著者
中瀬 朋夏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.2, pp.61-64, 2014
被引用文献数
3

安全で有効性の高いがん治療戦略の開発において,漢方由来成分を用いた治療法がその重要性を高めている.経験的に古くからマラリアの特効薬として利用されてきたアルテミシニンとその誘導体は,キク科の植物であるセイコウ(<i>Artemisia annua</i> L.)から分離されたセスキテルペンラクトンで,構造中のエンドペルオキシドブリッジ(-C-O-O-C-)と細胞内鉄イオンが反応し,フリーラジカルを生成する.近年,トランスフェリン受容体が高発現し鉄イオンを豊富に含有するがん細胞に対して,アルテミシニンの細胞毒性が極めて高いことが注目されている.筆者は,トランスフェリンの<i>N</i>-グリコシド鎖にアルテミシニンを修飾したがん標的アルテミシニンが,アポトーシスを介して,がん細胞に特異的な抗がん活性を示すことを明らかにした.さらに,抗がん薬の効果は細胞内環境の影響を大きく受けることから,がん細胞内の酸化ストレスやエネルギー産生を制御することで,アルテミシニン誘導体の効果を操る手法を開発した.その結果,酸化ストレス耐性のがん細胞に対して,抗酸化促進機能を担うシスチントランスポーター活性を抑制することにより,アルテミシニン誘導体の細胞毒性効果を増強できることが明らかになった.漢方由来成分の効果を最大限に発揮するため,がん標的送達システムや細胞内環境を調節・維持するトランスポーターを制御できる薬剤学的手法を駆使して,今後,臨床応用へ向けたさらなるがん治療戦略の開発を期待する.
著者
中瀬 朋夏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.2, pp.61-64, 2014 (Released:2014-02-10)
参考文献数
20
被引用文献数
1 3

安全で有効性の高いがん治療戦略の開発において,漢方由来成分を用いた治療法がその重要性を高めている.経験的に古くからマラリアの特効薬として利用されてきたアルテミシニンとその誘導体は,キク科の植物であるセイコウ(Artemisia annua L.)から分離されたセスキテルペンラクトンで,構造中のエンドペルオキシドブリッジ(-C-O-O-C-)と細胞内鉄イオンが反応し,フリーラジカルを生成する.近年,トランスフェリン受容体が高発現し鉄イオンを豊富に含有するがん細胞に対して,アルテミシニンの細胞毒性が極めて高いことが注目されている.筆者は,トランスフェリンのN-グリコシド鎖にアルテミシニンを修飾したがん標的アルテミシニンが,アポトーシスを介して,がん細胞に特異的な抗がん活性を示すことを明らかにした.さらに,抗がん薬の効果は細胞内環境の影響を大きく受けることから,がん細胞内の酸化ストレスやエネルギー産生を制御することで,アルテミシニン誘導体の効果を操る手法を開発した.その結果,酸化ストレス耐性のがん細胞に対して,抗酸化促進機能を担うシスチントランスポーター活性を抑制することにより,アルテミシニン誘導体の細胞毒性効果を増強できることが明らかになった.漢方由来成分の効果を最大限に発揮するため,がん標的送達システムや細胞内環境を調節・維持するトランスポーターを制御できる薬剤学的手法を駆使して,今後,臨床応用へ向けたさらなるがん治療戦略の開発を期待する.
著者
中瀬 朋夏 髙橋 幸一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.3, pp.130-134, 2015 (Released:2015-09-10)
参考文献数
21

生薬・植物由来の化学物質フィトケミカルは,経験的に優れたがん抑制作用を持つことが知られていたが,近年,がん予防・治療に対するエビデンスが明らかにされてきた.なかでもセスキテルペノイド類については,日本で急激に増加している乳がんに対して,抗がん作用機序の解明や,ナノテクノロジーを用いたがん組織への送達技術の開発が進み,安全で有効性の高い乳がん治療戦略の開発が注目されている.欧米で関節炎や偏頭痛の治療に使われているフィーバーフューというナツシロ菊の葉や花から抽出された主成分であるパルテノライド(PLT)は,転写因子NFκBの作用を強力に阻害する結果,オートファジーを伴う細胞死を誘導し,抗がん作用を発揮する.近年,PLTはまた,選択的にがん幹細胞増殖抑制作用を持つ小分子化合物として初めて同定され,がん幹細胞の撲滅による新しい乳がん治療法に有用である可能性が明らかにされた.他のセスキテルペノイド類においても,構造中のendoperoxide bridgeと鉄イオンとの反応によりフリーラジカル産生能力を持つマラリア特効薬,アルテミシニンやその誘導体において,がん細胞選択的な細胞毒性作用を発揮する.さらに,アルテミシニン誘導体の機能を維持したまま,がん組織への集積性と細胞内送達効率を高めたpH感受性アルテミシニン誘導体を内包するナノ粒子製剤が開発され,乳がん担がんマウスにおいて,高い腫瘍形成抑制作用が示された.薬理学的研究から臨床応用へ向けた薬剤学的な観点を含めた多角的なフィトケミカルのがん研究によって,安全で有効な乳がん治療法の開発が期待される.
著者
中瀬 朋夏
出版者
武庫川女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2018-04-01

これまで、本研究課題において、乳がん悪性化進展のプロセスには亜鉛シグナルが重要で、その標的分子のひとつとして低酸素誘導性因子Hypoxia-inducible factor-1 (HIF-1)を明らかにしてきた。本年度は、乳がん細胞の低酸素環境適応能力の発揮における亜鉛イオンの機能的役割と亜鉛イオンを介したHIF-1の制御機構の解明に取り組んだ。低酸素環境条件下におけるエストロゲン受容体陽性ヒト乳がん細胞MCF-7の生存能力は、HIF-1αの活性と強く相関した。そのHIF-1αの活性は、細胞内亜鉛イオン濃度に依存した。さらに、ジンクフィンガードメインを持ち、HIF-1の安定化と機能に密接に関与することが報告されているMetastasis-associated gene‐1 (MTA-1)は、低酸素環境条件下で、HIF-1αの活性化とともに高発現し、その発現量は細胞内亜鉛イオン濃度に比例した。低酸素環境条件下における細胞内亜鉛イオンの供給には、MCF-7の細胞膜ならびに細胞内のオルガネラ膜上に局在する亜鉛トランスポーターの発現比率が重要であることを、亜鉛トランスポーターのノックダウン実験から明らかにした。以上より、MCF-7の低酸素環境適応性には、細胞内亜鉛イオンとその制御分子である亜鉛トランスポーターが必要であり、亜鉛イオンのターゲット分子としてMTA-1が関与している可能性が示唆された。本年度は、亜鉛シグナルの解析として、低酸素環境適応における亜鉛イオン(Zn2+)を介したHIF-1の制御機構の一端を明らかにすることができた。乳がん細胞における亜鉛の役割から、乳がん悪性化進展に大きく関与する低酸素環境適応性に迫った研究はこれまでになく、乳がん治療の新戦略開発に有益な知見である。