著者
上田 紀行
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:24240508)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.269-295, 1990-12-30 (Released:2018-03-27)

スリランカ南部農漁村地帯の祓礼儀霊の減少は, 一般に近代科学の後進的な呪術に対する勝利という自明性のもとに語られる。しかし, 本論文における, 儀礼の扱う患者像と, その減少の特異性の詳細な検討の結果は, そのステレオタイプを否定する。従来ひとまとめに考えられていた祓霊の患者像は, 儀礼の種類によってまったく異なっていることが24のケースの分析から明らかにされる。すなわち急激なストレスによる解離的なヒステリー性症状を病む患者に対する儀礼と, より症状が身体的である患者に対する儀礼のうち減少しているのは後者であり, 前者の比率が急激に高まっているのである。それは長期的に見れば, 西洋医療の浸透によって身体症状を病む患者が祓霊を行なわなくなったことと関連する。しかし, 最近20年間の儀礼の増減からは, 社会的な不平等が強まり, 村の民衆が強い剥奪感を抱く時期に, 解離型の患者が増加するという傾向を見てとれる。つまり, 伝統的治療儀礼は近代化, 急激な資本主義化による村落共同体の解体, 個の疎外といった現代的状況とこそ深く関わっているのである。