著者
土田 龍太郎
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部インド哲学仏教学研究室
雑誌
インド哲学仏教学研究 (ISSN:09197907)
巻号頁・発行日
no.16, pp.1-24, 2009-03

大叙事詩マハーバーラタのおほよその成立年代を推定しようとする場合は、同叙事詩の叙述の枠組およびそれぞれの枠組を具へた傳本の形成の過程にも注目せねばならない。諸傳本の成立については次の諸段階が想定される。一. ジャナメージャヤ王のサルパサトラ祭場におけるヴァイシャムパーヤナによるヴィヤーサ叙事詩朗誦を枠とする傳本Vの成立。二. ナイミシャ林におけるウグラシュラヴァスとシャウナカとの對話を枠とする傳本Uの成立。この枠は傳本Vにアースティーカ物語が附加された時に設けられたものである。三. 現行ハリヴァンシャの一部を成すバヴィシヤトの編者による傳本Uの枠組の踏襲。四. パルヴァサングラハパルヴァンが傳本Uに附加されたことによるナイミシャ林對話の「二重導入」の成立。バヴィシヤトでは、婆羅門出身であつたとおぼしきシュンガ王朝開祖プシャミトラ王のアシュヴァメーダ祭擧行が暗示され、アシュヴァメーダ祭からのクシャトリヤ階層の疎外といふ未曾有の事態のもたらした危機感が全篇の主題となつてゐる。この危機感や興奮のいまだ醒めやらぬシュンガ朝中期後期がバヴィシヤトの成立時であつたと思はれる。とすればバヴィシヤトに先行するはずのマハーバーラタU傳本がシュンガ王朝期より後に成つたとは考へられない。U傳本は遅くともシュンガ朝初期中期には成立してゐたと見るべきであり、U傳本よりさらに古いV傳本はすでにマウリヤ朝時代には形成されてゐたと考へるのが妥當である。ただし、このV傳本の成立が前マウリヤ朝期まで遡るかいなかは定かではない。一方パルヴァサングラハパルヴァンなど現行マハーバーラタの初三章はシュンガ王朝期より後に順次追加されていつたはずである。すなはち「二重導入」は後シュンガ朝期になつてはじめて成立したと想はれる。本稿では、もつぱら語りの枠組に留意して構想された大叙事詩成立年代論を提示した。本来は、ほかのさまざまなマハーバーラタ成立年代論をも吟味檢討すべきであつたが、その作業は別の機會に俟たねばならない。
著者
土田 龍太郎
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

大叙事詩マハーバーラタの複雑な語り構造を分析調査し、その結果、叙事詩テキストの成立過程とおよその成立年代を明かにし、さらに他のテキストすなはちラーマーヤナなどとの関連について良き手掛りを得ることができた。
著者
土田 龍太郎
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部インド哲学仏教学研究室
雑誌
インド哲学仏教学研究 (ISSN:09197907)
巻号頁・発行日
no.17, pp.1-16, 2010-03

シュンガ王朝没落の後に,四代四十五年にわたって續いたカーヌヴァーヤナ王朝の實態は不明である。プラーナ中のカリユガ王朝テキストによれば,第十代シュンガ王デーヴァブーミの大臣であったヴァスデーヴァが,主君を斃して創始した王朝がカーヌヴァーヤナ王朝である。// 同じカリユガ王朝テキストには,パウラヴァ王朝のジャナメージャヤ王のアシュヴァメーダ祭擧行の顛末がやや詳しく述べられてゐる。この叙述にはシュンガ王朝開祖たるプシュミトラ王の同祭擧行の實情が反映してゐると推測される。この推測に従へば,ヴァージャサネーイン派の支派たるカーヌヴァ派の婆羅門がブラフマン祭官としてプシャミトラの大祭祀の成功を助け,これをきつかけとしてかれの一族が政府宮廷内に勢力を扶植することをえ,つひには大臣となつたヴァスデーヴァがシュンガ王権を簒奪した,と考へられるのである
著者
斉藤 明 末木 文美士 高橋 孝信 土田 龍太郎 丸井 浩 下田 正弘 渡辺 章悟 石井 公成
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

本研究は、H15年5月に開催された第48回ICES(国際東方学者会議、東方学会主催)におけるシンポジウム(「大乗仏教、その起源と実態-近年の論争と最新の研究成果から」)を皮切りに、総計10名の研究分担者がそれぞれの分担テーマに取り組み、これまでに12回の研究会、8回の講演会、印度学仏教学会等の国内学会、IAHR(国際宗教学宗教史学会)、ICANAS(国際アジア北アフリカ研究会議)、IABS(国際仏教学会)、ICES(国際東方学者会議)他の国際学会等を通して研究発表を重ね、'ここに研究成果をとりまとめるに至った。また、研究成果の一部は、H18年度の第51回ICESにおいて「大乗仏教、その虚像と実像-経典から論書へ」と題するシンポジウムにおいて公開した。本シンポジウムでの発表内容の一部は、H20年に刊行されるActa Asiatica,The Institute of Eastern Cultureの特集号(vol.96,"What is Mahayana Buddhism")に掲載予定である。本研究により、在家者による参拝という信仰形態をふまえ、新たなブッダ観・菩薩観のもとに経典運動として-既存の諸部派の中から-スタートした大乗仏教運動は、時期的には仏像の誕生とも呼応して、起源後から次第に影響力を増し、3世紀以降には最初期の経典をもとに多くの論書(大乗戒の思想を含む)を成立させるに至ったという大乗仏教の起源と実態に関する経緯の一端が明らかとなった。大乗仏教徒(mahayanika,mahayanayayin)とは、こうして成立した『般若経』『華厳経』『法華経』『阿弥陀経』等の大乗経典をも仏説として受け入れる出家、在家双方の支持者であり、これらの経典はいずれもそれぞれを支持するグループ(菩薩集団)独自のブッダ観あるいは菩薩観を、宗教文学にふさわしい物語性とともに、空や智慧、仏身論や菩薩の階梯などを論じる論書としての性格を帯びながら表明している。本研究では、これらの詳細を各研究分担者がそれぞれの専門を通して解明するという貴重な研究成果を得ることに成功した。本研究成果報告書は、いずれもこの研究期間内に研究代表者、研究分担者、および上記ICES,IAHRにおけるシンポジウムへの招聴研究者がもたらした研究成果の一端である。