著者
三谷 恭之
出版者
京都大学東南アジア研究センター
雑誌
東南アジア研究 (ISSN:05638682)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.421-429, 1977

この論文は国立情報学研究所の学術雑誌公開支援事業により電子化されました。
著者
三谷 恭之 ドアン・ティエン トゥア 今井 昭夫 川口 健一 富田 健次 宇根 祥夫 THUAT Doan Thien
出版者
東京外国語大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1988

ベトムの少数民族(主に、ムオン族)の言語調査によって得られた基本語彙に関する基礎的資料の分類整理をすすめ、併せてその言語学的分析をある程度行うことができた。しかし、詳細な研究については多くが今後の課題として残されているが、ベトナム語の系統論的研究に関しては以下のことを明らかにすることができた。1.言語系統論的にはベトナム語における優勢な漢語要素にもかかわらず、中国語とは系統を異にすること。2.ベトナム語及びその祖語とされているムオン語からなるベト・ムオン語はシナ・チベット語族に属するシナ・タイ語派の一グル-プではなく、オ-ストロアジア語派に属するモン・クメ-ル系言語のなかの一派であること。3.ベトナム語とムオン語の近親性を十分に確認することができた。これらのことにより、ベトナム語の音韻史究明に向けて具体的な手掛かりが得られたが、その具体的研究は今後の作業として残されている。もう一つのテ-マであるベトナム語における漢越語の問題に関しても、ベトナム側研究者との討議により以下の成果が得られた。漢越語の研究で問題となるのは、ベトナム漢字音の体系がいつ形成されたかについてであるが、ベトナムと中国の地続きの地形的関係のためにベトナム漢字音の時代による分類基準を日本漢字音の形成のように必ずしも明確にすることができないという問題点がある。現代ベトナム語における漢越音の主要な形成はベトナムが10世紀余りに及ぶ中国の直接支配から抜け出る紀元10世紀半ば以降であり、その音体系は中国唐代末期の漢字の読み方から借用された音が基本になっていることはこれまでの研究で明らかにされている。しかし、それとは別に、ベトナム漢越語のなかには、それよりも古い音、すなわち、唐代中期以前の漢字の読音を留める語(古漢越語)が含まれており、これら両者の分類及び越化漢越語を含めた三者の分類については、これまでのところ確たる基準はない。今回の共同研究の初年度に多忙のなか私たちとの意見交換に参加して下さったハノイ総合大学教授グエン・タイ・カン氏はベトナム漢字音の研究に関しては斯界に優れた業績を残しておられるが、彼の提起した規則は説得性と妥当性に富むものである。その説は次のような内容である。漢越語をA類、古漢越語をB類、越化漢越語をC類とする。音節全体を見て、Y、Zという二つの音があって、共に同一の字音Xに起源があるとする。もし、YがZより古い、あるいはZの直接の源になっているものより古いものを源としているとすると、次の二つの概括的規則が得られる。1.ZをA類とするとYはB類2.YをA類とするとZはC類以上のような規則を当てはめることによりベトナム語における漢越語の音韻史的研究に新しい方向性を見い出すことができたと言えよう。ベトナム漢越語及び越化漢越語の個々の単語の音韻論的研究をさらにすすめる作業が残されている。以上が今回の共同研究の成果の概要である。しかし、相手国の研究成果がいろいろな理由により必ずしも十分に公刊されておらず、資料調査に予定よりも多くの時間を割かなければならなくなり、そのために資料の詳細な分析検討の多くはこれからの課題として残されており、上に述べた研究成果は得たものの、より深い研究成果はむしろ今後に期待される。その意味で今回得られた成果はこれまでにない新しい達成を見たものの基本的には基礎的な成果としての域にとどまる。今後はムオン語以外の少数民族の言語調査も実施し、より全体的で総合的なベトナム語祖語の系統論的研究をすすめていきたいと願っている。