著者
北原 モコットゥナシ
出版者
北海道大学アイヌ・先住民研究センター
雑誌
アイヌ・先住民研究 (ISSN:24361763)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.3-33, 2023-03-01

本稿では、アイヌ民族の就労・学習環境のうち、大学組織を例にマイクロアグレッションの態様と対策を検討する。大学におけるマイクロアグレッションは、教職員から同僚へ、教職員から学生へというケースに加え、学生から学生へ、学生から教職員へというケースも存在する。学生の認識が形成された過程について本稿では詳しく検討していないが、言動の内容としては教職員が発するものと酷似していること、一部に保護者や教職員を含む社会の認識を取り込んだ経験が語られていることから、学生の発話は社会全体の認識を映していることが予想される。大学を構成する者に、マイクロアグレッションのタイプや発生過程、その影響、眼前で発生した際の効果的な介入を啓発することで、予防や事後的な対応が可能になると考えられる。
著者
北原 モコットゥナシ
出版者
北海道大学アイヌ・先住民研究センター
雑誌
アイヌ・先住民研究 (ISSN:24361763)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.103-140, 2022-03-01

アイヌ民族を巡る諸実践の中では「アイヌとは誰か」が問われることがある。このように問うことは、同時に(あまり意識はされないが)和人とは誰かをも問うことになる。そうした当事者性は、人によっては自明のものとされ、あるいは微妙な問題とされ、正面から議論されてこなかった。特に、和人性について問うことは、しばしば強く拒絶される。また、アイヌ性についても、十分検討されたことがなく、当事者間で混乱や衝突が起こることもある。アイヌ・和人のいずれも、明確な定義はなく、またどのような定義からも漏れる者がいる可能性がある。 ただ、定義はおくとしても、マジョリティの地位に立つ者がいることは事実であり、その立場を「和人」と名づけることは重要である。そして和人性を問うことなく、議論から離脱することは、アイヌや他の民族的マイノリティが抑圧されている現状を支持することに繋がる。 こうした問題意識に立ち、本稿では3つの点を取り上げた。第1節では和人の当事者性を語ることの困難と、必要性について論じた。第2節では、アイヌの当事者性を意識させる要素について整理して例示し、家族としての(血縁を必須とはしない)繋がりが重要であることを述べた。いっぽう、体質についてのネガティブな見方や健康上の問題、貧困などは、現状では民族的アイデンティティと密接な関係にあるが、民族性を超えてより広く当事者性を設定できることを論じた。第3節では、野口(2012)の議論を元に当事者性の絶対化・相対化の意義を論じた。当事者性は固定的なものではなく、様々な局面で議論の目的によって戦略的に固定化・相対化しつつ設定される。同時に、アイヌ社会の一員であっても、当事者的要素の多くを持たないこともある。こうした多様な経験を持つアイヌの代表性を考える際、様々な属性をトータルに代表しうる者は想定しにくく、問題の局面ごとに、最も周縁に置かれている(問題に直面している)人々の声が聞かれるべきであることを述べた。 付論Aでは文化の真正性について検討した。文化的な実践の場ではアイヌ文化の「正しさ」が語られることが頻繁にあり「正しいアイヌ文化」を保持していることが、アイヌの当事者性を示すと理解されることもある。そこで、この領域の先行研究を紹介しつつ真正性を考える際の論点を整理した。 また、マジョリティによる無意識の抑圧的な言動や、当事者性をめぐって疎外が生じる局面について、具体的な事例に即して理解できるよう、当事者同士の対談を付論Bとして収録した。
著者
北原 モコットゥナシ
出版者
北海道大学アイヌ・先住民研究センター
雑誌
アイヌ・先住民研究 (ISSN:24361763)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.7-34, 2021-03-01

本稿では、先住民研究において重要な知見を提供してきた歴史的トラウマ概念を取り上げ、アイヌ民族研究における有効性を考える。現代のアイヌ民族の文化状況は、近代のそれとは大きく変化し、偏見や差別を引き起こす文化的差は減少してきていると考えられる。その反面、民族性の違いに起因する疎外感やアウティング(属性の暴露)に対する恐怖といった状況はそれほど変化しておらず、それがアイヌのとしての自己肯定感を持ちにくい状況を生んでいる。歴史的トラウマと、スティグマの概念を導入することによって、こうした状況の説明が可能になる。 次に、トラウマを可視化することと、その解消が研究上・政策上の課題であることを述べる。従来のアイヌ政策では、こうした悲嘆・トラウマの存在やその治癒が意識されないか、軽視され、もっぱら文化振興に重心がおかれてきた。文化の喪失とトラウマは、連動してはいるけれども完全には重ならず、文化を回復すれば差別による問題も解消するわけではない。今後の政策においては、文化復興とは別にトラウマの解消に取り組むこと、その際、他の差別やハラスメントにおける加害防止プログラムなどを参照すべきことを提言する。
著者
佐藤 知己 北原 モコットゥナシ イヤス シリヤ
出版者
北海道大学アイヌ・先住民研究センター
雑誌
アイヌ・先住民研究 (ISSN:24361763)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.75-101, 2022-03-01

本稿は北海道大学が作成・配布する「北大キャンパスマップ」に掲載される学内諸施設の名称をアイヌ語訳する作業の過程および訳案と、作業過程での議論をまとめて記録し、今後に残すものである。既存の語彙にない表現の翻訳としては、ウポポイ(民族共生象徴空間)で行われて来た展示・表示のアイヌ語化と通じるところがある。ただし、ウポポイでは日本語表現もアイヌ民族を主体とする表現を検討する余地があったが、本作業は和人を主体として長年使用されて来た語句を如何にアイヌ語化するかという視点を含んでおり、よりラディカルな形で脱植民地化というテーマに接近したものとなった。そのため、一致点を容易に見いだせず、狭義の言語学的翻訳論における議論のみでは不十分であることが浮き彫りにされた。なお、作成の過程では和人研究者(佐藤)とアイヌ民族に出自を持つ研究者(北原および複数名)が協議し、それぞれの立場からの議論を行ったが、議論は主として、現在用いられている日本語名称をアイヌ語訳する際の言語学的な精緻化、およびアイヌ民族の視点を反映させた訳の検討、そうした視点の必要性の3点について行った。なお、参考のために海外の同様の事例も検討することとし、サーミ語とフィンランド語の事例について、寄稿を受けて紹介することとした。本稿はこれらの議論を踏まえ、1から3は佐藤が、4はイヤスが、5から9は北原が執筆した。