著者
武 洲 中西 博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.150, no.3, pp.141-147, 2017 (Released:2017-09-09)
参考文献数
30
被引用文献数
3 3

アルツハイマー病の原因として「アミロイドカスケード仮説」が広く支持されている.しかし,これまでこの仮説に基づいてアミロイドβ(Aβ)とその関連分子を標的とした多くの薬剤が開発されてきたが,未だ臨床試験によってその効果が証明された根本治療薬(疾患修飾薬)は得られていない.最近,以前から提唱されていたアルツハイマー病の「脳炎症仮説」ならびに「感染症仮説」に新たなエビデンスも加わり,再び注目されるようになってきた.脳炎症に関与するミクログリアの増殖や生存に必要なコロニー刺激性因子1受容体キナーゼに対する阻害薬がアルツハイマー病モデルマウスにおける学習・記憶障害を予防することが発見され,慢性的脳炎症がアルツハイマー病の進行に伴うものではなくその原因となることを示した.一方,アルツハイマー病患者の剖検脳においてウイルス,細菌ならびに真菌などの病原性微生物が検出され,Aβが感染に対する自然免疫としての役割を果たしている可能性も示唆されている.さらに最近,歯周病菌であるジンジバリス菌のリポ多糖類や主要なプロテアーゼであるジンジパインがミクログリアの活性化を介して慢性的脳炎症を誘引し,認知機能障害に関与することが示唆されている.今後,アルツハイマー病の予防法ならびに根本治療法の確立を目指し,「脳炎症仮説」ならびに「感染症仮説」を再評価するとともにこれらの仮説に基づいた創薬も重要になると考えられる.
著者
江頭 伸昭 三島 健一 岩崎 克典 中西 博 大石 了三 藤原 道弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.1, pp.3-7, 2009 (Released:2009-07-14)
参考文献数
47
被引用文献数
1

アルギニンバソプレシン(AVP)は古くから下垂体後葉ホルモンとして体液および循環系の恒常性の維持に重要な役割を果たしていることが知られている.AVPの受容体は,V1a,V1bおよびV2受容体の3つのサブタイプに分類されており,特にV1aおよびV1b受容体は大脳皮質や海馬など脳内に広く分布していることから,中枢における役割が注目されている.そこで本稿では,V1aおよびV1b受容体欠損マウスを用いた著者らの研究成果を紹介するとともに,精神機能におけるバソプレシン受容体の役割に関する最近の知見について報告する.バソプレシン受容体は,統合失調症,自閉症,うつ病,不安障害,摂食障害など様々な精神疾患との関与を示唆する知見が多数報告されており,その影響にはストレス反応の変化が一部関わっていることが推察される.また,V1aおよびV1b受容体欠損マウスを用いた検討から,バソプレシン受容体がストレスや情動行動,社会的行動,情報処理,空間学習などに関与していることが明らかとなった.一方,V1aおよびV1b受容体の選択的な拮抗薬の精神作用についても報告されている.今後,これらの研究結果を踏まえて,精神機能におけるバソプレシン受容体の役割が解明されれば,精神疾患の予防および治療のための戦略に新たな展開が期待できるものと考えられる.
著者
山本 健二 浅尾 哲次 赤峰 昭文 中西 博 TETSUJI Asao 浅尾 哲治
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1997

歯周病の主要な病原性細菌Porphyromonas gingivalis(以後ジンジバリス菌)は自身の生存戦略に必須の物質として2つの主要なシステインプロテアーゼArg-gingipain(Rgp)とLys-gingipain(Kgp)を産生している。両酵素は細胞内外に存在し多様な機能を果たしている。細胞外にあっては、両酵素は歯周組織を直接したり、宿主の生体防御機構を破壊したりして歯周病原性を発現する一方、菌体にあっては自身の成長・増殖に必須のヘムやアミノ酸の獲得や菌体表層蛋白質の具プロセシング、血球凝集素活性やヘモグロビン結合活性などに強く貢献していることが明らかにされた。本研究の目的は、両酵素のこうした多様な機能の詳細な機能の解明を通じて、これらを薬物標的とした創薬研究を推進することにあった。とくに本研究では、Rgpに対する特異的な天然ならびに人工の阻害剤が探索され、それらの有効性を検定するとともに歯周病治療薬として実用化していくための具体的な方法論が検討された。天然の阻害物質としては、土壌の放線菌FA-70株の培養物中に本酵素活性を阻害する物質(FA-70C1と命名)を同定・単離し、構造を決定した。本物質は構造式C_<27>H_<43>N_9O_7で表され、分子量606の新規物質であった。またヒト唾液中にRgpを阻害する物質としてヒスタチンが同定された。ヒスタチンを含む宿主蛋白質のRgpによるペプチド結合の切断特異性に基づいて10種類以上のオリゴペプチドが合成され、その中から、Rgpを強く阻害するトリペプチド化合物(KYT-1と命名)を見出した。FA-70C1およびKYT-1はともにRgp活性を10^<-8>Mで80%以上阻害するのに対し、宿主のシステインプロテアーゼのカテプシンB、L、K、Sは同じ濃度で50%以下の阻害しか示さなかった。また、両阻害剤はRgpがもつコラーゲン分解能や免疫グロブリン分解能を強く阻害した。