著者
大石 里歩子 前田 大成 北村 俊平
出版者
特定非営利活動法人バードリサーチ
雑誌
Bird Research (ISSN:18801587)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.A1-A14, 2020 (Released:2020-05-10)
参考文献数
49

種子散布とは種子が親個体から離れて移動することであり,風や水などの媒体を利用する風散布や水散布,鳥類や哺乳類を媒体とする動物散布などがある.サトイモ科テンナンショウ属の多くは秋に赤色の液果をつける.本研究では,自動撮影カメラをもちいてカントウマムシグサ Arisaema serratum の果実消費者とその持ち去り量を3年間にわたり調査し,その量的に有効な種子散布者を解明することを目的とした.さらに量的に有効な種子散布者が散布した種子の発芽実験を行ない,質的な有効性についても検討した.調査は石川県農林総合センター林業試験場と金沢大学角間キャンパス里山ゾーンで行なった.カントウマムシグサの果実を利用する動物を調べるため2013年秋から2016年春にかけて自動撮影カメラを設置した.計60個体(2013年:11個体,2014年:20個体,2015年:29個体)のカントウマムシグサについて果実持ち去り動物を記録し,動物種毎の訪問頻度と持ち去り量を計数した.果実を採食した鳥類の訪問頻度の上位3種は,シロハラ180回(47%),ヒヨドリ118回(30%),コマドリ40回(10%)だった.果実の持ち去り量の上位3種は,ヒヨドリ573個(31%),シロハラ481個(26%),トラツグミ98個(5%)だった.ヒヨドリが散布した種子の発芽率は100%(N=129),シロハラが98.8%(N=163),種子をそのまま播種した場合が97.1%(N=834)で,有意差は見られなかった.異なる調査地で3年間を通して,訪問頻度と果実持ち去り量が上位であったヒヨドリとシロハラはカントウマムシグサの量的に有効な種子散布者と考えられた.さらにヒヨドリとシロハラは発芽能力のある種子を数十メートルの範囲内に散布する可能性があることから,質的にも有効な種子散布者である可能性が高いと考えられた.
著者
中川 皓陽 北村 俊平
出版者
特定非営利活動法人バードリサーチ
雑誌
Bird Research (ISSN:18801587)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.A55-A68, 2017 (Released:2017-12-07)
参考文献数
66

本研究では自動撮影カメラを利用して,中部日本のスギ林における常緑低木ヒメアオキの果実消費者とその持ち去り量を記録し,ヒメアオキの量的に有効な種子散布者を特定することを目的とした.2015年4月に石川県林業試験場内のスギ林に4箇所の調査区を設定した.ヒメアオキ51個体980個の結実数を計数し,週一回,樹上に残る果実数を記録した.さらにヒメアオキ28個体に自動撮影カメラを設置し,樹上353個と落果75個の計428個の果実を持ち去る動物を記録した.調査開始から1週間後に全体の41.7%,2週間後に97.2%,3週間後に98.3%の果実が樹上から消失した.調査期間中にのべ465カメラ日の観察を行った.撮影された鳥類6種と哺乳類6種のうち,ヒメアオキの果実を持ち去る瞬間が確認されたのはヒヨドリのみだった.ヒヨドリの採食は全ての調査区で確認され,訪問あたりの持ち去り果実数の中央値は2個(1-6個,N=41)だった.樹上・落果のいずれの調査区もヒヨドリとヒヨドリが食べた可能性が高い果実数の合計で全体の80%を占めた.そのため本調査地では,ヒヨドリがヒメアオキの量的に有効な種子散布者であると考えられた.より一般的な結論を導くには,複数地点・複数年の継続調査が望ましく,それには本研究で採用した自動撮影カメラによる果実持ち去りの観察が有効な調査手法の一つであると考えられる.
著者
西野 貴晴 北村 俊平
出版者
特定非営利活動法人バードリサーチ
雑誌
Bird Research (ISSN:18801587)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.A1-A19, 2022 (Released:2022-02-23)
参考文献数
88

