- 著者
-
齋藤 亮
大森 庸子
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬理学会
- 雑誌
- 日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
- 巻号頁・発行日
- vol.147, no.1, pp.56-62, 2016 (Released:2016-01-09)
- 参考文献数
- 25
トレプロスチニルは,米国United Therapeutics社で開発された肺動脈性肺高血圧症(PAH)の治療薬である.PAH治療薬として,プロスタグランジンI2(PGI2)製剤,ホスホジエステラーゼ5阻害薬,エンドセリン受容体拮抗薬が国内外で用いられており,トレプロスチニルはPGI2の化学構造を改変することにより,消失半減期および室温下での溶液安定性を改善した皮下投与および静脈内投与が可能なPGI2誘導体である.本剤は,血管拡張作用,血小板凝集抑制作用および肺動脈平滑筋細胞増殖抑制作用を示し,これらの作用により肺動脈圧および肺血管抵抗を低下させ,肺高血圧症患者において有効性を示すと考えられる.PAH患者を対象とした国内第Ⅱ/Ⅲ相試験では,トレプロスチニルの投与によりエポプロステノール(Epo)未使用例にて6分間歩行距離の延長が認められたものの,血行動態パラメータ(心係数,平均肺動脈圧,肺血管抵抗係数)の改善は認められなかった.また,Epo切替え例ではいずれの評価指標も改善が認められなかったものの,18例中15例は臨床的悪化なくEpoから本剤へ切替えられた.一方,第Ⅱ/Ⅲ相試験よりさらなる投与速度の増量が許容された国内第Ⅱ/Ⅲ相追加試験では,6分間歩行距離の延長および肺血管抵抗係数の低下が認められた.両評価指標で改善を示した有効症例数は5例中4例であり,PAH患者に対するトレプロスチニルの有効性が確認された.安全性に関しては皮下注射部位の局所反応(疼痛,紅斑等)および他のPGI2製剤でも報告のある有害事象(下痢,悪心,頭痛等)が比較的よく認められた.持続皮下投与における疼痛対策が今後の課題ではあるものの,本剤は既存のPGI2製剤にはない特徴(在宅療法に適した持続皮下投与が可能,薬剤調製が簡便,室温での安定性が良好,消失半減期が比較的長い,など)を有しており,国内のPAH治療に対して新たな治療選択肢を提供できることが期待される.