著者
松原 貴子 城 由起子
出版者
日本福祉大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

身体運動または運動イメージによる鎮痛と気分変化について検討した。健常ボランティアでも低強度運動により中枢感作を抑制し鎮痛効果を認め,また慢性痛有訴者でも運動継続により2週目で痛覚感受性低下,3週目で中枢感作抑制といった疼痛調節機能改善をもたらした。運動イメージによっても実運動と同様に鎮痛効果を得られた。鎮痛と気分変化との関係性は明らかでないが,運動によりまず高揚感が高まり,その後鎮静感が高まることから,時間経過とともに気分が推移することがわかった。以上より慢性痛に対する運動療法は,週数回頻度にて3週間以上継続することで主観的症状に先立ち中枢性疼痛調節系を賦活し鎮痛をもたらす可能性がある。
著者
松澤 明黎 井澤 康祐 伊藤 慎也 長谷川 雄也 水口 淳 佐藤 亜紀 城 由起子 松原 貴子
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0720, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに,目的】我々は痛いときに痛み部位に手を当て,軽く擦ったり圧迫したりすることで痛みを和らげようとする。このような皮膚への軽微な触刺激(touch)による鎮痛効果については,従来,gate-control theory(Melzack,Wall 1965)による仮説が唱えられてきたが,推論の域を出ず解明には至っていない。近年,ヒトにおいてはtouchによる熱痛覚感受性低下が報告され(Mancini 2015),また,動物実験においてもtouchが内因性オピオイドを介してC-fiberなど侵害受容ニューロンへの特異的な抑制作用を惹起する可能性が示されおり(Watanabe 2015),その鎮痛機序に中枢性疼痛修飾系の関与が推察される。そこで本研究は,ヒトを対象にtouchによる鎮痛効果を,痛覚感受性に加え中枢性疼痛修飾系の機能指標であるtemporal summation(TS)を用い調べた。【方法】対象は健常成人16名(男性8名,女性8名,年齢21.0±1.1歳)とした。Touchは,上肢への軽擦(T-touch)および自覚しない圧(P-touch:圧覚閾値の90%強度,平均3.1±1.6N)と電気(E-touch:1.0Hz,平均2.5mA)刺激の3条件とした。評価は熱痛閾値,圧痛閾値および熱痛・圧痛のTSとし,各touch前・中に測定した。TSは,熱痛閾値+3℃の温度ならびに圧痛閾値の125%の圧力で刺激を10回加え,各疼痛強度をvisual analogue scale(VAS)で測定し,1~10回目までのVAS値の傾き(熱痛TS,圧痛TS)を測定値とした。統計学的解析はWilcoxonの符号付き順位検定を用い,有意水準はBonferroniの補正により1.6%未満とした。【結果】touch前と比べ熱・圧痛閾値はともにT-touchとP-touchにより有意に上昇し,熱痛TSはT-touchとE-touch,圧痛TSはT-touchにて有意に減衰した。【結論】今回,touchにより,これまでに報告されている熱痛覚感受性だけでなく圧痛覚感受性も低下し,さらに両TSの減衰を認めた。TSは近年広く用いられている痛みの定量評価指標の一つであり,TSの減衰は上行性疼痛伝達系の感作抑制や内因性オピオイドを介した鎮痛効果を反映していると考えられる。一方,動物実験においてtouchは低閾値Aδ,C-fiberを興奮させ,無髄C-fiberの求心性入力によって引き起こされる体性心臓交感神経性C-反射を抑制することが示されており,さらにこの効果はオピオイドの拮抗薬であるナロキソン投与により減弱することが報告されている(Watanabe 2015)。これらのことから,touchは内因性オピオイドなどが関与する中枢性疼痛修飾系を作動させ,表在性の熱痛覚感受性だけでなく深部組織の痛覚を反映する圧痛覚感受性までも低下させることで疼痛を緩和する可能性が示唆された。本研究の限界点として,touch条件による鎮痛効果の違いやtouchによる広汎な鎮痛効果については明らかでなく,臨床応用に向けて更なる検討は必要である。
著者
長尾 文子 岩田 知那 伊藤 晃 下 和弘 城 由起子 松原 貴子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0326, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】国民生活基礎調査において肩こり有訴者率は男女ともに非常に高い。肩こりには身体・心理・社会的要因が関与するといわれており,身体的要因としては肥満度が高いこと,運動量が少ないこと,社会的要因としては睡眠の質が悪いことなどが報告されている(大谷2008,岸田2001)。一方,心理的要因については,ストレスとの関係性が指摘されており(沓脱2010),肩こり有訴者はストレス下に曝露されていることが示唆される。ストレスと健康を調整する機能をストレスコーピングといい,適切なストレスコーピングがなされない場合,痛みや不安・抑うつといったさまざまなストレス応答が表出され(嶋田2007,牧野2010),心身の健康に影響を及ぼすことが予測される。そこで今回,身体的・社会的要因に加え,心理的要因としてはストレスコーピングに着目し,若年者を対象に肩こりの身体・心理・社会的特性について検討した。【方法】対象は大学生470名(19.9±1.4歳)で,頚肩部痛に対して受診歴がある者,肩こりの他に慢性痛を有する者,発症後3か月未満の肩こりを有する者は除外し,肩こりのある者(肩こり群)とない者(非肩こり群)に分類した。評価項目は肩こりの程度(VAS),初発年齢,初発原因,誘発要因,罹患期間,機能障害(NDI),心理的因子の疼痛自己効力感(PSEQ),破局的思考(PCS)を肩こり群のみで,健康関連QOL(EQ-5D),身体的因子の身体活動量(IPAQ),心理的因子のストレスコーピング(TAC-24),ストレス応答(PHRF-SCL),社会的因子の睡眠状態(睡眠時間,睡眠時間の満足度,睡眠の質),家庭環境(世帯構造,家庭生活の満足度)を両群で調査した。統計学的解析には,群間比較にMann-WhitneyのU検定,またはΧ2検定,相関にSpearmanの順位相関係数を用い,有意水準を5%とした。【結果】肩こり有訴者率は28.7%(肩こり群82名,非肩こり群204名)であった。肩こりの程度は42.8±21.9,初発年齢は16.1±2.5歳,罹患期間は3.0±2.1年,初発原因および誘発要因は同一姿勢が多かった。NDIは5.2±4.4点,PSEQは36.2±11.0点,PCSは「反芻」9.6±4.6点,「無力感」5.3±3.8点,「拡大視」3.6±2.8点であった。肩こり群は非肩こり群と比較して,PHRF-SCLの「疲労・身体反応」,TAC-24の「計画立案」,「責任転嫁」,「放棄・諦め」,「肯定的解釈」,家庭生活の満足度の「やや不満」が有意に高い一方,EQ-5Dの効用値,EQ VAS値,TAC-24の「カタルシス」,「気晴らし」が有意に低かった。IPAQ,睡眠時間,睡眠時間の満足度,睡眠の質,世帯構造に有意な差はなかった。