著者
櫛引 素夫 三原 昌巳 大谷 友男
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.66, 2021 (Released:2021-09-27)

1.はじめに 整備新幹線の開業は地域に多大な変化をもたらしてきた。しかし、住民の暮らしについては地理学的な検討がそれほど進んでいない(櫛引・三原、2020・2021)。発表者らは加速する人口減少・高齢化を背景として、新幹線の「暮らしを守る機能」に着目し、地域医療に整備新幹線開業が及ぼす効果の検討に着手した。本研究は、その端緒として、東北・北海道新幹線の新青森駅前に2017年開業した青森新都市病院に対するヒアリングの結果を報告、論点整理と展望を試みる。2.整備新幹線の開業と地域医療 整備新幹線の沿線は大半が地理的周縁部に位置し、人口減少や高齢化が著しい。特に東北・盛岡以北、北海道、北陸の路線沿線は積雪・寒冷地域でもある。 これらのうち、例えば新潟県上越市の上越地域医療センター病院は、2015年3月の北陸新幹線開業を契機に富山県から麻酔科医が入職、医師確保を実現したという。長野県飯山市の飯山赤十字病院は、新幹線駅前の立地を生かし、新たに11人の医師を採用した。2020年3月時点で27人の常勤者中、8人が新幹線通勤者である。3.青森新都市病院の事例 青森新都市病院は、函館市の医療法人・雄心会が運営している。同病院へのヒアリングによって、以下のような状況を確認できた。【進出の契機】雄心会は青函地域を営業エリアとする取引銀行の要請により、青森市内の2民間病院の運営を継承、合体・移転する形で、新青森駅前に総合病院・青森新都市病院を開設した。当初は新幹線駅前への進出構想はなかったが、駅前の保留地売却が難航していた青森市からの熱心な誘致と協力を受け、駅前への進出を決めた。【診療面での効果】開院当初は脳血管内手術等の高度な専門医療が行える医師がいなかったため、新幹線の動いている時間内であれば、函館から専門医の業務支援を受けることで、急性期脳梗塞等において早期治療を行う体制を整えることができた。このうち血栓回収療法では1時間程度でカテーテル手術が終わるため、手術を挟んで4時間半ほどで両病院間を往復できる。 青森新都市病院の医師もトレーニングを積んだ結果、現在は血栓回収療法の手術は、同病院の医師だけでも行えるようになり、24時間体制で迅速に対応できるようになった。 また、日本大、岩手医大、慈恵医大などから非常勤医の派遣を受けており、新幹線駅前の立地は、医師確保面でもメリットが あるという。 加えて、同病院の副院長は八戸市から新幹線通勤しており、前の職場だった同市内の病院よりも、通勤時間が短縮しているという。 一方、医療スタッフについては、県外からUターンしてきた人が3分の1を占めているといい、新幹線駅前という立地が、地元出身の県外在住者への知名度アップに貢献している可能性があるという。【当面の課題】同病院は開設当初から、「人の流れ」を生むことによる「病院を核とした街づくり」を目指していた。新青森駅はJR奥羽線の駅を併設、市営・民間のバス路線も乗り入れている。しかし、バス停から病院まで徒歩で10分ほどかかり、高齢者には負担が大きい。病院前まで乗り入れるバスもあるものの、1日3本に限られており、公共交通網の利便性向上が課題と言える。高齢社会への対応を考えると、病院の近傍に日常の買い物機能などがあれば、より大きな役割を果たし得る。4.考察 青森新都市病院は、必ずしも戦略的な展望によって新幹線駅前に開設された訳ではないにせよ、まさに整備新幹線開業が契機となって地元の医療環境が好転し、多くの成果が得られた事例と言える。特に青森県は脳血管疾患の死亡率が全国ワースト級であり、患者負担が小さい血栓回収療法の態勢が整ったことは地域医療に大きな意義を持つ。 ただし、新幹線駅前という立地が普遍的に同様の恩恵につながるとは限らない。同病院は、①新幹線沿線に支援を受けられる系列病院が存在、②新幹線による移動と血栓回収療法の時間的な相性が良かった、③東京など新幹線沿線の複数の病院から多くの非常勤医師を確保していた、といった特徴が有利に働いた点には留意が必要である。 青森市はコンパクトシティ政策時代から新青森駅を重視し、2018年策定の立地適正化計画においても「『コンパクト・プラス・ネットワーク』の都市づくり」の都市機能誘導拠点と位置付けている。市の人口流出が加速する中、病院を一つの核としたまちづくりの行方が注目される。5.展望 今回の調査結果を起点として、青森新都市病院の開設が地域医療にもたらした変化の評価、他地域の新幹線駅一帯の病院に同様の変化が生じているか否かの検証、といった研究の展開が考えられる。一方で、同病院の開設が地域社会に及ぼした地理学的な変化についても、派生的な研究対象となり得よう。※本研究はJSPS科研費21K01020の助成を受けたものです。
