著者
浦野 雅世 石榑 なつみ 谷 永穂子 中尾 真理 三村 將
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.188-197, 2017-09-25 (Released:2017-10-11)
参考文献数
29

右半球病変で錯文法を呈した矯正右手利きの症例を報告した.呼称障害はごく軽微でありながら,自由発話/説明発話の別を問わず助詞の誤用が著明であり,脱落は皆無であった.逸脱語順や統語構造の単純化は明らかでなかった.理解面では語義理解は良好に保持されながらも,平易な会話の理解からしばしば困難を呈した.側性化の異なる失文法症例では統語的側面と形態論的側面の障害が共起しているのに対し,本例は形態論的側面のみに障害を呈しており,側性化の異なる失文法とは発現機序が異なると考えられた.本例の錯文法の発現は異常側性化に起因するものとであると推察された.
著者
中尾 真理
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.22, pp.p33-48, 1994-03

アン・エリオットは「洗練された知性」と「優しい性格」の持ち主として描かれている。「洗練された知性」とは何を意味するのだろうか。オースティンは従来から「理性」と「感性」のバランスのとれた精神を理想としてきたが、それとどこが違うのだろうか。以上の観点から、オースティン最後の作品『説得』について考察する。ヒロインは家族からも、コミュニティからも切り離され、孤独の内に移動を続ける。斜陽の准男爵家から、大家族の暖かい雰囲気を残す郷士(スクワイア)のマスグローヴ家、ライム海岸、そして、最後にエレガントな温泉保養都市バースへの孤独な旅の過程で、アンの洗練された知性はそれぞれのグループにどのように反応し、また、どのようにして心からの共感者であるウェントワース大佐の心を掴むことができたのだろうか。鍵はやはり、感性とモラルに求めるべきだろう。
著者
中尾 真理
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.38, pp.302-280, 2010-03

バラは栽培の歴史も古く、特に西洋では「花の中の花」として古くから特別に愛されてきた。本稿の目的はバラの栽培、その利用、鑑賞など、バラをめぐる文化を歴史的にたどることにある。バラはギリシア・ローマ時代には主に薬用、香料として利用され、キリスト教のもとでは神秘的な表象として使われた。イギリスでは「ばら戦争」に見られるように、バラが国家の紋章としても使われ、シェイクスピアやR・バーンズなどの詩にも歌われ、広く親しまれている。野生種を含め、バラの品種は多いが、古代から十九世紀の始めにかけて、ヨーロッパで栽培されていたバラは、わずか五系統にすぎなかった。十八世紀に四季咲きの中国バラが伝来したことにより、バラの栽培は飛躍的に発展し、バラの品種も爆発的に増えた。本稿ではバラの文化史(その一)として、ヨーロッパ、特にイギリスを中心に、バラ革命までを扱う。中国とヨーロッパのバラの交流、日本のバラについては次回にとりあげる予定である。
著者
中尾 真理
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.40, pp.284-249, 2012-03

ヨーロッパで古くから栽培され、愛されてきたバラは中近東でも利用され、詩に歌われてきた歴史を持つ。本稿では「薔薇の文化史(その三)」として、地中海沿岸を中心に発達してきたバラ文化の源流ともいえる、中近東地域のバラ文化を「ルバーイヤート」やハーフィズの詩とともに概観する。次に十八世紀末に中国バラがヨーロッパに伝わった経緯を考える。バラは中国茶と共に伝わった。アジアの豊富な有用植物を求めて進出した、各国の東インド会社の主要取引商品のひとつが中国の茶だった。現代バラの代表はハイブリッド・ティー系のバラだが、ティー系の「ティー」は「茶」である。四季咲き性のある中国の庚申バラや、茶の香りのティー・ローズと掛け合わせることで、西洋のオールド・ローズはモダン・ローズへと華麗な変身をとげた。ハイブリッド・ティー系のバラは人工交配により生み出された、完全なる人工種である。「理想のバラ」を求めて、ヨーロッパのバラはさまざまに改良された。オールド・ローズからモダン・ローズへの改良の過程で、ナポレオンの妻ジョセフィーヌのようなバラ愛好家、コレクター、植物学者、プラント・ハンター、植物園の果たした役割についても考える。本稿をもって「薔薇の文化史」は完結する。
著者
浦野 雅世 石榑 なつみ 谷 永穂子 中尾 真理 三村 將
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
pp.17006, (Released:2017-08-25)
参考文献数
29

右半球病変で錯文法を呈した矯正右手利きの症例を報告した.呼称障害はごく軽微でありながら,自由発話/説明発話の別を問わず助詞の誤用が著明であり,脱落は皆無であった.逸脱語順や統語構造の単純化は明らかでなかった.理解面では語義理解は良好に保持されながらも,平易な会話の理解からしばしば困難を呈した.側性化の異なる失文法症例では統語的側面と形態論的側面の障害が共起しているのに対し,本例は形態論的側面のみに障害を呈しており,側性化の異なる失文法とは発現機序が異なると考えられた.本例の錯文法の発現は異常側性化に起因するものとであると推察された.
著者
中尾 真理
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.43, pp.23-39, 2015-03

