著者
片山 望 三浦 利彦 本間 優希 石川 悠加
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.DbPI1367, 2011

【目的】<BR> 高位頸髄損傷の長期呼吸管理は、気管切開下での人工呼吸管理となることが多い。しかし、侵襲に伴う合併症が起こり得るだけでなく、様々なADL上のデメリットが生ずる。今回、当院で高位頸髄損傷における気管切開人工呼吸(TPPV)管理から、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)へ移行した症例を経験したので報告する。<BR>【方法】<BR> 症例は45歳男性。ラグビーの試合中に受傷し、搬送先の病院でC3頸髄損傷(ASIA-A)と診断され、術後も自発呼吸無くTPPV管理となった。第41病日、人工呼吸器離脱と在宅療養移行目的で大学病院へ転院するが、離脱困難。第252病日、長期療養目的で転院。第411病日、気管カニューレによるトラブル、在宅ケアシステム確立困難にて家族・症例の希望と日本せきずい基金からの紹介により、NPPVへの移行目的で当院へ転院。当院よりDr・Nsが迎えに行き、民間航空や障害者移送サービスを利用し搬送となった。当院入院時は自発呼吸無く、C4以下の運動知覚麻痺の完全四肢麻痺。読唇にて意思伝達可能。カフ圧抜くとわずかに発声も可能。吸引時、気切孔からの出血あり。入院当日から気管切開チューブ抜去の準備として、カフ圧・酸素投与量の軽減、SpO2が確保できるように人工呼吸器の機種変更や設定を行った。頭頸部側方から撮影したX-Pで上気道狭窄がないことを確認し、気管カニューレをボタンで塞ぎ、NPPVの条件やインターフェイスの調整を行った。さらに、カニューレ抜去後、上気道の分泌物を喀出する為に器械的な咳介助(mechanical insufflation-exsufflation:MI-E)の導入も行った。<BR>【説明と同意】<BR> 症例とご家族へ事前に本報告の目的と内容を説明し、同意を得た。 <BR>【結果】<BR> 入院5日目、カフ圧なし、気切孔を塞いだ状態で、ナーザルマスクにてNPPV装着。胸腹部の呼吸運動、SpO2の維持を確認して気管切開チューブ抜去。気切孔には皮膚潰瘍治療用ドレッシング材を貼付。抜去直後、SpO2は98~99%(room air)、HR60bpm前後、PtCO2は40~44cmH2Oと安定した。その日の夜にSpO2が80%台まで低下。MI-EとPTによる徒手介助にて、血性粘調痰喀出し、SpO2は正常値となった。しかし、分泌物貯留によるSpO2の低下と呼吸苦が繰り返されるため、病棟NsかPTによる一時間毎と、モニター下でSpO2<95%になった場合にMI-Eを行った。抜管2日目には車いすに乗車し、食事もNPPV下で摂取可能となった。抜去後数日は、MI-Eの回数は平均10回/日と多かったが、抜去後2週間後からは、食事などでムセない限り3回/日で安定。抜去後18日目、気切孔は自然閉鎖。呼吸機能については、(1)肺活量、(2)最大強制吸気量(maximum insufflation capacity:MIC)、(3)咳の最大流量(cough peak flow:CPF)を計測。抜去直後(1)150ml(2)1,000ml(3)0L/min、抜去後2週間後(1)200ml(2)1,500ml(3)75L/minであった。<BR>【考察】<BR> TPPVはカニューレや頻回の吸引による気道の潰瘍、肉芽の形成、感染や気道分泌物の亢進、発声困難や嚥下障害などあらたな合併症を引き起こすことが多い。また、医療的ケアの困難さから、介護者の負担やケアシステムの構築に問題が多い。それらの問題点をNPPVでは回避することができるが、NPPVの安全で効果的な活用には、気道クリアランスの問題が挙げられる。本症例は呼吸筋の麻痺に加えて、約一年間の気管切開による喉咽頭機能の低下があり、徒手的な呼気・吸気介助では、排痰は困難であった。そこで、抜管時には気道クリアランスの維持として、MI-Eと徒手介助を集中的に行うことで再挿管に至らず、NPPVへの移行が可能となった。また、気道確保の手段が確立していることで、経口摂取を試みることができ、数日後には発話も聞き取りやすい程に喉咽頭機能の回復がみられた。本症例のように、痰の自己喀出が困難であっても、気道クリアランスが維持できる手段を確保していれば、高位頸髄損傷はNPPV管理下でも十分なQOLを維持できると考える。今後は、家族へのMI-E指導や、症例に胸郭や肺のコンプライアンスを維持するための深吸気練習の指導、また、呼吸器を使用せずに吸気を行なえる舌咽頭呼吸を獲得することで、人工呼吸器からの離脱が短時間でも可能になれば、食事や入浴などのADL、リスクマネジメントにも有用であり、在宅生活を可能にするケアシステムが構築される可能性も出てくると思われる。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 欧米では神経筋疾患の分野において、NPPVやMI-Eの使用により気道クリアランスを維持することで、気管内挿管の回避や抜管を促進し、QOLの維持、医療コストの削減になるという報告がある。しかし、本邦における理学療法の介入の報告はまだ少ない。本報告は、今後の頸髄損傷の医療的・社会的ケアシステムの構築について意義のある知見を提供できるものと思われる。