著者
三原 昌巳
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.21-21, 2010

「予防医学の時代」に健康増進や疾病予防を目的にした旅行(ヘルスツーリズム・医療ツーリズム)に関心が集まっている。その一つである、ここ数年で急成長した検診ツアーは、医療施設(主に病院)・旅行会社・宿泊施設(旅館やホテル)が提携することによって積極的な広報活動を行い、顧客を呼び込もうとする新しい試みである。このような動きは地理学的な観点からみると、患者の居住する地域つまり受療圏が非常に広範囲であることに加え、都市部の患者が地方へ受診に向かうという行動は従来の受療行動からすれば一般的ではないといえる。これまでの地理学では居住地と医療施設間の物理的移動に着目しながら地域医療における患者のアクセシビリティについて検討がなされてきたが、患者にとって地理的障壁はもはや存立しないのだろうか。予防医学の推進によって、医療施設までの距離や移動時間といった地理的要素は重要視されなくなったのか。こうした問題意識を踏まえ、本発表では福島県郡山市内の医療施設で実施されているPET(ペット)検診ツアーを事例にし、PET検診ツアー成立までの過程、検診ツアー参加者の特徴を述べると同時にその地理的特性を明らかにしたい。具体的な調査方法としては、現地調査を2010年6月~8月にかけて実施した。クリニック、受入れ旅館・観光協会、旅行会社3社などを対象に聞取り調査や資料収集を行った。PETは、ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography/陽電子放射断層撮影装置)の略語で、日本人の3大死因のトップを占めるがんの早期発見の切り札として、近年注目される検査方法の一つである。しかし、1台数億円と言われる高額なPET(またはPET-CT)機器に加え、検査薬の製造室や空調設備までを兼備しようとすると、大規模な医療施設でさえPETの導入はしづらいものであった。このため当初は全国的にもPETを導入する医療施設はわずかで、とくに人口の多い都市部において受診予約がとりにくい状況が続いていた。検診ツアーは、このような状況を察知した旅行会社によって企画された。廉価なツアー価格設定が可能な飛行機での移動が専らで、名古屋、羽田、大阪などの空港から出発し、目的地は北海道、九州・沖縄などであった。20万円前後の価格にもかかわらず、異例のヒット商品となったと言われる。しかし2006年以降、人気は下火になり、PETを導入した医療施設には倒産する所もみられた。郡山市内の対象クリニックでは、2004年4月からPET(PET-CTを含む)を導入し、保険適用診療と自由診療のがん検査を開始した。クリニック開設以来、PET検診の周知のため、県内外各地での市民公開講座による住民向けの啓蒙活動と、PET講習会による医療提供者側への普及活動を継続的に実施している。同時に、2005年から同県二本松市岳温泉の旅館・首都圏各地の旅行会社と提携し、検診パックツアーを提供している。岳温泉は、「湯治場」の歴史を持ち温泉地として繁栄してきたが、バブル崩壊後の宿泊客減少に歯止めがかからず2004年ごろから健康保養型温泉地への転換を図った。起伏に富む安達太良山系の自然環境を活かし、主に50代以上の中高年層を対象にしたヘルスツーリズムの取組みによって地域づくりを実施している。検診ツアー受入れ旅館では、地域のこのような取組みもツアー参加者に提供しており、旅行の付加価値を高めている。申込み窓口である旅行会社は首都圏を中心に数社あり、各顧客層に応じて商品の告知と勧誘を行っている。対象クリニックではPET検診ブームが終焉した後も自由診療による患者が多く来院しており、PET機器は高い稼働率を維持している。このうち、検診ツアー参加者をみると、東京・群馬を中心に埼玉・千葉・神奈川など首都圏に居住する50~70代が多いことが分かった。検診ツアー普及初期は遠方の医療施設も選択されたが、PET導入の医療施設が増加するに従って都市部でも受診しやすくなり、交通至便な医療施設が選択されるようになった。一方、郡山市は県内で交通の要所、また首都圏からのアクセスの良さを背景に、検診時・宿泊旅館での付加サービスや検診後のケアを充実させ顧客の定着を図った。検診後のケアでは、何らかの異常が発見された場合には再検査や治療などの再診を、異常が発見されなかった場合でも健康管理のために定期的な検診を行う。このため、旅行商品として売り出されたものの、継続的な通院を必然的に伴う医療サービスの特質ゆえ居住地近郊の医療施設での受診が選択されやすいことが分かった。