- 著者
-
南嶋 洋司
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬理学会
- 雑誌
- 日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
- 巻号頁・発行日
- vol.155, no.1, pp.40-45, 2020 (Released:2020-01-01)
- 参考文献数
- 11
後生動物のように個体の生存に酸素が必須な生物の細胞には,必要とする酸素よりも利用出来る酸素が少なくなった低酸素状態(hypoxia)に対する応答反応(低酸素応答)がプログラムされている.低酸素環境下で必要な遺伝子群の多くは,低酸素応答のマスターレギュレーターとも呼ばれる転写因子HIF(hypoxia-inducible factor)によって誘導されるのだが,低酸素応答の研究は,そのHIFの発見によって飛躍的に進化した.2019年のノーベル生理学・医学賞が低酸素応答の研究者3名に授与されたことからもわかるように,「酸素濃度のセンシングと,低酸素環境への適応」の分子メカニズムに関する研究領域は,その面白さと重要性が広く認知されている.正常酸素濃度環境(normoxia)においては,酸素添加酵素(oxygenase)に分類されるプロリン水酸化酵素PHDが,分子状酸素O2を用いてHIFのα-サブユニット(HIFα)の特定のプロリン残基を水酸化する.プロリン水酸化されたHIFαは,ユビキチン-プロテアソーム依存的タンパク質分解へと導かれるため,normoxiaにおいてはHIFによる低酸素応答は不活性化されている.一方でhypoxiaにおいては,酸素添加酵素であるPHDの酵素活性が低下するために先述したHIFαのプロリン水酸化が抑制されるため,プロリン水酸化依存的タンパク質分解を免れてタンパク質発現量が急速に上昇したHIFαが,β-サブユニット(HIFβ/ARNT)と結合し,ヘテロダイマー型転写因子HIFとして低酸素時に必要な遺伝子群の転写をドライブする.すなわち,HIFを介した低酸素応答は酸素濃度依存的なPHDの酵素活性によって制御されているため,PHDこそが酸素濃度センサーとして機能しており,PHDの活性を抑制すると正常酸素分圧下においてもHIFを介した低酸素応答を活性化させることが出来る.本稿では,PHD-HIF経路を介した低酸素応答を,近年開発されたPHD阻害薬(HIF-PH阻害薬.本邦では2019年9月20日付けで腎性貧血治療薬として認可された)を用いて人為的に活性化させることで,様々な疾患の治療に応用しようといういくつかの試みについて紹介させて頂きたい.