著者
森 悦朗
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.64-69, 2019-06-25 (Released:2019-07-04)
参考文献数
16

大脳損傷患者を対象とする神経心理学には2つの大きな役割がある.一つはヒトの大脳の仕組みを理解しようとする神経科学の手法としての役割であり,もう一つは大脳損傷患者の症候を評価して,診断や治療に供するための症候学としての臨床医学的な役割である.神経心理学の2つの役割に関して現代的解釈と方向性を考察する.
著者
森岡 周
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.208-215, 2016-09-25 (Released:2016-11-04)
参考文献数
43

運動器疼痛であっても慢性化すると脳の機能不全の様相が強くなる.これが痛みの情動・社会的側面あるいは認知・身体的側面である.島,前帯状回,内側前頭前野の過活動は情動・社会的側面に関与する.これら領域の過活動は,それを制御する背外側前頭前野の機能不全につながり,それに伴いうつ等の精神心理症状を引き起こし慢性化が長引くことが指摘されている.一方,頭頂葉が機能不全を起こすと知覚や身体イメージに障害が起こり,罹患期間が長びくとneglect-like syndromeを起こすことがある.いわゆる痛みの認知・身体的側面である.本稿では疼痛の神経心理学と題し,これら側面のメカニズムを概説し,各々に対する治療的ストラテジーの概要について解説する.
著者
山本 潤 前田 眞治
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.172-179, 2018-06-25 (Released:2018-08-29)
参考文献数
19

右頭頂後頭葉の脳梗塞で着衣障害を呈した80歳代男性に対し,徴候の要因を検討する目的で,開眼と閉眼の2条件で着衣動作の分析を行った.開眼条件では,はじめの袖通し工程で,袖に腕を通すことができない徴候を認め,他の工程は問題なかった.一方,閉眼条件では,徴候を認めず,着衣可能であった.その他の評価から,前開き型に限定していること,はじめの袖通し工程で出現すること,人形に着せた場合も同様の徴候を認めることが明らかとなった.加えて,視覚的同定の問題ではない構成行為の障害も認めた.以上より,触・圧覚情報が乏しいはじめの袖通し工程で,視覚情報からの処理に基づく構成行為の問題に起因した徴候と推察された.
著者
前田 貴記
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.178-186, 2019-12-25 (Released:2020-01-08)
参考文献数
21

自己意識という主観を実証的に扱うための方法論として,主体感(sense of agency)というアプローチについて紹介する.我々は主体感について実証的に評価するために,「Sense of Agency Task(Keio Method)」を考案し,主として統合失調症をターゲットとして研究を進めてきた.さらに,主体感に直接介入し,主体感の精度を向上させる手法を考案し,統合失調症のみならず,様々な神経疾患・精神疾患における認知リハビリテーションについても試みている.主体感を軸とした,統合失調症の症状論,病態論,治療回復論にわたる一連の研究について紹介したい.主体感というアプローチが,神経心理学において,人間の主観的体験を実証的に扱うための一つのモデルとなればと考えている.
著者
佐藤 正之
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.274-288, 2018-12-25 (Released:2019-01-09)
参考文献数
43

認知機能の脳内機構を探るには,特定の能力のみが選択的に障害された純粋例が有用である.純粋失音楽症(pure amusia)はこれまでに9例報告され,右上/中側頭回の皮質・皮質下が共通して障害されていた.一方,音楽的情動だけが障害された音楽無感症(musical anhedonia)は,筆者による2例も含め,これまでに5例が報告され,右島後部から上側頭回が主に侵されていた.音楽の知覚・認知が障害されたにも拘わらず,音楽的情動が保たれていた症例が存在することから,両者は少なくとも一部は脳内で異なる神経基盤を有すると考えられる.これらの結果は,過去に報告された脳賦活化実験の所見とも一致している.今後も,症例研究と脳賦活化実験のそれぞれの特徴と限界を理解したうえでの検討が求められる.
著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.45-62, 2018-03-25 (Released:2018-04-28)
参考文献数
56

外国語様アクセント症候群(foreign accent syndrome:FAS)とは,同じ母国語を使用する第三者が“外国語のようだ”という違和感を持つような発話障害を特徴とした症候群である.比較的稀な症候ではあるが,これまで100例以上の報告がなされており,発話障害の特徴として,音の高低や強弱,リズム,音調などのイントネーションの異常といった超分節素の障害や,母音・子音変化などの分節素の障害が報告されている.脳卒中以外にも様々な原因疾患で生じることが知られており,その責任病巣については左中心前回など左半球による報告が多いが,右半球や脳幹,小脳病巣での報告もあり多様である.このように,FASは原因も病巣も様々であることから,そもそも“症候群”として扱うほどの一貫性や普遍性があるのか,発語失行(apraxia of speech:AOS)との異同についてなど未解決の問題が山積している.今回,FASを呈した自験例の紹介と既報告例を振り返ることで,FASの特徴や発現機序などについて考察を行った.特に日本人FAS例は,英語アクセント型と中国・韓国語アクセント型の2つに分類されることが多く,AOSの特徴が目立つ例では,母音や子音の長さの変化を特徴とした英語アクセント型に,AOSの特徴が目立たずピッチの障害が目立つ例は中国・韓国語アクセント型になる可能性が考えられた.また,失語症を伴わないFAS既報告例の病巣を用いたlesion network mapping解析を行った結果,喉頭の運動野(Larynx/Phonation area)として報告されている中心前回中部が,FASの神経基盤として重要である可能性が示唆された.
著者
川人 光男
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.264-275, 2016-12-25 (Released:2017-01-18)
参考文献数
41
被引用文献数
1