肩こり群の各調査項目において中等度以上の有意な相関関係は認められなかった。【考察】今回,肩こりは中高生からの発症が多く,初発原因および誘発要因が同一姿勢であったことから,学業やVDT作業などの座位で同じ姿勢を保持する機会が増えることが肩こりの発症に関係すると考えられた。また成人(大谷2010)同様,若年者においても肩こりの存在が有訴者の健康関連QOLを低下させる可能性が考えられた。身体・心理・社会的特性を検討した結果,身体的要因は健常者と差がなかったが,心理的・社会的要因で特徴が認められた。社会的要因は,肩こり群で家庭生活に不満をもつ者が多かったことから,ストレッサーの一因となる可能性が考えられた。心理的要因のストレスコーピングでは,肩こり有訴者はストレッサーに積極的に対応しようと試みる一方,ストレッサーにより起こる情動の発散や調整ができないため,ストレッサーの解決が困難な場合はストレッサーを回避する傾向がうかがえた。回避系のストレスコーピングはストレス応答の表出を高めることが報告されており(坂田1989,尾関1991),今回の肩こり群で「疲労・身体反応」が強く表出されていたことから,肩こり有訴者はストレッサーを適切に対処できていない可能性が示唆され,また,身体面に表出されるストレス応答が肩こりを惹起,増悪させる要因となりうることが示唆された。適切なストレスコーピングにより肩こりやQOLの改善が期待されるため,若年者の肩こりマネジメントにはストレスコーピングスキルの向上を含め,心理社会的アプローチを加えることが必要と考える。【理学療法学研究としての意義】我が国で有訴者の多い肩こりに対して身体・心理・社会的側面から特性を検討した結果,肩こり有訴者は特徴的なストレスコーピングを有することがうかがえ,肩こりをマネジメントするうえで重要な所見と考える。
著者
城 由起子 松原 貴子
出版者
日本疼痛学会
雑誌
PAIN RESEARCH (ISSN:09158588)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.246-251, 2017-12-20 (Released:2018-05-31)
参考文献数
20
被引用文献数
1 1

Exercise therapy is recommended in the management of patients with chronic pain. However, there is little evidence supporting a relationship between changes in pain or physical disability and changes in physical performance by exercise therapy. Thus, exercise is thought to be involved it directly in the improvement of pain. Exercise has been shown to reduce the peripheral pain sensitivity in healthy subject. This effect, known as exercise–induced hypoalgesia (EIH), may be induced by the activation of central pain modulation systems. However, the effects of acute exercise in chronic pain conditions are heterogeneous and adverse. In patients with chronic pain, for example, exercise seems to decrease pain threshold. Notably, acute exercise followed by physical fatigue induces hyperalgesia. Therefore, regular exercise, rather than acute exercise, is recommended, in the management of patient with chronic pain.Physical inactivity is a perpetuating factor which can cause pain to become chronic. We investigated the relationship between intensity of physical activity in daily life and the function of central pain inhibitory systems. Our results suggested that the function of central pain inhibitory systems may decrease with a low amount of physical activity in women; therefore, maintaining physical activity may be more important for women than for men in preventing chronic pain.The effects and mechanisms of pain inhibition through regular exercise have been suggested using the animal model of pain. According to one of these suggested mechanisms, regular exercise increases the release of met–enkephalin in the rostral ventromedial medulla (RVM) and uses opioid receptors centrally to mediate analgesia. We investigated the influences on central pain inhibitory systems by regular exercise in subjects with chronic pain. While regular exercise for 2 weeks carried out three times a week improved the central pain modulation systems, it was ineffective if only done twice a week. However, an effect was seen if twice–weekly exercise continued for 3 weeks. Therefore, we conclude that increasing physical activity in daily life by regular exercise may be important in prevention and management of chronic pain.