ジョイスが二十二歳から二十六歳の時に書いた短編小説集『ダブリンの人びと』はその後の作品のテーマに発展する要素を多く含んでいるが、「ラヴ・ストーリー」と呼べる物語はその中にはない。反対に「愛の欠如」をテーマとした短編は幾つかある。「痛ましい事件」もその一つである。これは審美家で、俗世間からできるだけ距離を保って暮らしている、独身の中年銀行家が恋愛を取り逃がす物語である。ダッフィ氏は音楽会の会場でたまたま隣り合わせた女性(シニコウ夫人)と、親交を深める。だが、感受性の強いシニコウ夫人が肉体的接触を求めるそぶりをしたことに驚き、「魂の救いがたい孤独」を主張して一方的に交際を打ち切ってしまう。四年後、ダッフィ氏はシニコウ夫人が、飲酒癖により鉄道事故で命を失くしたことを知って驚愕する。語り手はその直前まで、ダッフィ氏の内面を語ることをしないが、後半、ダッフィ氏が女性の死を知った後は一転して、ダッフィ氏の内面に視点を合わせ、彼が愛の喪失を認め、自己覚醒する過程を綿密に描き出す。ダッフィ氏は自説を主張するのに忙しく、シニコウ夫人の孤独に思い至らなかったのだ。本稿では、中年の銀行家が若い人妻と親密になるという、よく似た設定の同時代の作品、チェーホフの「犬を連れた奥さん」(1899)と比較することによって、「痛ましい事件」の作品理解を深めることにする。ラヴ・ストーリーである「犬を連れた奥さん」の内面描写と比較することによって、ジョイスの短編小説の特質を明らかにし、その戦略と技巧を解き明かすのが目的である。
著者
中尾 真理
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.34, pp.33-44, 2006-03

T.S.エリオットの子供向けの詩集『ポッサムおじさんの現実味のある猫の本』と、その中の「謎の猫マカヴィティ」をとりあげる。エリオットはこの詩集でも、『不思議の国のアリス』や『マザー・グース』から親しみのある言葉やリズムを効果的に利用している。ここに登場する猫たちは擬人化されているが、いかにもロンドンの猫らしく、泥棒猫、手品師猫、鉄道猫など、その生態もさまざまである。その中で、「謎の猫マカヴィティ」には、コナン・ドイルの有名な探偵小説を下敷きにし、猫の正体を問う謎々が仕掛けられている。手がかりはこの猫が「犯罪のナポレオン」と呼ばれていること。本稿は「謎の猫マカヴィティ」を読み、エリオットらしい諧謔に満ちたノンセンス詩に仕掛けられた謎を解く。「ポッサムおじさん」の仮面に隠された大詩人の知られざる一面に近づくための覚え書きである。
著者
中尾 真理
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.31, pp.1-17, 2003-03

『ダロウェイ夫人』は主人公ダロウェイ夫人が午後のパーティのために、一人で花を買いに行くところから始まる。この小説ではダロウェイ夫人を始め、もう一人の主人公セプティマス、ダロウェイ夫人の幼なじみピーター・ウォルシュ、ダロウェイ夫人の娘のエリザベスなど複数の人物の視点から描かれるが、これらの人物はいずれもロンドンを歩き、移動しているのが特徴である。この小説はジョイスの『ユリシーズ』同様、「歩く小説」であり、「ロンドンを歩く小説」だということができる。女性はつい最近まで、安全の上から、また、体面への配慮から、一人歩きができなかったことを考えると、ダロウェイ夫人が颯爽とロンドンの町を歩いている意義は大きい。作者のヴァージニア・ウルフもダロウェイ夫人同様、歩くのが好きだった。ウルフのそうした一面は『ロンドン風景』という短いエッセイにも示されている。これはロンドンっ子の書いたロンドンの名所案内という趣の小品だが、フェミニストでもあったウルフの特質がよく現れている。本稿では『ロンドン風景』中の第三章「偉人の家」の中からカーライルの部分に焦点をあて、同じ題材をとりあげた夏目漱石の『カーライル博物館』と比較することでウルフの繊細な、女性らしい視点に着目した。漱石が「四角四面の家」と評したカーライルの家を、ウルフはカーライルその人ではなく、カーライル夫人に焦点をあてて見たのが注目される。
著者
中尾 真理
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.32, pp.33-49, 2004-03

ウォーカー・ハミルトンは1934年に生れ、2冊の短い小説を残して、1969年に若くして亡くなった。本稿は彼の2作目の小説A Dragon's Life(『ドラゴンとともに』)をとりあげ、作家ウォーカー・ハミルトンの紹介としたい。『ドラゴンとともに』(1970年)は64歳になる売れない役者、サムソン・スワンロードを主人公にした、現代のピカレスク小説である。主人公は化粧品会社の宣伝のドラゴン役に応募するが、痩せ過ぎていると言う理由で、落ちてしまった。ナイロン製のドラゴンに惚れ込んだ彼は、その衣装を盗んで逃走する。ドラゴン姿の主人公は逃走の旅の途中で、人生の裏街道を行くさまざまな人物に出会う。小説はそれらの人々との出会いを通して、自分の人生は失敗であったとの思いから抜けきれないサムソン・スワンロードの内面を探求していく。物語は彼が駐車場の番人になるために、元の町へ戻る決心をつけるところで終わる。主人公が役者であることから、小説は最初と最後の章が戯曲形式で書かれており、さらに2章から10章までは主人公の独白体(モノローグ)で書かれている。青年の繊細さと老人の諦めの入り交じった独白に、お伽話の軽妙さが加わった作品である。