著者
吉永 怜史 久保 健一郎 仲嶋 一範
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.120-125, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
45

ヒトがなぜ精神疾患にかかるのかを解明するためには,精神疾患の発生学的理解が重要である。大脳皮質だけとっても,ヒトは多くの領野が細胞構築的にも機能的にも分化しており,疾患脳において異なる病的意義を有している。脳発生にも領域差がありうる。しかし,脳発生の領域差についての知見は乏しい。脳全体が多様な細胞からどのようにできてくるかを徹底的に理解して初めて,脳に内包されている脆弱性を見極めることが可能になると考えられる。この脆弱性と疾患脳との因果関係を議論することにより,病態形成の理解につながると期待される。正常発生の深い理解から,精神疾患の病因研究を進化させることを提案する。
著者
小川 正晴 仲嶋 一範
出版者
理化学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1998

リーラーミュ-タントマウスの原因遺伝子産物Reelinを特異的に認識し、かつその機能を阻害する効果をもつ抗体CR-50を分取し、皮質ニューロンの配置がReelinによって制御されていることを明らかにしてきた。Reelinは分泌性のタンパク質で、Reelin同士がCR-50認識部位を介して会合体を作ること、この会合体形成がReelinの機能に重要であることを示した。突然変異マウスヨタリの解析からDab1遺伝子の変異によってもリーラーとほぼ同じ表現型を示し、L1レトロトランスポゾンがDab1遺伝子内に挿入された結果スプライシング異常がおこってDab1蛋白質が完全に欠損することを明らかにした。ReelinがCajal-Retzius細胞で作られ分泌されるのに対して、Dab1はこの細胞に隣接するニューロンに発現し、非受容体型のチロシンリン酸化酵素に結合してシグナル伝達に関係する蛋白質である。同じ表現型を示すことから、Dab1はReelinシグナル伝達の下流の要として細胞移動/配置に直接に関係している。細胞外分子のReelinを感知し、細胞内のDab1のリン酸化に連結するような機能をもつReelin受容体の存在が予想された。先にチロシンリン酸化酵素Fynと結合する新規カドヘリン型受容体(CNRs)が八木らによって見い出されていた。またFynの欠損マウスにおいても皮質構造に異常が認められていた。そこで、CNRsがReelinの受容体に該当する可能性が予想され、この点を検討した結果、CNRsが、Reeinの受容体であること、またその結合サイトを明らかにした。CNRsに加えて、膜蛋白質であるapoER2およびVLDLRもReelin受容体であることが明らかにされている。このような複数のReelin受容体がどのように協調して機能しているのか、またDab1の下流において、細胞の移動/配置に関わる要因について現在検討している。
著者
仲嶋 一範
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

大脳皮質層形成において必須の役割を有することが遺伝子変異マウスの解析等によって明らかであるにも関わらず、その生物学的機能が長年不明であるリーリンの移動神経細胞に対する機能を明らかにすることを目指した。これまでに、発生期大脳皮質に異所的にリーリンを強制発現することによって細胞凝集が誘導されることを見いだしたので、その詳細な解析を引き続き進めた。まず、受容体に結合できないリーリンを点突然変異で作成し、そのin vivoでの異所的強制発現を行ったところ、凝集塊は形成されないことを確認した。すなわち、細胞凝集は確かにリーリンとその受容体の結合を介した現象であることがわかった。次に、異所的凝集塊内において、遅生まれ細胞が早生まれ細胞を乗り越えて凝集塊の中心近くに配置される現象の特異性を検証するため、リーリン及びGFP発現ベクターを胎生14日で導入し、その後胎生16日にRFP発現ベクターとともにDab1のshRNA発現ベクターを導入した。その結果、Dab1がノックダウンされた赤色細胞(遅生まれ細胞)は緑色細胞(早生まれ細胞)による凝集塊の周辺に留まり、中心近くに向かって進入することはできないことがわかった。そこでさらに2種の既知のリーリン受容体(ApoER2及びVLDLR)についても同様の実験を行ったところ、やはり受容体がノックダウンされた遅生まれ細胞は凝集塊の周辺に留まった。以上より、リーリンは特異的なシグナル経路を使って移動神経細胞の凝集及び"inside-out様式"の細胞の配置を引き起こすことがわかった。