著者
八幡 雅彦
出版者
別府大学短期大学部
雑誌
別府大学短期大学部紀要 (ISSN:02864991)
巻号頁・発行日
no.31, pp.53-66, 2012-02

紛争、和平プロセス、和平合意と社会の変化に伴って北アイルランド小説のテーマも変遷を遂げてきた。1970年代から1990年代にかけては「紛争小説」が書かれ、1998年のベルファスト和平合意前後からは、紛争を振り返りながら和平の過程の中で生きる人間の姿を描いた小説が書かれ始めた。そして2000年を過ぎてからは、紛争は背景に置いただけの、日常的な人生体験をテーマにした小説が書かれ始めた。シャロン・オウエンス『マルベリー通りの喫茶店』(2003)は、ベルファストのある喫茶店の常連客たちの様々な人生体験を描いた。苦難を乗り越えて新たな人生を踏み出す彼らは、北アイルランド内外の多くの読者たちの共感を呼び、「北アイルランドは紛争が終わったら書くべき題材は無くなる」というメディアや批評家たちの見解を一蹴した。また彼らの新たな人生は、平和と発展に向けて歩み始めた北アイルランドのメタファーと見なすこともできる。そして登場人物の女性たちは、紛争小説に見られた受動的な女性たちとは違った能動的な女性たちである。The themes of Northern Irish fiction have changed as Northern Irish society has witnessed events such as the Troubles and the peace process. The so-called "Troubles novels" were written from the 1970s until the 1990s. Since a few years past 2000, novels of which the main themes are people's simple experiences of living have been coming out.The Tea House on Mulberry Street (2003)by Sharon Owens is a novel about various experiences of living of the customers in a Belfast tea house. The new lives which they have attained after overcoming many hardships can be regarded as a metaphor for Belfast which is now on her way to peace and development after overcoming the Troubles.Another characteristic of the novel is the appearance of active women, which presents a striking contrast to passive women appearing in many Troubles novels.
著者
バーミンガム ジョージ・A 八幡 雅彦
出版者
別府大学短期大学部
雑誌
別府大学短期大学部紀要 = Bulletin of Beppu University Junior College (ISSN:02864991)
巻号頁・発行日
no.36, pp.123-130, 2017-02

近年、第一次世界大戦とアイルランドの係りに関する研究が盛んで、この戦争を描いたアイルランド文学作品が見直されつつある。北アイルランド出身の小説家ジョージ・A・バーミンガム(George A. Birmingham,1865-1950、本名ジェイムズ・オウエン・ハネイJames Owen Hannay)は、第一次世界大戦で従軍司祭として志願し、フランスで戦うイギリス陸軍に随行した。その時の体験は回想録『フランスの従軍司祭』(A Padre in France ,1918)にまとめられている。また第一次大戦とアイルランド独立戦争を題材とした短篇小説集『我々の犠牲者』(Our Casualty and Other Stories ,1919)を出版した。両作品とも兵士たちの人間性、死と向き合う心理を映し出した知られざる戦争文学の名作であると言えよう。短編小説「意中の娘」("His Girl")は『我々の犠牲者』に収められた1篇で、第一次世界大戦を題材としたユーモア、悲哀、人間性に富んだ作品である。バーミンガムの本質を示す作品として、また後世に伝えられるべき名作としてここに翻訳紹介する。
著者
八幡 雅彦
出版者
別府大学短期大学部
雑誌
別府大学短期大学部紀要 (ISSN:02864991)
巻号頁・発行日
no.34, pp.89-99, 2015-02

ジョージ・A・バーミンガムの演劇『ジョン・リーガン将軍』(1913)はロンドン、ニューヨークで上演された時大成功を収めた。しかし翌年、この作品の舞台とみなされているアイルランド西部の町ウェストポートで上演された時、「アイルランド人を侮辱した」と多くの観客から誤解され、暴動が起き劇は途中で中止に追い込まれ、20人以上の逮捕者が出るというアイルランド演劇史上最悪の事件となった。この作品を高く評価した作家に、後にノーベル文学賞を獲得し世界文学史上に永遠に名前をとどめているジョージ・バーナード・ショーがいる。バーミンガムもショーもアイルランドの生れであるが、もともと祖先はイギリスのプロテスタント教徒であった。『ジョン・リーガン将軍』とショーの『ジョン・ブルのもうひとつの島』(1904)はともにアイルランドとイギリスの関係を扱った演劇であり、アイルランドに対する彼らの複雑な感情と愛着が表現されている。本稿ではショーがバーミンガムに宛てた手紙とふたつの演劇の論考を通して『ジョン・リーガン将軍』の再評価を試みる。
著者
八幡 雅彦
出版者
別府大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

