著者
塚田 英晴
出版者
Hokkaido University
巻号頁・発行日
1997-03-25

1. 今日,野生動物と人間との共存の重要性が認識され,とりわけ,人間と野生動物との生活・生息空間が重なる状況での「重複型共存」の重要性が高まっている。野生動物の餌づけは「重複型共存」を考えるにあたり,重要な課題である。2. 本論文では,環境の保全が優先されるべき知床国立公園において観光客によるキタキツネへの餌づけがおこなわれている問題を取り上げ,そのような餌づけが及ぼす影響を,1) 採食生態の変容,2) 行動域利用の変容,の点から明らかにし,3) 餌づけが発生するメカニズムを,キツネの行動習性や環境要因から検討した。そして,a) キツネ自体への影響,b) 自然環境への影響,c) 地域住民への影響の3つの点の評価から,知床国立公園という地域の管理原則上,観光客によるキツネの餌づけが適切か否かを判断した。さらに,以上の結果を,キタキツネ以外の動物の餌づけで報告されている影響と比較して,その違いの要因を議論した。2. 餌づけがキツネの採食習性と生物群集に及ぼす影響やその可能性を行動観察と糞分析から検討した。観光客から給餌されたエサは,得やすさとは無関係に,主食となる自然のエサの不足する時期に利用が増加した。したがって,給餌は代替的エサの一つとして利用されているにとどまり,キツネの採食習性に与える影響は小さいと考えられる。けれども,餌づけによって成獣の生存率が高まり,その結果,キツネの個体数密度が増加していることが示唆され,エサとなる動物種や競合種との関係を通じて生物群集に影響を及ぼしている可能性が示唆された。3. 季節的に大きく偏った分布を示す2つのエサ資源,観光客からの給餌とサケ科魚類,とキツネの行動域との対応関係から,エサの分布の変化がキツネの行動域変化に及ぼす影響を検討した。さらに,間接的に,餌づけによってエキノコックス汚染が地域にどのような影響を及ぼすかを評価した。キツネの行動域は,エサの分布の変化に対応して拡大縮小したが,その内側には,年間を通じてファミリー単位で占有される定住域が存在した。また,エサに分布に対応した行動域の拡大は,定住域から日帰りで往復可能な範囲までに限られる傾向が認められ,定住域の防衛と関連していると考えられた。したがって,餌づけを通して行動域変化に影響を与えているものの,排他的な定住域をもつ基本的な行動域の利用様式が維持されていることが確認された。また,エサの分布と関連した行動域の拡大により,実際に餌づけされている地域の周辺まで,エキノコックス汚染が拡大する可能性が示唆された。4. 観光客とキツネとの間で発生する可能性のあるエキノコックス症の問題に関連する要因を明らかにするため,キツネが餌づけられる要因を行動観察を通じて検討した。観光客にエサをねだり行動自体は,成獣よりも子ギツネで獲得される割合が高く,その獲得には道路脇で営巣することが強く影響していた。また,給餌場面でキツネが人に対して示す態度には変異があり,給餌の際に観光客と直接接触してエキノコックス症を感染させる恐れがあるほど人に馴れた個体は,幅員の狭い未舗装路沿いを中心に生息していた。したがって,具体的な対策はこれらの個体を中心におこなうことが効果的だと考えられる。また,キツネの営巣習性の理解は,キツネのエサねだり行動の獲得をコントロールするための基礎として重要だと考えられる。5. 餌づけば,キツネ自体やその生息環境に対して一部ではあるが確実に影響を及ぼしていた。そのため,知床国立公園における観光客の餌づけは,自然環境の「保全」を優先する知床国立公園の管理原則上,適切でないと判断される。また,餌づけがキツネに及ぼす影響とニホンザルやツル類に及ぼす影響とを比較した結果,両者の間には違いが認められ,その要因として,餌づけ主体の目的の相違,餌づけ方法の相違,餌づけ対象の相違の3つの要因が抽出された。この要因に基づき,北海道におけるキタキツネの餌づけ問題の課題を整理した。
著者
小飯塚 徹
出版者
Hokkaido University
巻号頁・発行日
2018-09-25

人類の生活向上に貢献した光は多々あるが、その中の 1 つに照明がある。照明の進化は、発光材料に求められる性能を知るうえで重要な手がかりとなる。近代照明の歴史の始まりは、ガス灯からと考えられる。ガス灯は 1797 年イギリスのマンチェスターに初めて設置された。このガス灯によって工場での夜間作業も可能となり、照明は産業革命に大きく貢献した。日本では文明開化の流れを受けて、1872 年(明治 5 年)に横浜馬車道通りに初めて街灯としてガス灯が用いられている。1879 年の Edison による炭素フィラメントを使用した白熱電球の商業化により光がさらに身近なものになった。B1 白熱電球はさらに、CoolidgeとLangmuirによるタングステンフィラメントと不活性アルゴンガスを使用する改良を施したことで現在の白熱電球が完成し、その地位を確固たるものにした。その後、高効率な白色光源としてハロリン酸カルシウム蛍光体を利用した白色蛍光灯、希土類を利用した三波長蛍光灯が普及していった。さらに現代においては LED (Light Emitting Diode)を利用した照明が普及しつつある。白色 LED は蛍光体を利用したものが多いく普及しており、同様に蛍光体を利用している白熱電球や蛍光灯と比較しその省電力と長寿命な光源として注目されている。地球温暖化対策 CO2 削減の手段として、白熱電球から LED 等の高効率照明への切り替えを推奨している。日本政府は「新成長戦略」および「エネルギー基本計画」において、グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略の柱の1つとして、高効率次世代照明である LED 照明、有機 EL 照明を 2020 年までにフローで 100%、2030 年までにストックで 100%普及させる目標を掲げている。白色 LED は最も地球にやさしい光源の1つとして注目を集めている。
著者
青野 桂之
出版者
Hokkaido University
巻号頁・発行日
2022-03-24

