著者
阿部 由里 猪瀬 礼璃菜 藤原 聖史 兼子 伸吾 平塚 明
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.95-102, 2014-05-30

野生状態での存続が危ぶまれる水準にまで個体数が減少してしまった絶滅危惧植物において、栽培によって個体や系統を維持することは、その種の絶滅を回避する上で一定の意義がある。その一方で、近縁の外来種の混入による遺伝子汚染や種内の遺伝構造の攪乱等を生じる危険性があり、絶滅危惧植物の栽培集団の創出や維持管理については十分な注意が必要である。本研究では、岩手県内の各地に栽培されているアツモリソウの遺伝的多様性を把握するために、葉緑体DNAのtrnL-F遺伝子間領域および核DNAのITS領域の塩基配列について解析を行った。今回の解析により、遠野市においてアツモリソウとして栽培されていた集団内の1個体においては、葉緑体DNAおよび核DNAの双方において他個体のアツモリソウとは明確に異なる塩基配列が検出された。この塩基配列は、中国固有のC. yunnanenseかC. franchetiiもしくはC. calcicolaと同一もしくは類似しており、中国原産の外来種が混入していると推定された。当該集団における他の個体についても、網羅的に今回の研究と同様の解析を行い、他地域からの混入が疑われる個体を明らかにしたうえで、管理方針を検討、実施する必要がある。
著者
三浦 修 平塚 明
出版者
岩手県立大学
雑誌
総合政策 (ISSN:13446347)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.411-428, 2004-03-31

かつて生活や生産のための資源として利用され管理・維持されてきた里山が、現在いろいろな方面から注目され、その保全のための研究、管理の実践運動、地域資源としての景観評価が試みられている。 ほぼ80年前に活躍した宮沢賢治は多くの文学作品を残したが、そこには、その後岩手県域でリストアップされた希少植物も登場する。その多くは草地、二次林、溜め池、河川などの里山に生育していた植物である。 作品中の希少種を手掛かりとして、1910年代後半から1920年代の岩手県における、草地を中心にした里山植生のダイナミズムを復元した。この80年間に植生が大きく変化した原因は、人々の生活と生産が里山依存を弱めた結果、植生管理が放棄されたことにある。シバ草地やススキ草地の遷移により、遷移初期相に適応した植物(オキナグサ、キキョウ、オミナエシなど)が衰退し、消滅した。また、サクラソウは管理が放棄された薪炭林や農用林の林冠層が発達した結果、林床の光環境が悪化して衰退した。
著者
米地 文夫 三浦 修 平塚 明
出版者
岩手県立大学
雑誌
総合政策 (ISSN:13446347)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.391-409, 2004-03-31

宮沢賢治の作品にしばしば登場する「標本」と「証拠」という語について、自然科学の立場から検討を加えた。自然愛好家であり教師でもある賢治は、「標本」を、展示用、教材用の見せる「もの」としての「標本」sampleと考えていた。彼は本質的に研究者ではなく、彼の「標本」には, 研究者がより重要と考える《研究の材料、研究の保証となる証拠としての「標本」specimen》は含まれていなかった。「標本」specimenを、研究者は「こと」を説明する科学的な「証拠」voucherとして用いる。しかし賢治はこれらは「標本」と呼ばず、「証拠」と書いている。賢治は一種の不可知論者でもあったので、学者が挙げる「証拠」が描く世界像は、時代とともに変わると考えていたのである。
著者
細谷 昂 米地 文夫 平塚 明 佐野 嘉彦 小林 一穂 佐藤 利明 劉 文静 山田 佳奈 吉野 英岐 徳川 直人
出版者
岩手県立大学
雑誌
総合政策 (ISSN:13446347)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-73, 2004-01-16

中国河北省〓台市〓台県の前南峪村は、1995年以来「前南峪経済試験区」となって、模範村として全国的にも注目されるにいたっている。その理由は、(1)「生態農業」を、(2)集体経営で実施し、成功を収めたからである。つまり、(1)村を取り囲む山地に、栗やりんごなどを植林して緑化し、洪水を防ぎながら、果樹作によって経済的にも村を豊かにしたのである。しかも(2)これらの事業を、村全体の集体経営としておこなっている。人民公社時代の集体農業の非効率性を解決するために、中国では生産請負制を導入した。その具体的なやり方はさまざまであったが、一般的には、土地を個人に分配して請け負わせるという、個別化の道であった。しかし前南峪では、村民のきびしい議論を経て集体経営の道を選び、成功したのである。現在では、この集体経営のなかに工業をも導入し、その収入が畑作や果樹作を上回るにいたっている。しかし、(1)環境保全と生活の向上との両方を追求してきた「生態農業」が、経済発展のいっそうの追求のなかで環境破壊に至るのではないかという問題、そしてまた(2)集体経営におけるる「個と集団」の問題が、生活水準の向上、とくに学歴水準の向上によって「個の」自己主張という形で顕在化するのではないかという問題を抱えていることを見逃すわけにはいかない。
著者
安島 美穂 津田 智 平塚 明
出版者
植生学会
雑誌
植生学会誌 (ISSN:13422448)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.15-21, 2000
被引用数
3 or 0

&nbsp;&nbsp;1.岩手県釜石市東前地区のスギ林で1987年4月22日に発生した山火事跡地の焼失半年後と焼失1年半後,および対照地で埋土種子集団を調査し,山火事後の埋土種子集団の変化を明らかにした. <BR>&nbsp;&nbsp;2.対照地の埋土種子密度は1862.4粒/m^2で,スギが圧倒的に多く,そのほかタチツボスミレ,ヨウシュヤマゴボウなど30種が検出された. <BR>&nbsp;&nbsp;3.焼失当年の土壌サンプルからは8種, 1280.0粒/m^2の種子が検出されたが,粒数の85.3%はツユクサが占め,スギの種子は検出されなかった. <BR>&nbsp;&nbsp;4.焼失翌年の埋土種子集団は,密度は前年と同様だったが,種数は20種に増加した. <BR>&nbsp;&nbsp;5.焼失翌年には,焼失当年に著しく増加したツユクサが減少し,焼失以前に比較的多数含まれていたスギなどの種が増加の傾向を示した. <BR>&nbsp;&nbsp;6.火事後2年目の埋土種子集団には,撹乱直後に成立した群落構成種により生産された種子とともに,周辺の非撹乱地から散布された種子が参入することが明らかになった.