バラ科キイチゴ属(Rubus)は先駆性の低木種であり,開放的な環境が形成されるといち早く侵入・繁茂し,さまざまな鳥類や哺乳類が果実を利用する典型的な周食型散布植物である.本研究では,自動撮影カメラを用いて,中部日本のスギ林に生育するキイチゴ属3種(クサイチゴ Rubus hirsutus,モミジイチゴ R. palmatus,クマイチゴ R. crataegifolius)の量的に有効な種子散布者を明らかにすることを目的とした.調査は石川県農林総合研究センター林業試験場内のスギ人工林において,間伐施業後に出現したキイチゴ属3種を対象として,2019年5月9日~7月10日に行なった.自動撮影カメラLtl-Acorn6210MCをもちいて,熟した果実(クサイチゴ108個,モミジイチゴ489個,クマイチゴ168個)と落果(モミジイチゴ32個)の果実持ち去り動物を記録した.キイチゴ属3種ともに3週間で83%以上の果実が樹上から消失した.果実持ち去り数の割合が上位の動物は,クサイチゴでアナグマ(総持ち去り数の30.4%),ニホンザル(27.8%),ヒヨドリ(19.0%),モミジイチゴでヒヨドリ(59.7%)とニホンザル(37.4%),クマイチゴでヒヨドリ(78.2%)とニホンザル(20.4%)だった.ヒヨドリが散布したクマイチゴの種子の発芽率は3.2%(N=189)だった.果実持ち去り数が上位であったヒヨドリとニホンザル,さらにアナグマはキイチゴ属3種の量的に有効な種子散布者と考えられた.これらの3種の動物は,発芽能力のある種子を散布し,その散布範囲は動物種によって数十ヘクタールから数平方キロメートルの範囲内に散布する可能性があることから,質的にも有効な種子散布者である可能性が高いと考えられた.
著者
北村 俊平
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.159-171, 2007-07-31 (Released:2016-09-15)
参考文献数
172
被引用文献数
2

今日、東南アジア熱帯の森林は急激な減少を続けており、そこに生息する動物も絶滅の危機に瀕している。この総説では、東南アジア熱帯における動物による種子散布の有効性を取り扱った既存の情報(果実食動物の行動圏、腸内滞留時間、散布距離、種子散布地の特定、林床における果実消費、二次散布)を整理し、新熱帯やアフリカ熱帯における最新の研究成果を交えながら、東南アジア熱帯において種子散布に貢献する果実食動物の絶滅がもたらす影響について考察する。東南アジア熱帯においては、日中にどのような動物がどのような果実を利用するかについてはかなりの情報が蓄積されつつある。一方、夜にどのような動物が果実を利用しているか、林床でどのような動物が果実を利用しているか、どのくらいの距離を種子は散布されるのか、どこに種子は散布されるのか、散布後の種子の運命はどうなのか、の情報は非常に限られている。現段階の情報では、東南アジア熱帯において、ある特定の果実食動物の絶滅が、生態系に及ぼす影響を予測することは困難である。種子散布や種子捕食といった動物と植物の相互作用を介した生態系機能についての研究は、持続的な森林管理や熱帯林生態系の回復や復元に必要不可欠である。種子散布を担っている果実食動物相は地域により異なるので、情報の少ない東南アジア熱帯における独自の研究の進展が待たれる。
著者
北村 俊平
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.25-37, 2015
被引用文献数
1

鳥類は地球上のさまざまな生態系において,多様な生態系サービスを担っている.本総説では,鳥類による花粉媒介と種子散布についての知見をまとめた.動くことのできない植物にとって,花粉媒介と種子散布は自らの遺伝子を広げる数少ない機会の一つであり,多くの鳥類が花蜜や果実を餌資源として利用している.自然実験を利用した研究から,花粉媒介者や種子散布者である鳥類を喪失することで,実際に植物に花粉制限が生じ,更新過程が阻害されている事例や群集レベルでも種子散布が機能していない事例が明らかになってきた.現段階では例数は少ないものの,鳥類による種子散布の経済的価値を評価した研究も行われている.スウェーデンの都市公園では,公園内の優占樹種であるコナラ属の種子散布者であるカケス1ペアの経済的価値は,人間が種子の播種や稚樹の植樹作業を行った場合にかかる費用に換算すると58万円から252万円に相当する.一方,鳥類は優秀な種子散布者であるがゆえに外来植物の分布拡大を促進する負の側面も知られている.これまで見過ごされてきた鳥類による花粉媒介や種子散布の情報を蓄積していくことで,それらの生態系サービスをうまく活用する方策,ひいては鳥類を含む生物多様性の保全に結びつけていくことができるのではないかと期待される.