鉄道の延伸に伴って生まれたある街の社会史を状況論的に読み解く試みである。かつて太平洋側と日本海側から運ばれる塩の交易ルートにちなんで地名が定着した長野県塩尻市は、明治維新後、養蚕・生糸の生産・流通拠点の一角を担い、文明開化の黎明期を支えた。塩尻の市街化を促したのは、国家的事業として進められた鉄道建設であり、旧中山道に沿う形で延伸してきた中央本線と、北陸方面への大動脈である信越本線であった。鉄道が陸上交通の要として隆盛を極めた時代、二者の結節点に位置する塩尻もまた栄華をきわめ、結果的にそれは、半ば人工的に駅へと依存した中心市街地の形成に繋がった。しかし、そのことが却って、時代の変化に伴う幹線道路の拡張や、大都市近郊のベッドタウンとしての都市改変のいずれをも選択せぬまま、新駅移転とそれに伴う旧中心商店街地区の衰退傾向を座して眺める結果をもたらした。合併によって後年誕生した地元自治体は、旧中心商店街地区の縁辺部に事業所を構え、実質的に中心商店街地区に依存した自治体運営方針から抜けきれないまま、空洞化の進む旧駅前の中心商店街地区へのハコモノ的投資を続けて今日に至った。ここに、国策としての駅舎建設と、鉄道に二重に依存した都市構造が形作られたのである。輸送手段としての鉄道は、もはや地域コミュニティの核としての求心力を失いつつある。今後、自治体を含めた地域コミュニティには、鉄道を核として作り上げた既存の人的ネットワークの維持に留まらず、新規の居住者を増加させるための積極的な施策を提示していくことで、地域コミュニティの再定義をはかる工夫が求められる。
著者
矢部 直人 有馬 貴之 岡村 祐 角野 貴信
出版者
首都大学東京 大学院都市環境科学研究科地理環境科学専攻 観光科学専修
雑誌
観光科学研究 (ISSN:18824498)
巻号頁・発行日
no.3, pp.17-30, 2010-03-30

本研究では、GPSを用いた行動調査について既存の研究動向を整理し、課題を展望した。また、GPSを用いた行動調査の分析手法について、さまざまな可視化の手法に注目してその有効性を検討した。GPSを用いた既存の研究については、CiNiiより「GPS」、「行動」という言葉を含む研究を検索し、対象とする論文を抽出した。GPSを用いた研究は、情報・通信、建築・土木といった分野で多く行われている。2000年にはアメリカがGPS の精度を向上する施策を実施したため、GPSを用いた研究の数・分野とも2000年以降に本格的に増加する傾向にある。研究の主な内容は、1)GPSの利用可能性、2)人間を対象とした行動調査、3)動物を対象とした行動調査、4)分析手法の提案、5)システム開発などの応用、といった5分野に分けることができる。2000年以降の研究の増加に伴って、行動調査にGPSを用いる有効性が実証され、様々な分析手法も提案されてきた。しかしながら、しばしば膨大な量となるGPSのデータを分析する手法については、まだまだ洗練されていない。これは、分析方法が各学問分野の中のみで参照されており、学問領域を超えて参照される機会が少ないことが一つの要因であると考えられる。膨大な量のGPSデータから、観光者の行動パターンなどの有益な知見を引き出すためには、さしあたり探索的な分析手法が有効であろう。そこで、GISソフトを用いてデータを可視化することで、パターンを発見する手法について検討を加えた。2次元、3次元および多次元の可視化手法については、それぞれ対話的な操作を繰り返すことで有益な行動パターンの発見につながる。また、観光者の行動を文字列に変換することで、配列解析などの計量的な分析方法を援用することが可能になる。今後は、観光行動に関する分析手法について、実証研究を進める中で知見を蓄積していく必要があろう。
著者
鈴木 晃志郎 鈴木 亮
出版者
首都大学東京 大学院都市環境科学研究科地理環境科学専攻 観光科学専修
雑誌
観光科学研究 (ISSN:18824498)
巻号頁・発行日
no.2, pp.85-94, 2009-03-30

首都大学東京の南側斜面にある松木日向緑地は、十分な維持管理が行われていないため近年ササや竹林が繁茂し、荒廃が進んでいる。この背景には、大学側が管理のための予算を継続して取ってこなかったこと、維持管理のための組織体制が学内で統一できていないことが関係している。松木日向緑地は、大学移転前までは地域の里山であり、人々の生活と密接に関わりのある入会地的性格をもった緑地であった。しかし大学側は、移転当初から地域住民の立ち入りを禁止し、圃場のみ技術職員を配置して維持管理にあたらせた。これに熱心な教職員の緑地保全活動も加わった。しかしながら、こうした大学側の対応は、地域住民の生活から松木日向緑地を遠ざける結果へと結びついた。大学側の対応は、植生の維持管理についても、業者への委託によって不定期におこなわれる下草刈りにとどまった。自発的な緑地の維持管理主体を喪失したことが、現在の状況を生み出す要因になったといえる。今後は、教職員・学生のみならず、エコロジーに対する意識の高い地域住民を取り込み、三者が一体となった組織的かつ持続可能な緑地保全の在り方を探っていく必要があろう。