- 著者
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米地 文夫
佐野 嘉彦
- 出版者
- 岩手県立大学
- 雑誌
- 総合政策 (ISSN:13446347)
- 巻号頁・発行日
- vol.6, no.1, pp.63-75, 2004-09-30
宮沢質治の作品に頻出する「スケッチ」という語について、自然科学の立場から検討を加えた。賢治にとって「スケッチ」とは、自然科学におけるフィールドワークの「スケッチ」に類するものであった。一般には詩と呼ばれている賢治の「心象スケッチ」は、彼自身は詩ではなく、科学的な「スケッチ」であり、彼の心象に映じた心理学的世界像を科学的に記載し、後日の分析のための論料(証拠)としようとするものであった。賢治の「スケッチ」が描く世界は、現実の世界から彼の心象に投影されたものであり、賢治にとっては、真の世界像を構築するための論料(証拠)であった。 特に「心象スケッチ」の名のもとに書かれた作品における天空の表現を例にとりあげ、すなわち、賢治の「スケッチ」の特性の一端を明らかにした。すなわち、空や雲の色を、鉱物、特に宝石、貴石を比喩に用いて描写し、それによって色相のみならず、彩度や明度まで的確に表現しようとしたのである。そのような比喩は、一般の読者には難解で衒学的と受け取られがちである。しかしながら、賢治にとって、宝石、貴石などの名称を絵の具のように選んで用いるのは、科学的に最も的確に表現するために必要なスケッチ技法として、当然のことなのであった。