著者
三谷 恭之 ドアン・ティエン トゥア 今井 昭夫 川口 健一 富田 健次 宇根 祥夫 THUAT Doan Thien
出版者
東京外国語大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1988

ベトムの少数民族(主に、ムオン族)の言語調査によって得られた基本語彙に関する基礎的資料の分類整理をすすめ、併せてその言語学的分析をある程度行うことができた。しかし、詳細な研究については多くが今後の課題として残されているが、ベトナム語の系統論的研究に関しては以下のことを明らかにすることができた。1.言語系統論的にはベトナム語における優勢な漢語要素にもかかわらず、中国語とは系統を異にすること。2.ベトナム語及びその祖語とされているムオン語からなるベト・ムオン語はシナ・チベット語族に属するシナ・タイ語派の一グル-プではなく、オ-ストロアジア語派に属するモン・クメ-ル系言語のなかの一派であること。3.ベトナム語とムオン語の近親性を十分に確認することができた。これらのことにより、ベトナム語の音韻史究明に向けて具体的な手掛かりが得られたが、その具体的研究は今後の作業として残されている。もう一つのテ-マであるベトナム語における漢越語の問題に関しても、ベトナム側研究者との討議により以下の成果が得られた。漢越語の研究で問題となるのは、ベトナム漢字音の体系がいつ形成されたかについてであるが、ベトナムと中国の地続きの地形的関係のためにベトナム漢字音の時代による分類基準を日本漢字音の形成のように必ずしも明確にすることができないという問題点がある。現代ベトナム語における漢越音の主要な形成はベトナムが10世紀余りに及ぶ中国の直接支配から抜け出る紀元10世紀半ば以降であり、その音体系は中国唐代末期の漢字の読み方から借用された音が基本になっていることはこれまでの研究で明らかにされている。しかし、それとは別に、ベトナム漢越語のなかには、それよりも古い音、すなわち、唐代中期以前の漢字の読音を留める語(古漢越語)が含まれており、これら両者の分類及び越化漢越語を含めた三者の分類については、これまでのところ確たる基準はない。今回の共同研究の初年度に多忙のなか私たちとの意見交換に参加して下さったハノイ総合大学教授グエン・タイ・カン氏はベトナム漢字音の研究に関しては斯界に優れた業績を残しておられるが、彼の提起した規則は説得性と妥当性に富むものである。その説は次のような内容である。漢越語をA類、古漢越語をB類、越化漢越語をC類とする。音節全体を見て、Y、Zという二つの音があって、共に同一の字音Xに起源があるとする。もし、YがZより古い、あるいはZの直接の源になっているものより古いものを源としているとすると、次の二つの概括的規則が得られる。1.ZをA類とするとYはB類2.YをA類とするとZはC類以上のような規則を当てはめることによりベトナム語における漢越語の音韻史的研究に新しい方向性を見い出すことができたと言えよう。ベトナム漢越語及び越化漢越語の個々の単語の音韻論的研究をさらにすすめる作業が残されている。以上が今回の共同研究の成果の概要である。しかし、相手国の研究成果がいろいろな理由により必ずしも十分に公刊されておらず、資料調査に予定よりも多くの時間を割かなければならなくなり、そのために資料の詳細な分析検討の多くはこれからの課題として残されており、上に述べた研究成果は得たものの、より深い研究成果はむしろ今後に期待される。その意味で今回得られた成果はこれまでにない新しい達成を見たものの基本的には基礎的な成果としての域にとどまる。今後はムオン語以外の少数民族の言語調査も実施し、より全体的で総合的なベトナム語祖語の系統論的研究をすすめていきたいと願っている。
著者
山岸 智子 鎌田 繁 酒井 啓子 富田 健次 保坂 修司 飯塚 正人
出版者
明治大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2006

本研究は、これまでのステレオタイプ的なシーア派観はもとより、シーア派が「問題化」する構造を解明するために、構築主義的な観点を導入し、シーア派の哲学思想・宗教実践・社会集団化のコンテクストを分析することを課題とした。研究分担者・研究協力者が会合を持って、これまでの研究を振り返り、自らの研究の取り組みについて議論したのみならず、英国・イラン・アメリカ・アラブ首長国連邦・レバノンから一線級の研究者を招聘して意見交換をし、交流の道を開き、こちらからも10カ国以上に赴いて資料収集・現地調査・研究発表などを行った。こうして得た成果は多岐にわたるが、以下のようにまとめられるだろう。1.多様性:さまざまな例が示され、シーア派とはいっても、その集団としてのありようや位置づけが多様であることが、明らかになった。それは、立場の違い(サラフィーヤ主義者とシーア派信徒)や国・地域の違いのみならず、一つの地域・家族でも状況の変化によるシーア派アイデンティティに変化があることが分かった。2.新しい学問的アプローチ:思想研究に歴史的観点を導入する、「人」という観点から思想の展開や指導者の条件を見直す、思想の中のモチーフの見直し、などアプローチや観点を変えることで、新たな知見を得た。3.ローカルとグローバルのインターフェース:宗派として国民国家のなかに位置づけられる際にも、国際的な力学や国家を越えるネットワークが関連すること、宗派の絆のグローバルな経済活動への活用、信徒や学者の国を越えた移動の実際、などが明らかとなった。4.これまでの研究の空白を埋める:そしてシーア派としての制度・知の再生産にかかわるイスラーム法学者のありさまや教育の実態、宗教的慣行など、十分に解明されてこなかったピックも本研究で考察の対象となり、さまざまな発見があった。