日本では北アイルランドの小説は演劇と詩に比べて研究されることが少ないが、ジョージ・A・バーミンガムとグレン・パタソンを中心に北アイルランド小説の研究を続け、その普遍的な意義と価値を解明した。バーミンガムの多くの作品は、深い意味を持たない軽いユーモア小説と見なされる傾向にあるが、実際には彼の深いキリスト教的寛容と博愛に基づいて、人間同士の融和に必要なものは何かを訴えかけている。一方、パタソンの小説は、北アイルランドのナショナリスト(アイルランド派)とユニオニスト(イギリス派)の対立というローカルな問題を描く一方で、北アイルランドの持つコズモポリタン的な普遍性を示しているということを実証した。
著者
八幡 雅彦
出版者
別府大学短期大学部
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

当科研費受給者の当初の研究課題は、「北アイルランドの小説家たちがナショナリズムとユニオニズムの対立をどのように描き、どのような解決策を呈示しているか」という、北アイルランド内部に限った局所的なことであった。しかし研究を通して明らかになったのは、北アイルランドの小説家たちはこの対立問題の描写を通して、そしてまたそれ以外の事象の描写を通して、世界に通じる普遍的な価値を有する作品を書き続けているということであった。ジョージ・A・バーミンガムがSpanish Gold(1908)、General John Regan(1913)、Good Intention(1945)等のユーモア小説を通して訴えているのは「何事も深刻に考えすぎるべきではない。いかなることの中にも『笑い』の要素を見出すことが肝要だ」という、人間のあらゆる対立問題の解決に当てはまる哲学的真実である。そして、対立問題の解決のために八面六管の大活躍をする彼の小説の主人公たちは、「自己犠牲精神」というキリスト教倫理を備えており、アイルランド国教会牧師でもあったバーミンガムの倫理観を具現していると言えよう。今後は、The Wisdom of Desert(1904)、Isaiah(1937)等、バーミンガムの著したキリスト教に関するエッセイを精読することにより、彼のキリスト教倫理と小説の関係を追究する予定である。北アイルランドには、現代小説家たちのうちにも、バーナード・マクラヴァティーやグレン・パタソンら優れた作家がいる。パタソンはNumber5(2003)、That Which Was(2004)等を通して、ベルファーストの様々な姿を呈示し、ナショナリズムとユニオニズム以外の価値観を模索している。その意味ではバーミンガムに通じるものがあり、「パタソンとバーミンガムの作品を読み比べてみる価値がある」というマイケル・パーカーの指摘の正しさを裏付けている。次作The Third Party(2007)では、日本を旅する北アイルランド人を描き、パタソンの小説はさらに広がりを見せる。2003年には今までの研究を『北アイルランド小説の可能性-融和と普遍性の模索-』(渓水社)と題した一冊の研究書にまとめた。今後は、バーミンガムの評伝(英文)の出版を第一目標に置いて研究を続ける予定である。またパタソンのいずれかの作品を翻訳出版したい。さらには、ジョイス・ケアリーやC・S・ルイスのような、北アイルランド出身で、イギリスで名を成した作家たちも取り上げ、北アイルランド小説の奥の深さを明らかにしたい。
著者
八幡 雅彦
出版者
別府大学短期大学部
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

ジョージ・A・バーミンガム(1865-1950)を中心に北アイルランド小説の普遍的意義と価値を解明した。バーミンガムの初期のふたつの小説が巻き起こした論争がいかにアイルランドの歴史を揺り動かしたかを分析し、そしてこの騒動によってバーミンガムは、人々の融和のためにはユーモアが不可欠という普遍的真理を備えた小説を書くに至ったことを実証した。北アイルランド小説の新たな展開に関しては、グレン・パタソン(1961-)、シャロン・オウエンス(1968-)らの小説が、紛争に囚われぬ新しい姿の北アイルランドを描き、どのようなグローバル性を備えているかを提示した。