著者
實政 勲 中田 晴彦 堺 温哉
出版者
熊本大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005 (Released:2005-04-01)

香料は古代文明発祥地のエジプトやインドにおいて紀元前から知られた存在で、美的効果やリラックス感を演出する有用物質である。ところが、近年人工香料による水質や魚類等の汚染が報告され、その生物蓄積性や環境リスクが懸念されるようになった。本研究は、人工香料による生態系およびヒトへの汚染状況とそのリスク評価を解析した。始めに有明海の海水と様々な栄養段階の海洋生物を採集・分析したところ、ほぼ全ての試料から環状型香料のHHCB(CAS#:1222-05-5)とAHTN(同:21145-77-7)が検出された。とくに、海洋生態系の高次捕食動物である海生哺乳類(イルカ)や鳥類(カモ・カモメ)から世界で初めてHHCBの蓄積を確認され、その生物濃縮係数(海水とイルカの濃度値)は12,000と比較的高値を示し。過去30年間に目本近海で採集したイルカを分析したところ、HHCB濃度は1980年代半ばから近年にかけて増加しており、香料汚染力観在も進行中であることがわかった。ヒトの脂肪および母乳を採集・分析したところ、いずれの試料からもHHCBが検出され、日本人における人工香料の汚染が初めて確認された。このことは、授乳により人工香料が母子間移行していることを示しており、化学物質に敏感な乳児への暴露リスクが懸念された。また、5種類の合成香料を対象に甲状腺ホルモンレセプターを介した細胞のアッセイを試みたところ、一部の物質がホルモン撹乱作用を有することが明らかになった。海洋生態系の高次物にまで生物濃縮され、さらに汚染の進行が窺える化学物質が見つかる例は最近では少なく、ヒトへの染拡散や乳幼児へのリスク、さらにホルモン撹乱作用の懸念を考慮すると、2003年に改正された化審法の理念を参照して一部の合成香料の製造・使用について何らかの制限を設ける時期に来ている。
著者
稲葉 継陽
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学社会文化研究 (ISSN:1348530X)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.207-224, 2003-03-31

In the sixteenth century as the last stage of medieval Japan, daimyo domains were built throughout the country. The border areas between the domains were called sakaime (境目) and the cause of dispute among the daimyo. They fought hard for the castles in sakaime. The neighboring local warriors (ryoshu) often played a role of arbitration when the daimyo concerned in the dispute started peace negotiations and settled the question of the title to the castles. The peasants (hyakusho) belonging to a village community in the sakaime, too, dealt with the dispute in a group and showed the autonomy to restore a peace. Toyotomi Hideyoshi could achieve the reestablishment of national unity (tenka-toitsu), taking a step of guarantee to keep the arrangements about sakaime, which were accomplished by the daimyo and village community peasants who pursued a peace in their area. In this article, the Toyohuku (豊後) region in Higio (肥後) province is analyzed as a typical case study of sakaime areas.
著者
福西 大輔
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学社会文化研究 (ISSN:1348530X)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.151-166, 2016-03-25

Mystery novels of Japan are not satisfied with only relationship with "the city". They have been affected by the relationship between the "city", "countryside". Mystery novels of Japan and folkloristics were enacted era was the same. They had a point of view to the "countryside" from the "city". And there was a common denominator in terms of re-discovery of the "countryside". They have become a factor that is familiar to the Japanese.
著者
吉村 豊雄
出版者
熊本大学
雑誌
文学部論叢 (ISSN:03887073)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.1-29, 1993-02

細川氏は、室町幕府の管領細川氏の流れをくみつつ、中央(統一)権力によって大名として創出され、中央政局の変転する過程で自らの権力構造をつくり上げ、ついには徳川政権のもとで将軍家をして「御譜代同前」といわしめる幕藩関係を構築するに至っている。小稿の課題は、こうした幕藩制成立期の政治変動に対処しつつつくり上げられた細川氏の権力編成の特質を、家臣団編成と知行制の側面から明らかにすることにある。その際に権力編成の政治的画期として注目したいのは中央権力による三回の「国替」と当主(藩主)の「代替」である。
著者
溝渕 園子
出版者
熊本大学
雑誌
文学部論叢 (ISSN:03887073)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.153-163, 2012-03-10

