著者
れいのるず秋葉 かつえ
出版者
現代日本語研究会
雑誌
ことば (ISSN:03894878)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.54-71, 2021-12-31 (Released:2021-12-31)
参考文献数
22

欧米言語学研究においては、人称代名詞は比較的安定したカテゴリーで、歴史的に変化することが少なく、他言語からの借用もほとんど例がないとされてきた。しかし、代名詞の変化・借用の例はないわけではない。とくに、日本語の人称詞は、ほとんど常に変化してきたし、中国語からの人称詞の借用の例も数えきれない。ここでは、現代日本語の二人称代名詞である「君」が、かつては「君主」の意味を持つ名詞であったこと、江戸後期実証学的儒学者たちの間で対等関係の二人称として漢語「足下」が使われるようになり、さらに国学者たちの間で「君」が「二人称」として使われるようになったことを書簡例によって検証する。明治期には自称詞「僕」に対応する二人称として文化的上流階級の間で広がったが、「僕」ほどには一般に広がらず、現在では、目下・年下・女性に対して使われる傾向が見られ、「君」がメジャーな二人称として存続する可能性は少ないと推測される。
著者
れいのるず秋葉 かつえ
出版者
現代日本語研究会
雑誌
ことば (ISSN:03894878)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.87-104, 2018-12-31 (Released:2018-12-31)
参考文献数
18

この研究の目的は、中世から近世、近代はじめの800年間に書かれた書簡をデータにして、日本語自称詞の歴史的変化のアウトラインを描きだすことである。まず、中世は大陸言語との接触に刺激されて「私」「某」などの和語自称詞がいくつか創出されはしたが、漢語自称詞そのものはまだ使われることがなかった。中世は「和語自称詞の時代」であった。江戸期には徳川幕府の漢学奨励政策によって有文字人口が急増し、「拙者」を代表的な例とする漢語自称詞が学者、武士その他の識者たちの間に広く普及した。しかし、江戸中期には新たな漢語自称詞「僕」が出現し、和語自称詞と「拙者ことば」を中心にした自称詞パラダイム(権力原理タイプ)は、「僕」を主体とするパラダイム(連帯原理タイプ)にシフトしていった。「僕」は封建社会のタテマエが崩れた大状況に打ち込まれた楔の役割を担いつつ、幕末乱世を生き延びて近代を支え、現代日本語の主要な男性自称詞となっている。
著者
れいのるず秋葉 かつえ
出版者
現代日本語研究会
雑誌
ことば (ISSN:03894878)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.87-104, 2018

<p>この研究の目的は、中世から近世、近代はじめの800年間に書かれた書簡をデータにして、日本語自称詞の歴史的変化のアウトラインを描きだすことである。まず、中世は大陸言語との接触に刺激されて「私」「某」などの和語自称詞がいくつか創出されはしたが、漢語自称詞そのものはまだ使われることがなかった。中世は「和語自称詞の時代」であった。江戸期には徳川幕府の漢学奨励政策によって有文字人口が急増し、「拙者」を代表的な例とする漢語自称詞が学者、武士その他の識者たちの間に広く普及した。しかし、江戸中期には新たな漢語自称詞「僕」が出現し、和語自称詞と「拙者ことば」を中心にした自称詞パラダイム(権力原理タイプ)は、「僕」を主体とするパラダイム(連帯原理タイプ)にシフトしていった。「僕」は封建社会のタテマエが崩れた大状況に打ち込まれた楔の役割を担いつつ、幕末乱世を生き延びて近代を支え、現代日本語の主要な男性自称詞となっている。</p>
著者
れいのるず秋葉 かつえ
出版者
現代日本語研究会
雑誌
ことば (ISSN:03894878)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.178-195, 2019-12-31 (Released:2019-12-31)
参考文献数
18

