著者
沖野 和麿 塩沢 英輔 佐々木 陽介 田澤 咲子 野呂瀬 朋子 本間 まゆみ 矢持 淑子 楯 玄秀 瀧本 雅文
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.76, no.1, pp.35-42, 2016 (Released:2016-11-26)
参考文献数
20

BRAF (V600E) 遺伝子変異に基づくBRAF (VE1) 蛋白発現は甲状腺乳頭癌において予後不良因子と報告される.BRAF (V600E) 遺伝子はRAS-RAF-MARKシグナル伝達を介し細胞増殖を制御する.BRAF分子標的療法は悪性黒色腫で実用化されている.甲状腺癌とホルモン作用に関する研究において,甲状腺癌発生にエストロゲン, プロゲステロンの関与が示唆される.われわれは甲状腺癌について,BRAF (VE1),Estrogen Receptor (ER),Progesterone Receptor (PgR) の蛋白発現の臨床的意義を検討した.昭和大学病院において病理診断された甲状腺乳頭癌59例,甲状腺濾胞癌3例,甲状腺低分化癌3例,甲状腺未分化癌4例,腺腫様甲状腺腫46例を用いた.パラフィン包埋切片に抗BRAF (V600E) 抗体,抗ER抗体,抗PgR抗体を用いて免疫染色を行った.BRAF (VE1) 発現は甲状腺乳頭癌では40例 (68%) に認められた.腺腫様甲状腺腫にはBRAF (VE1)発現は見られなかった.BRAF (VE1) 陽性群と陰性群で性別,腫瘍径に有意な差は見られなかったが,発症年齢45歳以上に有意に多かった(P=0.017).PgR発現は甲状腺乳頭癌では陽性32例 (54%),陰性27例 (46%) だった.腺腫様甲状腺腫は陽性12例(26%),陰性34例(74%)だった.甲状腺乳頭癌におけるPgR陽性例は,女性に多い傾向が見られた (P=0.057).甲状腺乳頭癌におけるBRAF (VE1) 発現とPgR発現に相関は見られなかった (P=1.000).BRAF (V600E) 遺伝子変異に対するBRAF (VE1) 蛋白発現は相関性が示されており,腫瘍のBRAF (VE1) 蛋白発現を検討することで,BRAF (V600E) 遺伝子変異の状態を評価することが可能である.腺腫様甲状腺腫ではBRAF (VE1) 陽性例は認められず,甲状腺乳頭癌におけるBRAF (VE1) 免疫染色陽性は,腺腫様甲状腺腫ではなく,乳頭癌と判断できる所見といえる.甲状腺乳頭癌において45歳以上でBRAF (VE1) の発現が有意に多く,予後不良因子である年齢 (45歳以上) との統計学的な相関が見られたことは.BRAF (VE1) 発現が臨床的予後因子である発症年齢と相関し,予後を規定する因子である可能性が示唆された.BRAF分子標的療法の適応拡大が期待される中,BRAF (V600E) 遺伝子変異とそれに伴うBRAF (VE1)蛋白発現を伴う甲状腺乳頭癌は,その有力な候補と考えられる.今回の検討で,BRAF (VE1) 蛋白発現は甲状腺乳頭癌のおよそ7割に認められる特異的所見であることが明らかとなり,甲状腺癌へのBRAF分子標的療法の拡大のための基礎的研究として,臨床病理学的に有用な知見であると考えられた.
著者
村井 聡 塩沢 英輔 鈴木 髙祐 佐々木 陽介 本間 まゆみ 瀧本 雅文 矢持 淑子
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.296-306, 2022 (Released:2022-08-31)
参考文献数
28

濾胞性リンパ腫は低悪性度B細胞リンパ腫であり一般に緩徐な経過を示す.経過中に組織学的形質転換Histological transformation(HT)をきたすと予後不良とされる.十二指腸型濾胞性リンパ腫Duodenal-type follicular lymphoma(DFL)は濾胞性リンパ腫の一亜型である.DFLではHTは稀であるとされるが,その発生頻度に関して報告は少ない.DFL のHTの発生頻度を明らかにすることは治療方針を考えるうえで重要な意義を持つ.DFL症例を長期観察と内視鏡検査による連続的な病理組織診断によって組織学的変化を評価しHTの発生を病理学的に検討する.十二指腸・小腸生検により濾胞性リンパ腫と診断された37症例をデータベースから抽出した.節性濾胞性リンパ腫の消化管浸潤例を除外するため,消化管リンパ腫Lugano分類における臨床病期Ⅰ期のみを対象とした.Hematoxylin-eosin染色標本による組織形態学的評価と免疫染色標本による評価を行いHTの発生を評価した.条件を満たしたDFLの症例は20症例だった.診断時のHistological gradeは20症例全例でGrade 1-2だった.臨床的な観察期間は中央値56か月(範囲:12か月~147か月)だった.経過中に臨床的に臨床病期の進行した症例はなかった.病理組織学的にHTが認められた症例はなかった.DFLにおけるHTの発生頻度を評価するうえで,本研究のように単一施設で同一患者において定期的な内視鏡検査・生検を長期の観察期間に渡って行いHTの有無を組織学的に確認すること,ならびにDFLの診断において節性のFLの十二指腸浸潤を確実に除外することは高い信頼性があると考えられた.DFLと的確に診断できる場合にはHTのリスクは低く,節性のFLに準じた集学的治療を行うことは過剰な治療となる可能性がある.
著者
石原 里美 有泉 裕嗣 矢持 淑子 塩沢 英輔 佐々木 陽介 瀧本 雅文 太田 秀一
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.71, no.1, pp.71-78, 2011-02-28 (Released:2011-09-01)
参考文献数
28

成人T細胞性白血病/リンパ腫(adult T-cell leukemia/lymphoma; ATLL)は, 臨床的にヒトT細胞好性ウイルス(human T-cell lymphotropic virus type-1; HTLV-1)感染細胞のモノクローナルな増殖を証明しない限り,組織形態学的には末梢性T細胞リンパ腫–非特定型(PTCL-NOS)との鑑別は困難である.しかし免疫組織学的にATLLとPTCL-NOSの発現に違いがあれば,HTLV-1の感染情報がない場合でも,両者の鑑別が可能と考えられる.1983年11月~2009年9月末までに昭和大学病院でWHO造血器・リンパ系腫瘍分類第4版に基づきATLL又はPTCL-NOSと診断された37例のホルマリン固定パラフィン包埋組織切片を免疫組織化学的に以下の抗体を用いて発現の違いを検討した.CD7,CD25,CD56,CCR4,TIA-1においてATLLとPTCL-NOS間で有意差が認められた.ATLL症例は全例でCD7の減弱が見られた.CD25はATLL症例の72%で陽性で,PTCL-NOSより有意に多かった(P=0.005).CCR4はATLL症例の72%で陽性で,PTCL-NOSより有意に多かった(P<0.001).PTCL-NOS症例はATLL症例に比べてCD56,TIA-1陽性例が有意に多かった(CD56,P=0.01; TIA-1,P=0.03).以上より,ATLLとPTCL-NOSを鑑別する上でCD7,CD25,CD56,CCR4,TIA-1の免疫組織化学検索が有用と考えられた.またATLLのCD25およびCCR4発現率は高く,ATLLの治療法として抗CD25抗体,抗CCR4抗体の有効性が期待された.