著者
内田 康太
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.128, no.3, pp.40-64, 2019 (Released:2021-08-26)

共和政末期ローマの政治史研究において、国民が政治的な意思決定に対して重要な役割を果たしたことは、今や広く受け入れられている。こうした研究潮流を背景に、近年、コンティオと呼ばれる政治集会で聴衆の示す反応が、法案の成否を左右する要因として度々指摘されてきた。そのなかで、前59年の執政官C・ユリウス・カエサルが提出した農地法案の立法過程は、一見すると、彼がコンティオの利用を主眼に据えた立法戦略に着手し、元老院の意向に反しながらも、法案の可決させた様子を伝えているために、上記の指摘を例証する一例となる。 しかし、カエサルの行動を立法過程全体に渡って詳細に再検討することで、実際のところ、彼は一貫して法案に対する元老院の反対表明を回避するべく尽力していたことが明らかになる。カエサルは、元老院から反対を導出しない法案の起草に努めるとともに、多数の元老院議員たちが反感を議場外に伝えようとするや、直ちに元老院を閉会させる措置に着手した。また、法案の公示後、カエサルとその支持者たちは、コンティオにおる演説によって、自身の法案が元老院の支持を受けていることを喧伝すると同時に、執政官職に付帯する権能、ならびに、暴行の脅迫のみならず実際の暴力行使をも利用して、敵対側から意思表明の機会を剥奪する。カエサルの農地法案は、以上のような立法戦略を成功裡に展開し続けた結果として可決されたのである。 従って、コンティオが立法過程の他の段階と同じ目的を果たすために利用されていることは、立法に際して、この場面に特別の重点が置かれたと解する立場に疑問を投げかける。そればかりか、本稿で見出されたカエサルの立法戦略の焦点に目をむけるならば、法案の帰趨を決定づけた要因は、コンティオで示される聴衆の反応ではなく、元老院による反対表明の有無であったことが指摘できる。

言及状況

外部データベース (DOI)

はてなブックマーク (1 users, 1 posts)

収集済み URL リスト