- 著者
-
井上 武夫
- 出版者
- 日本鱗翅学会
- 雑誌
- 蝶と蛾 (ISSN:00240974)
- 巻号頁・発行日
- vol.51, no.2, pp.111-116, 2000-03-31
ベアティフィカアグリアスの後翅裏面には黒色斑が列をなし,外縁から第2列目の黒色斑は円形で内部に白色または青色の小斑点をともない,眼とひとみに例えられている.第2室から7室までの眼状紋には1個,1b室の眼状紋には2個の白色斑点が通常認められる.眼状紋の大きさは各個体では7個がほぼ同じであるが,亜種間では異なり,ベアータ亜種とスタウディンゲリ亜種は小さく,ベアティフィカ亜種とストゥアルティ亜種では大きい.白や青の小斑点をもたない極めて小さな眼状紋をペルー産4頭の雄に認めたので報告する.写真1-4は1996年7月15日にサティポ近郊のシャンキで採集された雄で,後翅赤色斑は基部に限られ,典型的なベアータ亜種である.7個の眼状紋はかなり小さいが,1b室と2室の眼状紋は特に小さい.ベアータ亜種では1b室の眼状紋が2個に分離している個体を半数に認めるが,この個体では一個の黒点しか認めない.拡大写真では左右の1b室眼状紋の辺縁に白色鱗粉が認められるが,中心部には認めない.第2室の眼状紋は7個の中では最も小さい.右側の拡大写真では黒線が交差しているだけで,円とは遠くかけはなれた形状をしている.左側のは虫が描かれたようで,円形とは言い難い形状をしている.写真5-8は1996年8月5日にチャンチャマーヨ(中部ジャングル地帯)コロラド河流域で採集された雄で,後翅赤色斑は基部に限られ,典型的なベアータ亜種である.7個の眼状紋はかなり小さいが,2,4,6室の眼状紋は特に小さい.1b室の眼状紋は2個に分離しており各々に青色小斑を認める.第2室の眼状紋は7個の中では最も小さい.右側の拡大写真では2-4室の眼状紋の辺縁に白色鱗粉が認められるが,中心部には白も青も認めない.左側の2室眼状紋には白の小斑が中心近くに認められるが,4室の白色鱗粉は眼状紋の辺縁にのみ見られる.写真9-12は1994年2月4日にペバス近郊アンピヤック河流域で採集された雄で,後翅鮮紅色斑は第4列黒色斑の内側まで拡がり,中室には2個の黒色斑の痕跡が認められ,典型的なベアティフィカ亜種である.2-4室の眼状紋は他と比べ2分の1以下であり,ひとみを認めない.右側の拡大写真ではやや大きい2室の眼状紋中心に,少数の青色鱗粉からなるひとみが認められる.3,4室の眼状紋の辺縁には白色鱗粉が認められるが,中心部には白も青も認めない.左側では4室眼状紋中心近くに白と青の鱗粉各1個が認められる.2室と3室の眼状紋には白も青も認めない.写真13-16は1985年8月21日にイキトス近郊イタヤ河流域で採集された雄で,後翅黄色斑は第3列黒色斑の内側まで拡がり,中室には黒色斑の痕跡が認められず,典型的なストゥアルティ亜種である.1b室の眼状紋は他と比べ3分の1以下であり,ひとみを1個しか認めない.右側の拡大写真では1b室の眼状紋は中央部でくびれ,外則部分には青色鱗粉に縁どられた白小斑が認められ,内側部分にも青色鱗粉が1個認められる.左側では1b室眼状紋は中央でほぼ2個の眼状紋に2分され,外側眼状紋には青色鱗粉に縁どられた白小斑が認められる.内側眼状紋は外側の半分以下の大きさしかなく,中心部分には白も青も認めない.しかし,その下部には白の切れ込みがあり,その上に青の鱗粉1個が認められるところから,通常の眼状紋が中心線で上下に2分され,下部が消失したと推測できる.ベアティフィカアグリアスの7個の眼状紋の形状は亜種間ではかなり異なる.著者が所有する137頭のベアータ亜種,36頭のスタウディンゲリ亜種,195頭のベアティフィカ亜種,107頭のストゥアルティ亜種をカラー写真にして比較した.1b室の眼状紋が2個に分離している個体は,各々全体の54%,39%,4%,4%であった.1b室の2個のひとみが全く認められない個体の比率は各々8%,6%,0%,0%であった.1b室のひとみが1個しか認められない個体の割合は各々6%,8%,0%,1%であった.眼状紋の形状は前2亜種間,後2亜種間では類似しており,異常型の出現頻度も似通っていたことから,各々は同一グループに属すと考えられる.後2亜種グループでは肉眼的にひとみを認めない個体は稀であるが,報告した第3と第4の個体以外では,写真を拡大すると眼状紋の中心に青色小斑を認めた.また,このグループで1b室にひとみが1個しかない個体は報告した第4の個体以外になく,極めて稀な変異と考えられる.7個の眼状紋の大きさが個体内で大きく異なることは極めて稀である.ベアータ亜種,スタウディンゲリ亜種の2亜種では,産地によって眼状紋の大きさは異なるが,ベアティフィカ亜種,ストゥアルティ亜種の2亜種のものよりかなり小さい.報告した第1と第2の個体の最小眼状紋の大きさは大差ないが,第3,第4の個体の最小眼状紋に比しかなり小さいのは,亜種グループが異なるためである.報告した4頭は,7個の眼状紋のいくつかが極めて小さく,その中心部に白や青の鱗粉を認めない点で稀な変異体であり,亜種を越えてparvulaocelli var.nov.と命名した.