脳を自律的な力学系と見なす動的脳観は理論家には古くから人気のある概念である.近年の神経科学動物実験による自発脳活動研究とヒトでの安静時脳活動計測からこのような考えが強く支持されるようになった.fMRIで5から10分間安静時脳活動計測を行ったデータから,脳内の領野間の機能的結合が求まる.このデータから独立検証コホートにも汎化する発達障害の分類器が構築できる.また脳のダイナミクスを変更する実時間ニューロフィードバック手法も開発され,治療に応用する可能性が検討されている.
著者
武田 千絵 中嶋 加央里 能登谷 晶子 砂原 伸行
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.207-215, 2017-09-25 (Released:2017-10-11)
参考文献数
22
被引用文献数
1

Trail Making Test(TMT)は,Halstead-Reitan Batteryの一つとして報告された縦型のTMT(縦版TMT)と鹿島らが作成した横型のTMT(横版TMT)の二つがある.しかし,2つのTMTでは成績が大きく異なり,その原因について詳細な言及はなされていない.今回若年健常者を対象に2つのTMTを実施し,所要時間を比較した.その結果横版TMTが縦版TMTよりも所要時間が延長し,Part A,B間で所要時間に差がなかった.縦版TMTの所要時間はPart Bで延長した.TMT完遂までに引かれる線の長さを除して検討したが,横版TMTが縦版TMTよりも遂行時間が延長した.縦版TMTは線が円を描く軌跡になるのに対し,横版TMTでは線がランダムに重なっていくため,視覚探索が困難となり所要時間の延長につながったと考えられる.
著者
井堀 奈美
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.290-300, 2016-12-25 (Released:2017-01-18)
参考文献数
52

左頭頂葉病変による読み書き障害に関する研究をレビューした.1)失読失書,2)孤立性失書(純粋失書,失行性失書,構成失書),3)体性感覚性失読,4)タイピング障害を取り上げ,過去の知見を整理するとともに,最近の研究を紹介した.最後に読み書き障害のリハビリテーションについてもふれた.
著者
渡部 宏幸 平山 和美 古木 ひとみ 貝梅 由恵 濱田 哲 原 寛美 山尾 涼子 今村 徹
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.35-43, 2017-03-25 (Released:2017-05-09)
参考文献数
11

左側頭葉後下部の皮質下出血後に,抽象的態度の障害を呈した症例を報告した.症例は69歳,右利き女性.回復期に,以下の所見がみられた.(1)性質の似た色の聴覚指示および分類,色の呼称の障害.(2)実際の家具の聴覚指示において,対象の個別性にこだわった反応.両者はGoldstein(1948)およびYamadoriら(1973)が報告した抽象的態度の障害と類似しており,本症例にも既報告例と共通の障害が存在すると考えられた.
著者
内山 由美子
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.155-162, 2018-06-25 (Released:2018-08-29)
参考文献数
33

注意は,様々な認知機能の基盤をなす機能で,その障害で日常,社会生活に支障が生じる.古典的に,脳幹,視床が含まれるalerting network,頭頂葉,前頭眼野皮質などの前頭葉が含まれるorienting network,前帯状皮質背側部,内側前頭皮質が含まれるexecutive networkが注意と関連するとされてきたが,近年,脳幹から大脳半球へのアセチルコリン,ノルアドレナリン投射系や,前頭前野腹側,前頭葉背外側面も含むcingulo-opercular networkやfrontoparietal networkなど,より広い脳領域の関与が想定されている.注意障害の臨床症状として半側空間無視,Bálint 症候群,保続性失書を取り上げた.局所の脳損傷だけでなく変性疾患,発達障害などでも注意障害を認め,これら疾患で生じる注意障害の特徴にも言及した.
著者
近藤 正樹
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.311-321, 2016-12-25 (Released:2017-01-18)
参考文献数
46

後頭葉病変では純粋失読が主体であり,後頭葉病変による失書の発症は後頭葉と頭頂葉,側頭葉の境界域を含めた病巣の広がりと関係していると考えた.頭頂葉であれば角回への広がり,側頭葉であれば中・下側頭回への広がりにより失読失書が出現し,後頭葉から離れて頭頂葉ないし側頭葉寄りになると純粋失書になることが想定された.境界に関係する部位として,側頭葉では中・下側頭回,頭頂葉では角回への病変の広がりに注目する必要がある.また,純粋失読にまつわる話題として,視覚性語形領域(visual word form area:VWFA)に関する最近の知見,数字読み,逐次読みの病態機序に関する報告を紹介した.
著者
稲富 雄一郎 中島 誠 米原 敏郎 安東 由喜雄
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
pp.17007, (Released:2017-08-25)
参考文献数
21