明治維新は、社会組織の基盤をひっくり返すような革命的な変革であった。階層や職業によって人がタテに配置されその上下関係の価値だけがことさらに強調される歴史のなかで発達した言語は、自由と平等の民主主義を理念とする欧米型の近代社会では機能しない。英語を国語にしようという考えが持ち出されるほど、日本語は混乱した。日本語をどうするか? それが維新の子供たち―維新を担った武士たちの子供の世代に属する文学者たち―にとっての第一の課題であった。欧米のような近代文学の伝統をつくりあげるために、言文一致運動がはじまった。幕末の勤王運動の思想的リーダー、吉田松陰を維新の子供の一人夏目漱石と比較すると、連帯原理の自称詞「僕」が、漱石時代の自称詞の主流になり、そこを定点に「言文一致体」が出来上がったことがわかる。Auto/Biographical Researchの考え方にしたがって漱石の書簡の文体を観察していくと、漱石がイギリス留学に際して「言文一致の会話体」を宣言し、実践した事実が見えてくる。
著者
れいのるず秋葉 かつえ
出版者
現代日本語研究会
雑誌
ことば (ISSN:03894878)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.124-143, 2017-12-31 (Released:2018-01-12)
参考文献数
27

一人称詞は、日本語人がかかえたどうしようもない問題である。どうして日本語にはこうも数多い自称詞があるのか。どうして主要な男性自称詞が漢語由来の「僕」なのか。過去においてあきれるほど多くの自称詞が大陸言語から借用された。欧米の言語学では、人称代名詞はもっとも安定した言語カテゴリーで、めったに他言語から借用されないものだ、と理解されている。では、日本語はなぜ常に不安定なままに続いてきたのか。説明されねばならない。この研究は、歌舞伎脚本の自称詞を歴史社会言語学的に分析し、次のような仮説をたてる。(i)原日本語は、一・二人称を区別しない「前人称」言語であった。(ii)「私」のような疑いもなく一人称詞であるものは大陸言語との接触以降イノヴェートされた。(iii)江戸前期、大量の漢語自称詞・対称詞が借用された。(iv)近代化のなかで多くの漢語自称詞が衰退したが、一人称詞は今も複数であり、不安定である。
著者
れいのるず秋葉 かつえ
出版者
現代日本語研究会
雑誌
ことば (ISSN:03894878)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.178-195, 2019

<p>明治維新は、社会組織の基盤をひっくり返すような革命的な変革であった。階層や職業によって人がタテに配置されその上下関係の価値だけがことさらに強調される歴史のなかで発達した言語は、自由と平等の民主主義を理念とする欧米型の近代社会では機能しない。英語を国語にしようという考えが持ち出されるほど、日本語は混乱した。日本語をどうするか? それが維新の子供たち―維新を担った武士たちの子供の世代に属する文学者たち―にとっての第一の課題であった。</p><p>欧米のような近代文学の伝統をつくりあげるために、言文一致運動がはじまった。幕末の勤王運動の思想的リーダー、吉田松陰を維新の子供の一人夏目漱石と比較すると、連帯原理の自称詞「僕」が、漱石時代の自称詞の主流になり、そこを定点に「言文一致体」が出来上がったことがわかる。Auto/Biographical Researchの考え方にしたがって漱石の書簡の文体を観察していくと、漱石がイギリス留学に際して「言文一致の会話体」を宣言し、実践した事実が見えてくる。</p>
著者
れいのるず秋葉 かつえ
出版者
現代日本語研究会
雑誌
ことば (ISSN:03894878)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.124-143, 2017

<p>一人称詞は、日本語人がかかえたどうしようもない問題である。どうして日本語にはこうも数多い自称詞があるのか。どうして主要な男性自称詞が漢語由来の「僕」なのか。過去においてあきれるほど多くの自称詞が大陸言語から借用された。欧米の言語学では、人称代名詞はもっとも安定した言語カテゴリーで、めったに他言語から借用されないものだ、と理解されている。では、日本語はなぜ常に不安定なままに続いてきたのか。説明されねばならない。この研究は、歌舞伎脚本の自称詞を歴史社会言語学的に分析し、次のような仮説をたてる。(i)原日本語は、一・二人称を区別しない「前人称」言語であった。(ii)「私」のような疑いもなく一人称詞であるものは大陸言語との接触以降イノヴェートされた。(iii)江戸前期、大量の漢語自称詞・対称詞が借用された。(iv)近代化のなかで多くの漢語自称詞が衰退したが、一人称詞は今も複数であり、不安定である。</p>