著者
岩佐 麻未 高沢 百香 伊藤 晃 牧野 七々美 城 由起子 松原 貴子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0425, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】疼痛に対する理学療法の有効性に関して1990年代より系統的な取りまとめが各国でなされ,その中でも運動は強く推奨されている。そのエビデンスは,近年の運動による疼痛緩和(exercise-induced hypoalgesia:EIH)に関する報告で示されているが,いずれも高強度・長時間の運動による効果であり(Julie 2010),疼痛患者に処方することは難しい。また,疼痛に対する理学療法を想定すれば低負荷の有酸素運動が適するが,歩行やランニング,自転車運動など有酸素運動の方法による効果の違いは明らかにされていない。一方,これまで我々は3METs程度の歩行,自転車エルゴメーターによる下肢運動,クランクエルゴメーターによる上肢運動の低負荷有酸素運動により広汎なEIHが得られる可能性について報告した(山形2013)。しかし,個人の運動耐性能により身体へ負荷される運動強度は異なることから,運動強度を統一したうえで運動方法の違いによるEIH効果を厳密に比較するまでには至っていない。そこで本研究では,個々の運動耐性能をもとに運動強度を統一し,歩行,下肢運動,上肢運動といった運動方法の違いによるEIH効果について比較検討した。【方法】対象は,健常成人45名(男性22名,女性23名,年齢21.4±0.7歳)とし,全身運動群,下肢運動群,上肢運動群の3群(各群15名)に無作為に振り分けた。全身運動群はトレッドミル(STM-1250,日本光電)による歩行,下肢運動群は自転車エルゴメーター(Ergociser EC-1200,キャットアイ)による下肢ペダリング運動,上肢運動群はクランクエルゴメーター(881E,Monark)による上肢ペダリング運動を各20分間行わせた。また,運動強度は予測最大心拍数を算出し,Karvonen法を用いて40%heart rate reserve(HRR)に設定した。評価項目は,圧痛閾値,心拍変動,および主観的運動強度の指標であるBorg scaleとした。圧痛閾値はデジタルプッシュプルゲージ(RX-20,AIKOH)を用い,僧帽筋,上腕二頭筋,前脛骨筋にて運動前(pre),運動終了直後(post 0)および15分後(post 15)に測定し,pre値で除した変化率を測定値とした。心拍変動は携帯型心拍変動記録装置(AC-301A,GMS)にて心電図を実験中経時的に記録し,心拍数,および心電図R-R間隔の周波数解析から低周波数成分(LF:0.04~0.15 Hz),高周波数成分(HF:0.15~0.40 Hz,副交感神経活動指標)とLF/HF比(LF/HF,交感神経活動指標)を算出し,圧痛閾値の測定に対応した時点のそれぞれ前1分間の平均値を測定値とした。統計学的解析は,経時的変化にはFriedman検定およびTukey-typeの多重比較検定,群間比較にはKruskal-Wallis検定およびDunn's法による多重比較検定を用い,いずれも有意水準は5%とした。【結果】圧痛閾値は,3群とも全ての測定部位にてpreに比べpost 0で上昇し,全身運動群では全ての測定部位,下肢運動群では上腕二頭筋と前脛骨筋,上肢運動群では前脛骨筋でpost 15においても上昇を示した。また,全身運動群は他群に比べ僧帽筋のpost 15で高値を示した。心拍変動は,3群ともpreに比べ運動中にHFが減衰,心拍数とLF/HFが増大し,群間に差はなかった。またBorg scaleも群間に差はなかった。【考察】すべての運動方法で,運動中の心拍数,自律神経活動,主観的疲労感は同程度であったことから,個々に負荷された運動強度は同一であった。運動方法にかかわらず非運動部を含め広汎な痛覚感受性の低下,およびその持続効果を認め,さらにその効果は全身運動で最も顕著であった。有酸素運動に関する先行研究では,60%HRR以上の高強度負荷によりEIHが生じ,さらに30分~2時間の負荷でその効果は大きいとされている(Kodesh 2014, Naugle 2014, Hoffman 2004)。しかし今回,低負荷・短時間の運動であっても,その方法にかかわらずEIHが生じた。さらに,歩行のようなより広範部の運動の方がEIH効果は大きかったことから,有酸素運動のEIHは全身性の運動で効果が増大する可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】有酸素運動は低負荷であっても疼痛を緩和させ,特に,誰もが簡便かつ安全に行える歩行のような全身性の運動がより大きなEIH効果をもたらす可能性が示されたことは,疼痛マネジメントとしての運動療法を確立する一助となる意義深い結果である。