北海道大学. 博士(農学)
著者
閻 乃筝
出版者
Hokkaido University
巻号頁・発行日
2020-09-25

北海道大学. 博士(水産科学)
著者
齋藤 優輝
出版者
Hokkaido University
巻号頁・発行日
2022-09-26

1.背景 平均寿命の延伸とともに社会の高齢化が同時に進行し,高齢者の日常生活動作の制限やQOLの低下に繋がる退行性変性疾患を含む運動器疾患の罹患者が増加している.2007年に日本整形外科学会は「運動器の障害のため移動機能の低下をきたした状態」をロコモティブシンドローム(以下ロコモ)と定義し,介護・介助が必要になるリスクが高い状態であることを示した.ロコモの増加や進行を抑制するためには早期発見および重症化予防が重要である.ロコモ症例の歩行能力の低下は,歩行速度や歩幅などの時空間歩行パラメータに反映される.しかし,これまでロコモ症例の歩行時下肢キネマティクスに関する報告は少なく,ロコモ重症度と歩行時下肢キネマティクスとの関係については明らかではない.ロコモの進行を防ぐためには,早期に歩行時下肢キネマティクスの特徴を理解することが重要であると考える.3次元歩行解析は,カメラを用いた光学式動作解析装置がゴールドスタンダードとして利用されてきたが,計測場所,技術的要件等の欠点が挙げられる.本学工学研究院と保健科学研究院ではウェアラブルセンサを用いた3次元歩行解析システム (H-Gait system) の共同開発および臨床応用を進めてきた.本システムは加速度・角速度センサを装着し,それらのデータより下肢関節角度や関節軌跡を算出できる歩行解析システムである.この歩行解析システムの利点としては持ち運びが便利なため場所を選ばず様々な環境下で計測可能なこと,短時間での解析が可能であることである.この歩行解析システムを使用し,大規模なフィールドレベルでの地域住民の10m歩行試験における歩行特性を評価することで, ロコモ症例の重症化予防へ応用可能であると考えられる.本研究の目的は,ウェアラブルセンサを用いたH-Gait systemを使用して,ロコモ症例の歩行特性を調査することである.仮説はロコモの重症度によって時空間歩行パラメータや歩行時下肢キネマティクスが異なるとした. 2.方法 健康チェックに参加した65歳以上の地域住民125名 (73.0 ± 6.7歳, 男性20名, 女性105名)を対象とした.質問票ロコモ25によりロコモ度を判定し, 非ロコモ群, ロコモ度 1 群, ロコモ度 2 群の3群に分類した. 10m歩行試験中の時空間歩行パラメータと歩行時下肢キネマティクスを,7つのウェアラブルセンサを用いたH-Gait systemを用いて評価した.歩行パラメータは歩行速度,ステップ長,ケイデンス,左右の膝・足関節中心軌跡のなす角を算出し,下肢キネマティクスは股関節最大角度(屈曲,伸展,内転,外転),膝関節最大角度(屈曲,伸展)と足関節最大角度(背屈,底屈)を算出し,開始と終了を除いた5歩行周期の平均値を解析した.人口統計学的データは,χ2検定と一元配置分散分析を用いて群間で比較した.歩行パラメータと歩行時下肢キネマティクスは一元配置分散分析を行い,post hoc testとしてTukey法を用いた. 3. 結果 非ロコモ群は 69 名,ロコモ度 1 群は 33 名,ロコモ度 2 群は 23 名であった.性別,年齢, 身長,体重に群間差は認めなかった. ロコモ度 2 群は,非ロコモ群と比較し歩行速度, ステップ長, ケイデンスが有意に小さかった(P < 0.001, P = 0.027, P < 0.001).またロコモ度 2 群は,非ロコモ群と比較し左右の足関節中心のなす角が有意に大きかった(P = 0.022).ロコモ 2 群は,非ロコモ群と比較し立脚相の股関節最大伸展角度(P = 0.003),遊脚相の股関節最大屈曲角度(P = 0.018),膝関節最大屈曲角度(P = 0.006),は有意に小さかった.また,ロコモ度 2 群とロコモ度 1 群は,非ロコモ群と比較し,遊脚相の股関節外転角度が有意に小さかった(P = 0.003). 4.考察と結論 本研究では,ウェアラブルセンサを用いたH-Gait systemによりロコモティブシンドローム症例の歩行特性を検討した.これらの検討結果より,以下の結論を得た.ロコモ度 2 群において歩行速度, ステップ長,ケイデンス,左右の足関節中心軌跡のなす角が歩行能力の改善を評価可能な歩行パラメータであることが示された. またロコモ度 2 群は非ロコモ群と比較し, 歩行時の股関節最大屈曲角度と最大伸展角度, 膝関節最大屈曲角度が有意に小さいことが明らかとなった. 股関節伸展角度と膝関節屈曲角度は歩幅に関連する歩行運動であるため,これらの角度を増加させる介入は, 歩幅を増加させる可能性がある.ロコモ度 2群において歩行時の遊脚相では股関節・膝関節屈曲角度を, 立脚相では股関節伸展角度を向上させる介入が歩行能力の改善に有用である可能性が示された. 本研究結果はロコモの重症化予防に有用な知見をもたらし, 健康寿命の延伸に大きく寄与するものと考えられる.