During the short span of two wars, the Sino-Japanese War (1894-1895) and the Russo-Japanese (1904-1905), victorious Japan began to perceive itself as an equal member among the ranks of modern Western countries. Having self-confidence brought on by the success of the two wars, the concept of "world map" (Andou, 1998) changed in the minds of the Japanese in terms of cultural and political status. This attitude was reflected in the education of young people. For example, at the beginnings of both of those wars were boys' and girls' magazines. The aime of this paper is to examine how the cultural images of Western countries had been formed in "Syoujo-kai", a Japanese girls' magazine, before and after the Russo-Japanese War. In the publication, there is information about girls' schools and institutions of higher education, cautionary tales by experts, news, reports on various topics, a corner for the readers' contributions, and the introduction of foreign culture. Thus, by extracting the images of Russia from this magazine's materials, we are able to locate cues into the thinking of how Western countries were perceived in modern Japan. In this paper, from the viewpoint of comparisons with a boys' magazine, I analyzed what images of Western countries are depicted in both magazines, and what images are not shown in a girls' magazine compared with a boy's magazine. Through this analysis, I tried to concretely consider the images of Russia structures by the media, i.e., girls' magazine in the Meiji Era. Moreover, by exploring the materials, several issues of gender concerning the culture surrounding modern Japanese magazines will be brought up.
著者
小松 裕
出版者
熊本大学
雑誌
文学部論叢 (ISSN:03887073)
巻号頁・発行日
vol.78, pp.43-65, 2003-03-20

近代の日本人のほとんどは、まぎれもないレイシストであった。それは、中国(人)観が証明している。江戸期には、満州族の風俗である「弁髪」をもって、清国人を「芥子坊主」「ぱっち坊主」と呼んでいたが、そこに侮蔑的な意味合いは含まれていなかった。それが、江戸中期以降に少しずつ変化し、アヘン戦争などで中国が列強の前に敗退すると、知識人の中に中国を反面教師とする中国観が成立してくる。そして、明治に入るとすぐに「チャンチャン坊主」という侮蔑的な呼称が使われはじめ、「豚尾漢」などの呼称とともに都市部・居留地から地方へと徐々に広まっていった。その過程は、同時に、清国人を「豚」の漫画や絵で視覚化し、蔑視の対象にしていく過程でもあった。しかし、日清戦争までは、こうした中国人観が地方の民衆の中にまで浸透していたとはいえず、侮れない強国とする認識も存在していたが、戦勝により、国民的レベルで侮蔑的な中国人観が定着していった。
著者
鈴木 喬
出版者
熊本大学
雑誌
熊本史学 (ISSN:03868990)
巻号頁・発行日
vol.74, pp.30-38, 1998-03-25
著者
内山 幹生
出版者
熊本大学
雑誌
熊本史学 (ISSN:03868990)
巻号頁・発行日
vol.92, pp.59-83, 2010-05-31

本稿では、幕末動乱期の熊本藩における本格的実践展開の端緒、すなわち第一次長州征討に焦点を絞り、従来顧みられることのなかった同藩における兵站活動に光をあてることにした。
著者
中田 晴彦
出版者
熊本大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008 (Released:2008-04-01)

生活関連物質による環境汚染を明らかにし、この種の物質がストックホルム条約の追加物質として新たに登録される可能性を検証した。実験の結果、紫外線吸収剤のUV-327(CAS#:3864-99-1)は、同条約附属書Dの5項目の基準をほぼ満たし、附属書Eの7項目の基準に関する科学的知見も集積されつつある様子が窺えた。UV-327はPOP条約の追加物質になる可能性があり、今後は附属書E およびFに関する詳細な情報収集と解析を行う必要がある。
著者
大澤 博明
出版者
熊本大学
雑誌
熊本法学 (ISSN:04528204)
巻号頁・発行日
vol.124, pp.75-91, 2011-11-30

小稿の目的は、生還を期せないとする悲壮な大鳥の覚悟はどのような文脈で発せられたのかを検討することにある。
著者
浪崎 智哉
出版者
熊本大学
雑誌
国語国文研究と教育 (ISSN:02882981)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.39-55, 2006-02-20
被引用文献数
1 or 0
著者
高橋 隆雄
出版者
熊本大学
雑誌
先端倫理研究 : 熊本大学倫理学研究室紀要 (ISSN:18807879)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-17, 2010-03

1981年にイタリアの小説部門で最高のストレーガ賞を受賞した「薔薇の名前」は、イタリアの哲学者であるウンベルト・エーコの著作である。映画にもなったので観た人も多いだろう。中世末の北イタリアの修道院を舞台にして、皇帝とローマ教皇の世俗レベルでの争い、それを神学上の教義に移して繰り広げられる清貧論争、異端審問、複雑怪奇な構造と謎に満ちた文書館、そして連続殺人とその謎解きは、神学上のまた現実の迷宮へと読者を誘ってやまない。本稿では、「薔薇の名前」に登場する清貧論争を権利概念の誕生史の中で捉えなおしてみたい。In one scene of the bestselling novel Il Nome della Rosa written by famous Italian philosopher Umbert Eco, the characters in the novel engaged heatedly in Apostolic Poverty Controversy. The issue of the argument was whether Jesus and the Apostles had propriety over their belongings. When we read the novel within the background of the history of human rights theory, e.g., within the context of Natural Rights Theories: Their Origin and Development, written by R.Tuck, we can find that at the dawn of human rights theory such a controversy in the late Middle Ages played a crucial role.