55歳,男性.1年前に脊髄症と診断されていた.言動異常が出現した1カ月半後の初診時に,左同名半盲,記銘力低下,超皮質性感覚失語を認めた.また医師の面接時に,自身の症状,心配事について,毎回ほぼ同じ語句で一通り話してから診察に応じる反復性発話を認めた.スケジュールへの固執もあり,予定変更に際してしばしば激怒した.MRIでは右下前頭回,上~下側頭回,角回,側頭後頭境界,左縁上回から上側頭回の深部白質に病変を認めた.多発性硬化症の再燃と診断された.急性期以後は,症候は徐々に改善した.本例の反復性発話は,オルゴール時計症状に該当すると考えられた.
著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.45-62, 2018

<p>外国語様アクセント症候群(foreign accent syndrome:FAS)とは,同じ母国語を使用する第三者が"外国語のようだ"という違和感を持つような発話障害を特徴とした症候群である.比較的稀な症候ではあるが,これまで100例以上の報告がなされており,発話障害の特徴として,音の高低や強弱,リズム,音調などのイントネーションの異常といった超分節素の障害や,母音・子音変化などの分節素の障害が報告されている.脳卒中以外にも様々な原因疾患で生じることが知られており,その責任病巣については左中心前回など左半球による報告が多いが,右半球や脳幹,小脳病巣での報告もあり多様である.このように,FASは原因も病巣も様々であることから,そもそも"症候群"として扱うほどの一貫性や普遍性があるのか,発語失行(apraxia of speech:AOS)との異同についてなど未解決の問題が山積している.</p><p>今回,FASを呈した自験例の紹介と既報告例を振り返ることで,FASの特徴や発現機序などについて考察を行った.特に日本人FAS例は,英語アクセント型と中国・韓国語アクセント型の2つに分類されることが多く,AOSの特徴が目立つ例では,母音や子音の長さの変化を特徴とした英語アクセント型に,AOSの特徴が目立たずピッチの障害が目立つ例は中国・韓国語アクセント型になる可能性が考えられた.</p><p>また,失語症を伴わないFAS既報告例の病巣を用いたlesion network mapping解析を行った結果,喉頭の運動野(Larynx/Phonation area)として報告されている中心前回中部が,FASの神経基盤として重要である可能性が示唆された.</p>
著者
小熊 芳実 佐藤 卓也 佐藤 厚 今村 徹
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.248-259, 2016-09-25 (Released:2016-11-04)
参考文献数
24

【背景】疫学研究によって,頭部外傷はアルツハイマー病(AD)の危険因子であることが示されてきたが,頭部外傷の既往を有する進行性の認知症高齢者の臨床像はADとして非典型的である場合が少なくない.【目的】頭部外傷の既往と緩徐進行性の認知機能障害を有する患者の臨床的特徴を検討する.【対象】認知症専門外来で精査を完了した787症例の臨床データベースから,以下の条件をすべて満たす6症例を抽出した.①重大な外傷の既往が特定されている,②その際に頭部外傷があったことを示す所見または診断がある,③頭部外傷後,周囲が認知機能や精神・人格に関する後遺症に気づいていない,④頭部外傷後,家庭生活や職業における役割が保たれている,⑤頭部外傷よりも明らかに後に緩徐に発症し進行する認知機能障害が存在する,⑥頭部画像検査上での陳旧性の外傷性病変がみられる.【方法】6症例の認知機能障害と行動心理学的症候について診療録を元に回顧的に分析した.【結果】6症例中3症例で脱抑制,感情・情動の変化や常同行動などが見られ,前頭側頭型認知症(FTD)の臨床診断基準の中核的診断基準と支持的診断的特徴に一致する項目が多かった.しかし,近時記憶障害で発症し,構成障害や道順障害もみられており,原因疾患はADであると考えられた.他の3症例は高齢発症型のADの臨床像であった.【結果】頭部外傷の好発部位は前頭葉底面と側頭葉の前方から外側底面であるので,頭部外傷による脳予備能の減少はこれらの部位でより強いと考えられる.頭部外傷によって前頭葉症状の責任病巣となる部位の脳予備能が減少し,その後に発症したADの比較的初期から,近時記憶障害とともにFTD様の前頭葉症状が出現した可能性が考えられる.
著者
浦野 雅世 石榑 なつみ 谷 永穂子 中尾 真理 三村 將
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
pp.17006, (Released:2017-08-25)
参考文献数
29

右半球病変で錯文法を呈した矯正右手利きの症例を報告した.呼称障害はごく軽微でありながら,自由発話/説明発話の別を問わず助詞の誤用が著明であり,脱落は皆無であった.逸脱語順や統語構造の単純化は明らかでなかった.理解面では語義理解は良好に保持されながらも,平易な会話の理解からしばしば困難を呈した.側性化の異なる失文法症例では統語的側面と形態論的側面の障害が共起しているのに対し,本例は形態論的側面のみに障害を呈しており,側性化の異なる失文法とは発現機序が異なると考えられた.本例の錯文法の発現は異常側性化に起因するものとであると推察された.